●ココだけは汚せない●



「ふ…ん、いいんでないの?」
「ホント?よかったぁ~vvv」




胸の前で手のひらを合わせ、その大きな瞳をキラキラと輝かせる香につられ、思わず笑ってしまった。
今日は3月26日。香が作ってくれた、俺の誕生日。
この年になって(…いや、万年ハタチの俺が年っていっちゃマズイか?)
誕生日もないもんだと思うのだが、こうして香が笑っていてくれる。

その笑顔がいつものそれとは微妙に違うのは…
やはり、俺の誕生日という今日この日が香にとっても特別な日なのだと感じて、何だか嬉しくなった。

「へへへ…絵梨子が呆れるくらい、注文つけちゃったもんね。でも…その甲斐は、あったでしょ?」
自慢げにニコリと笑って、ツンツンと俺のシャツを引っ張った。



今年の香のプレゼントは、シャツのセット。
普段ジャケットにシャツという何気ないスタイルではいるものの、
やはり動きやすく体に馴染むものでなくてはいざという時、動けない。

だから俺のサイズに合って動きやすい、「コレ」といったものはドコにもありそうで、
実はなかなか見つからないのだ。

その上最近、ハードな仕事が続いたので、ただでさえボロかったシャツたちはみな、
香のリサイクルセンター(油汚れなどを拭くためのボロ布…早い話が雑巾、だな)へと引っ越していった。

だから今回のプレゼントはまさしく、ナイスタイミングというより他、ないものだった。




「肌触りがよくって、汗の吸収性と速乾性がよくって、あとはやっぱり丈夫さよね。
これだけの布地を選ぶの、大変だったわよ。
おまけにリョウの身体って規格外、じゃない?特注だもんね。大事に着てよ…?」

と、上目遣いでチラリと見ながら、俺の二の腕から袖口へと白い指先をつつ…と滑らせて行く。
その仕草が妙に色っぽくて、思わずドキリとした。
おい…そんな色っぽいコト、ドコで覚えたんだよ…。
おまけにそのウルウルとした上目遣いは、そりゃ反則だろ?
俺の波立つ気持ちにも気づかず、それを無意識のうちにやっている香。
まいるぜ、まったく…。




「へーへー。心して着させていただきまっす!」
その気持ちを隠し、いつもの憎まれ口を叩くととたん、その頬をふくらませた。
「…ん、もう!リョウッ?!」
その瞳の中に、俺の身を案じる心を感じ取る。
シャツが汚れること、ボロボロになること…それはすなわち、
俺の身に
なにかが起きるからに他ならないわけで。
だからこそ、シャツの心配をするフリをして、その実、俺の身を案じている香が無性に愛しくなる。
先ほどの艶めいた香もよかったが、そのいつものふくれっつらにホッと安堵し、柔らかなクセ毛をくしゃりと撫でた。
「冗談だよ。サンキュ…な」
と言えば、しょうがないわねぇという顔で、くすりと笑い返す。
俺のひとことでクルクルと変わる瞳…ホント、見ていて飽きねぇよな…。




「じゃぁ私、準備があるから先に行くわね。リョウはそれまで時間つぶして、頃合になったら来て?」
そう言ってソファにおいてあったバッグを肩に掛けると、香は玄関に向かった。
今日は例によってお祭り好きな悪友たちが、閉店後のCATS EYEで、
俺の誕生日パーティーを開くのだという。

閉店後からでは手間がかかるので香は少し早めに行き、裏方で準備をするのだとか。
そしてパーティーの主役たる俺は、時間になったら一人で来いと言う。
それって、扱いがひどすぎねぇか?主役は俺、だろ…?
「外をうろついて、ナンパなんかしちゃだめよ?リョウのために私たちが、一生懸命準備してるんだから!!」
「…わかってるよ。ほら、さっさと行きな」
まだまだ文句の続きそうなその背中を、トンと押した。




扉の向こうからタンタンタンと階段を軽やかに下りる音が聞こえ、やれやれといった体でため息をつく。
「でも…まぁ、いいよな、これ…」
腕をブンブンと振ってみたり、ひょいと逆立ちしてみたり。
ホルダーからパイソンを取り出し構えてみても、その一瞬一瞬に違和感無く、
キチンと身体と一体化している。

「さすが絵梨子さんの仕立てだけはある…か?」
香がじっくりと生地を選び、あげく、出来上がったそれを持って神社で厄払いまでしてきたのだと、
おせっかい好きな絵梨子さんが教えてくれた。

そこまで思い入れの強いシャツときたら…下手に汚すことも出来やしない。
「いっそのこと、よそ行きにでもしちまうか…?」
思わず苦笑した。




その後、いつもの愛読書(香はエロ本だというが、コレは芸術作品だろ?)に目を通したり、
コーヒーを飲んだりしてみるものの、どうも落ち着かない。

ゴロ寝してそのまま寝過ごしたら…香を先頭にみんなから
総スカン食らうのは目に見えていて、とてもそんな気にはなれない。

「そもそもコレが、いけないんだよな…」
と、一人ごち、身に着けたシャツをクイと引っ張ってみる。
香の想いが詰まったシャツ…。
それを身に着けて愛読書を見ても、香が横で見張っているようで落ち着かなかった。
「こういうのを、縛られてるっ…て、言うのか?」
そう言ってみたものの自分の口を突いたセリフに照れくさくなって、頭をガシガシと掻いた。




このシャツを着てたらナンパする気も起きないだろうが、街行くもっこりちゃんを愛でるくらいは出来るだろうと、
これといってすることも無いので、時間まで街をぶらつくことにした。

そろそろ夕方になり、駅周辺はデパ地下で晩のおかずを買ったオバちゃんたちが我先にと歩いていた。
あいにくと俺好みのもっこりちゃんは、みんなヤロー連れ。
しかたなく気の向くままに足を進めると、背後に感じる視線がひとつ、ふたつ、みっつ…。
俺の相手になるようなヤツラじゃなさそうだけど、それは近づくにつれ、強い殺気を放ち始めた。



ショーウインドに映るヤツラをチラリと見れば、その懐には身に不相応な銃があるのが見て取れる。
さしずめドコかの組が雇った、チンピラってとこか?
「やれやれ。何もこんな日に来なくたって…なぁ…?」
ショーウインドに映る自分相手に文句を言ってみるものの、当然返事が返ってくることもなく。
身に不相応な銃を持ったがゆえに妙にテンションの高くなったヤツラの心に、
ブレーキなんてものがあるとは思えない。

「こんな街中でドンパチやるわけにもいかねぇし…」
はぁぁ…と深いため息をつき覚悟を決め、ヤツラと鬼ごっこが出来そうな場所へと、さりげなく足を進めた。




俺が誘い出してやってるのにも気がつかず、
ヤツラは人気の無い方へと歩いて行く俺の後を、嬉しそうについてくる。

こんな頭の悪いヤツラを使おうってのは、ドコのドイツだよ?
そんな金があるなら、家の家計に回してくれっつーの。
そうすりゃ香に、仕事白だのとブツクサ言われずに済むってもんさ。




そして辿り着いたのは、数年前に倒産した廃工場。
時々チンピラたちのたまり場になっているらしく、建物周辺の金網は破かれ、
足元にはタバコの吸殻や缶ビールの空き缶が転がっている。

空はゆっくりと暗くなり、もうしばらくすると香に指定されていた時間がやってくる。
「大目玉食らう前に、とっとと片付けちまうか」
壊れた鉄製の分厚い扉を開けて中に入るとすばやく身を隠し、ヤツラの動きを待つ。
しばらくすると、オドオドしながら三人のチンピラどもが扉からそうっと顔を覗かせた。
真っ暗な工場内に目が慣れないのかやたらめったらと周囲に手を振り、自分の身の回りを確かめている。
…俺、こんなヤツラの相手するのか…?
情けなくなって頭をガシガシと掻いたその肘がすぐ横の机の当たり、
不安定に置き去りになっていた工具箱がガシャンと音を立てて、床にダイビングした。




「…で、出て来いっ!シティーハンター!!」
その音に一瞬ビクリとしたヤツラだったが、三人とも慌てて銃を構える。
その構えからして、なっちゃいないのだが…。
「…仕方ない。とっとと片付けて、早いトコ CATSに行くか」
ため息をひとつつき、おもむろに立ち上がる。




暗闇に目が慣れてきたヤツラは突然姿を現した俺に驚き、
唯一の心の支えであろう銃を、めったやたらに撃ちまくった。

三人が三人とも俺を狙っているはずなのに、やはりそこは素人で。
思うように弾は飛ばず、工場の錆びた鉄骨や置き去りにされたままの、わけのわからない機械にブチ当たる。
しかし相手が金属ゆえにその兆弾は凄まじく、思いも寄らない方向へと飛びまくる。
その兆弾のひとつが足元に着弾し、思わず一歩引いた。
「おいおい…香といい勝負じゃねぇか…」



弾のひとつが掠めたのか、壁際に山と積まれていたダンボールが雪崩のように落ちてきた。
それを軽くかわすものの、廃工場になって数年分のホコリが蓄積されていたらしく、
工場内はもうもうとホコリの渦となり、ヤツラはゲホゲホとむせてしまった。

その隙を見てヤツラの背後に回り、男の一人に手刀を与え、気絶させる。
仲間が倒れたのに気がついて、逃げ出そうとする二人。
そのうちの一人に足蹴りを食わせると、まだホコリに涙をボロボロとながしていたヤツは
置き去りにされたままの何かの機械に頭をぶつけ、ウーンと唸って伸びてしまった。

最後に残った一人にジリジリと近づくと、残った弾をバカのように撃ちまくる。
そして全弾撃ち尽くし、それまで心の支えだった銃がただの鉄の塊でしかなくなったと知るや、
銃を打ち捨てて脱兎のごとく逃げ出した。




「おーい…友達を捨ててく気かぁ~?」
足元に転がされた銃を手に取り、逃げる男に向かって放り投げる。
と、それは見事にヤツの頭に命中し、男はバタンと倒れこんだ。
「やれやれ…こんな腰抜けたヤツラを雇うなんざ、ドコのボンクラかねぇ…」
気がつけば外はとっぷりと日も暮れ、細い月が金色に輝いていた。
「やっべ…遅刻遅刻!!」
慌ててCATSまで、全速力で走って行く。




ようやく店の近くまで来た時、通りかかったショーウインドに映る己の姿が目に入った。
廃工場で汚いダンボールの山を浴びたので、体中ホコリまみれ。
慌ててジャケットをくつろげ、中のシャツが汚れていないかと確認し、ホッと一息つく。
「真新しいシャツを汚したら、香に怒られちまうもんな…」
と、体中をポンポンとはたき、再度確認するかのようにシャツをはたいた。




香の心づくしのシャツ…それを安易に汚すことは出来ない。
今日贈られたばかりのシャツを汚し、穴のひとつも開けようものなら…。
あの心配性の香のこと、大きな目を見開いて、すぐにでも涙を浮かべるであろうことは、容易に想像できる。
香に怒られることは日常茶飯事とはいえ、その涙を見たのは、長い付き合いの中でもほんの数回で…。
それだけに、香の涙にはめっぽう弱い。
香を泣かせるわけには、いかなかった。




「まぁこれも、惚れた弱み…ってか…?」
己のセリフに思わず苦笑して、みんなの待つ店の扉を元気よく開けた。





END   2005.3.25