●この日くらいは…ね●



「…で、冴羽さん?」
「…あん…?」
「香さんの誕生日プレゼントは、もう決まったの?」
「……」




いつものカウンター席でいつものコーヒーを飲んでいたら、美樹ちゃんがこう言った。
俺の誕生日にはいつものように、考えに考え尽したらしい香からの
プレゼントをもらったが…。

正直、俺からアイツには、何にも用意しちゃいない。
「…別に、何も…?そんなガラじゃないし、アイツだってンなコト、期待もしてねぇだろ」
そうさ。俺が女に…しかも香にプレゼントだなんて。
そんなことしたら香のヤツ、太陽が西から昇るより目ン玉飛び出して、
驚くに決まってる。

それに…だ、な。そんなこっ恥ずかしいコト、
自他共に認める天邪鬼なこの俺に出来るかっつーのっ!

そう答えたとたん、美樹ちゃんとかすみちゃんがカウンターの向こうから
乗り出すように食って掛かって来た。




「やっぱり…ね。でもね、冴羽さん?
あなたが素直じゃないのは香さんも…みんなも承知の上だけど。

でも年に一度のこの日くらいは、自分に正直になってもいいんじゃない?
あなただって香さんの喜ぶ顔を見るのは、嬉しいでしょ?」
「そうですよ!!こないだの冴羽さんの誕生日だって、みんなで楽しくパーティーして。
冴羽さんの楽しそうな顔を見てた香さん、すっごく嬉しそうだったもの。
好きな人の喜ぶ顔って、自分も幸せになれるんですよね。
だから冴羽さんも、香さんのことを喜ばせてあげなくっちゃ!!」




「……」
あまりの剣幕に、言葉も見つからない。
だいたい俺と香はそんな間柄じゃ…と、いつもの逃げ口上を言いかけた矢先。
それより先に、美樹ちゃんが先手を打った。
「俺と香はそんな関係じゃない…なんて、いつもの逃げは、認めないわよ?
私はあの船の中で、あなたたち二人をしっかりと見て来たんですからねっ♪」
「~~~っっっ!!!」 




そう。海坊主は目が見えなかったから、美樹ちゃんはあの海原の船での
ガラス越しのキスの、唯一の目撃者だった。

あの現場を見られてしまってはさすがの俺も、逃げようがなく…。
ガックリと肩を落としてカウンターに突っ伏し、パタパタと降参の白旗を揚げる。
「…わ、わぁ~ったよ。何かプレゼントすりゃいいんだろ?!」
「「そうこなくっちゃっ♪」」
クックと笑いをこらえる海坊主を横に、声をそろえる美樹ちゃんとかすみちゃんが
悪魔に見えたのは…俺だけだったろうか…。




「でも、よ。いったい何をプレゼントすりゃいいんだ?アイツ、あんま物欲って無いんだよな。
あいつの喜ぶもんっていったら、やっぱ甘いものとか?あ、それよかやっぱ、金だな、金。
家計が苦しいの何のって、うるせぇし…?」
「あ、その点は大丈夫。香さんの喜びそうなものなら、ちゃぁ~んとチェック済みです♪」
自慢げにピンと人差し指を立ててウインクするかすみちゃんは、
美樹ちゃんと二人、声を合わせて「ね~っ♪」と笑う。
…う゛っ…何か嫌な予感…?!




「この前、香さんとデパートに行ったんですよ。
その時すご~く気になってたスカーフがあるんで、それで大丈夫なはずです!」

「そうそう。手にとって、ずいぶん長い間見てたわよね
クリーム地に淡い花びらが舞うようなデザインで、すっごく優しげなの。

あれなら色白の香さんにピッタリよ♪」
「大丈夫ですよ、冴羽さん。ブランド物じゃないから、冴羽家の家計にも響きません。
安心して下さい!」

「……」
次から次へと機関銃のようにまくしたてる二人に俺はあえなく撃沈され、
急遽休みを取ったかすみちゃんに連れられて、

そのままズルズルとデパートに連れ出され、香が気に入っていたというスカーフを買わされた。
天下のCITY HUNTERたるこの俺が、デパートの婦人雑貨売り場で
女にプレゼントを買う羽目になるとは…。
こんな姿、情報屋たちにでも見られたら、当分仕事にならねぇっつーのっ!!




「じゃぁ、冴羽さん?夜7時ですからね。遅れないようにして下さいよ?」
恒例のCATSでのパーティーの時間を確認して、かすみちゃんとアパートの前で別れる。
とたん、ものすごい勢いでタクシーが止まり、中から絵梨子さんが飛び出してきた。
「さ…冴羽さんっ!香が…香が見知らぬ男たちにっ!!」
今日は香の誕生日。
プレゼントを渡したいからという絵梨子さんに呼び出され、香は彼女のオフィスに行っていた。

そして帰り際、手を振りつつ帰っていく香の前に車が寄せられ、
飛び出してきた男たちに拉致されたのだという。
やれやれ…せっかくの誕生日だってのに。香のヤツ、ついてねぇなぁ…。



うろたえる絵梨子さんをなだめて帰しアパートに戻ると、
案の定、留守番電話の赤いランプが激しく点滅していた。

「CITY HUNTER、だな。女は預かった。
返して欲しけりゃ今夜0時、東京湾の第7埠頭まで来い。

それまで女は、大事に預かっといてやるよ…」
クックという笑い声を残し、留守番電話は切れた。
「今夜0時ぃ?んなことしてたら、CATSのパーティーに間に合わねぇじゃん…。
仕方ない。アイツらに遅刻よばわりされないように、とっととお姫様を助けに行きますか…」
ため息と共にパイソンの銃弾を確認し、手指の関節をバキバキと鳴らす。
そしておもむろに、駐車場へと向かった。




渋滞に巻き込まれ、指定された埠頭に着いた頃には、もう日が暮れていた。
「早いトコ片付けないと、美樹ちゃんたちに大目玉だな…」
軽いため息をつきながら気配を探れば、古びた倉庫の一角から男たちの声が聞こえてきた。
「あ、兄貴ぃ…。CITY HUNTERのヤツ、ホントに来ますかねぇ…」
「来る…さ。この女は、これでもヤツのパートナーだ。ヤツが女を、見殺しにするはずは無い」
「そ、そうっすか。な、なんか俺、緊張しちゃってさ…」
「…落ち着け。まだ時間はあるんだ。外の空気でも吸って、落ち着いて来い」
「へ、へい…」
その声と共に古びたシャッターが上げられ、下っ端らしい男が外に出てきた。
暗闇に身を隠した俺に気づかない男にそっと近づき、手刀を食らわせて気絶させる。
そして素早くシャッターを潜り中に入ると、真っ暗な倉庫内には山のように積まれたコンテナ。
そしてその奥まった一角に、ほんのりとした灯りが漏れていた。




そっと窺えば、大きな木箱を椅子代わりにして酒を飲む、脂肪で腹がパンパンに膨れた男。
そしてその横に…鉄骨に縛り付けられた香がいた。
「クックック…お前も不運な女だよな。あのCITY HUNTERのパートナーになったばっかりに、
こうして命を狙われるんだからな。まぁ…そうは言っても。お前というイイ餌がいてくれたからこそ、
ヤツを誘き出せるってもんだ。感謝してるぜ…?」
そう言って、ところどころ酔いのせいで呂律の回らない男は香に近づくと、
そのブヨブヨと脂肪のついた手で香の頬を撫で始めた。

瞬間、美しい柳眉をしかめた香だったが、その目は怒りにあふれ力強く…
そして大きな声でこう叫んだ。




「はふんはふふふっ!!あううはふふはんふふ、あううふんあふふっっっ!!!」
―――触んないでよっ!!リョウはあんたなんかに、負けないんだからっ!!!――――
猿轡をされているものの、香の叫びはキチンと聞き取れた。
その怒りと元気のよさに安堵し、そしてこんな状況でも俺を信じて助けを待つ
わが相棒殿に、思わず笑みがこぼれた。

そして、ブヨブヨと脂肪のついた手で香の頬を撫でた男に、激しいムカつきを覚えた。
「さて…と。お姫様がお世話になった分は、キッチリとお礼してやんなくっちゃな…」
しばらく考え、隠れていたコンテナの陰で腕をブンブンと振り回し、よしっ!!と作戦に入った。




「それにしてもジローのヤツ、遅せぇな…」
男が、さきほど気絶させた弟分の心配を始めた。
さっきの男はジローっていうのか…と、思わず苦笑する。
そして男がいぶかしげに、外に続くシャッターに足を向けた時…
その死角になる位置に、手ごろな石を放り投げた。

―――カツンッ☆
「ジ、ジローか…?」
何の返事もないまま、時が刻まれていく。
そして弟分ではなく、俺の存在を嗅ぎ取った男は、
すぐさま柱に縛られている香を自らの盾とした。

「シ、CITY HUNTERだなっ!!見ろ!女はココだ。助けたければ、姿を現せっ!!」
「あうーっっっ!!!」
猿轡を通して、香が俺を呼ぶ。
待ってろよ、香。今、助けてやるからな…。




姿の見えない俺に男の恐怖心は徐々に加算されていき、
持っていたナイフを香の首にピタリと当てた。

香が少しでも動けば…いや、焦れた男の恐怖心と妙な興奮から
少しでもヤツが動けば…。

香の白いのどに赤い筋が付くのは、もう時間の問題だった。
「さて、どうするかな…」
腕を組んで考え込むと、ジャケットの下でカサリと音がした。
「……!!」




「CITY HUNTER!!怖気づいたか?出て来いっ!!」
苛立ちが頂点に達したかのような、男の上ずった声。
その瞬間、ジャケットの胸ポケットにしまっておいた香へのプレゼントのスカーフが
ふわりと宙に舞い、男の視界を遮った。
「…っ!!な、何だ、これはっ!!」
瞬間、何が何だかわからなくなった男は、持っていたナイフで
頭からすっぽりと被さったスカーフを振り切ろうとブンブンと手を振り回す。
その隙に男に近づき、軽く足蹴りすると、男は無様に床に転がった。



ようやく俺と己の立場を認識したらしい男の額に、パイソンの銃口をピタリと当てる。

「…お望みどおり、来てやったぜ。わざわざ呼び出して…いったい何の用だったのかな…?」
俺のにらみに腰を抜かした男は、アウアウとわけのわからない言葉しか発せない。
「俺のパートナーが、ずいぶん世話になったよな。その礼がしたいんだが…
受け取ってくれるか…?」

とたん、首をブンブンと振りながら男が後ずさる。
そしてようやく腰に力が入ると、脱兎のごとく逃げ出した。

このまま見逃してやろうかとも思ったが、男の汚い手が香の頬に触れたのを思い出し、
逃げて行く男の足元にマグナムを一発、お見舞いする。
「ひっ!!ひ~っっっ!!!」
男はまるでカンガルーのように飛び跳ねて、瞬く間に倉庫を後にした。




「リョ、リョウ…」
猿轡を取ってやると、ようやく息をついた香が涙目を向ける。
「リョウ…ごめんね。また…迷惑かけちゃった…」
申し訳なさそうに半ベソをかく香の頭を、クシャリと撫でる。
「…いいさ、お前が無事なら。それで十分だ…」
そう言って肩を抱き寄せると、「うん…」と小さな声が返ってきた。
と、その香の視線が、足元に転がっていたスカーフに止まる。



「…リョウ…?あれ…って…?」
見られてしまったものは仕方ない…と、美樹ちゃんとかすみちゃんに、
半ば脅されるように買ったのだとしぶしぶ白状する。
「その…何、だ。お前への誕生日プレゼントだったんだが…
ヤツの目くらましに使っちまったらあの野郎、ナイフを振り回して、ボロボロにしちまいやがった…」

床に転がっていたそれを拾い上げて見れば、あちこち鋭く切り刻まれて。
それはすでにスカーフではなく、ただの布切れと化していた。
「リョウが…私、に…?」
「あぁ。かなぁ~り、こっ恥ずかしかったぜ…」
照れ隠しにぷいと視線を外せば、「嬉しい…」と俺の胸に顔をうずめた。
「ありがとう…大切にするね…」
こんな布切れになったスカーフをどう大切にするのかと聞けば、「いいの」と返ってきた。




「…すまんな。せっかくのプレゼントだったのに、こんなにしちまって。
他に適当なのが見つからなかったんで、つい…」

「ううん、いいの」
「……?」
にこりと笑った香が、まっすぐに俺を見つめる。
「約束…したでしょ?毎年誕生日を一緒に過ごす…って。
今年も、そう。
こうしてちゃんと、迎えに来てくれた。助けに来てくれた。
それだけで…それだけでもう、十分…」

「香…」
そう言って俺の胸にもたれる香がいじらしくて、思わずギュッと抱きしめていた。




束の間の幸せの時間を後にし、CAT‘Sに悪友たちを待たせていたことを思い出す。
「…まだ、間に合うな。行くか…?」
「うん…そうね」
倉庫を出れば、夜の闇に姿を隠した潮の香がした。
そして見上げる空には、細い三日月が優しく俺たちを照らす。
エンジンを掛けアクセルを踏む瞬間、香を引きよせて額にキスを落とした。
「HAPPY BIRTHDAY、香」
「…ありがと、リョウ…」
頬を真っ赤に染め、幸せそうに微笑む香。
…ふんっ!俺にだってこれくらいは出来るんだっ////





END   2005.3.30