●素直になれない男のキモチ●



「ハロー、カオリ♪」
玄関を開けたとたん、前が見えなくなるほどの真っ赤なバラの花束を差し出された。
「その声…ミック?」
「Yes!!」
その声と共にバラの陰からひょっこりと、いつもの隣人の顔が現れた。
よく見ればよそ行きのスーツ姿。そして足元には、大きな旅行カバンが置かれていた。




「ミック…どこか出掛けるの?」
明日は私の誕生日。
CATSでいつものメンバーが集まり、みんなで楽しく飲み明かす予定なのに…。
そんな私の気持ちを察してか、ミックがすまなそうな顔をした。
「そうなんだよ、カオリ。急な取材が入ったんだ。先方が忙しい人でね。
やっとアポが取れたんで仕方なく。

これでも一応、ジャーナリストの端くれだからね。それに仕事しないと、食っていけないだろ?」
苦笑しながらウインクするミック。そして恭しく、花束を差し出した。
「だから…明日のパーティーは申し訳ないけど欠席させてもらうよ。Sorry、カオリ。
…て、コトで。一日早いけど、俺からのバースデープレゼント。受け取ってくれるかい…?」
「えぇ、もちろんよミック。ありがとう」
受け取った花束はズシリと重く、えもいわれぬいい匂いがした。




「…おいおい。何の騒ぎだぁ…?」
と、背後から降ってくるリョウの声。
ん、もうっ!!気配を消すなって、あれほどうるさく言ってるのに聞かないんだからっ!!

「ミックがね、取材でこれから出掛けるんですって。
で、明日のパーティーを欠席するからって、わざわざお花を持って来てくれたの」

「そうなんだよ。ホント、申し訳ない。でもどうしても、カオリのバースデーを祝ってやりたくて…さ」
「ふ…ん。相変わらずマメなヤローだな、お前ってヤツは」
嫌みったらしく、大きなため息。
いいじゃない、ねぇ?女なら誰だって、バラの花束は憧れよ…と、ニコニコ顔でミックに言えば、
つられてミックもニコリと微笑む。なのにその顔が、何だかだんだん引きつってきて…?



「…そ、それじゃぁカオリ。俺はこの辺で失礼するよ。みんなにヨロシク。楽しいバースデーをっ!!」
「あ…ちょ、ちょっと、ミック?!」
止める間もなく、慌てて玄関を飛び出して行った。
扉を閉める瞬間、こちらに向かって「い~だっ!!」って顔してたの…アレ、何かしらね…?
と、振り返ると、リョウもミックと同じ顔をしていた。
「…アンタ、何やってんの…?」
「…い、いや、別にっ?!さぁ~て、コーヒーでも飲むかな~?」
クルリと後ろを向いて、リビングにドカドカと歩いて入った。
…???…いつもながら、わからない男!!




キッチンで二人分のコーヒーを淹れ、ひとつをリョウに渡す。
そして持って来た大きな花瓶に、バラの花を活け始めた。
キレイなセロハンをそうっと剥がすと、はらりと散らばるバラの花から、さらに香りが立ち上る。
「ん~いい香り♪こんな大きなバラの花、一本いくらくらいするのかしらね…」
花束をもらって喜ぶ女のセリフとはいえないけど、どうしても現実的に考えてしまうのは、
日々の苦しい生活が身についているからであって…。
そうしたら案の定、コーヒーをすすっていたリョウがボソリと呟いた。
「…色気のねぇヤツ…」
「うるさいわねっ!いいでしょ、つい思っちゃったんだから!!それもこれも、アンタが仕事しない…」
「へーへー、わかりましたよ~だっ!!」




まだ文句を言ってやろうと思った瞬間、チクリと指に、痛みが走った。
「…痛っ!!」
よそ見してたらバラの棘が刺さったらしく、右手の人差し指に腹に、じんわりと赤い血の玉が浮かび上がる。
「棘か?見せてみろ」
クイと手首を掴まれた。
「や…だ、これくらい何とも無いってば。大丈夫よぉ…」
掴まれた手首が熱い。目の前にリョウの顔があって、頬が赤くなっていくのがわかる。
「棘ったって、甘く見るなよ?そのまま取れて、中に入りこんじまうことだってあるんだぜ?
そこから化膿して、ドロッドロに…」
「やだ、もう!!怖いコト言わないでっ!!」
噛み付くように叫んだら、ポイと手首を離された。



「…ま、ただ刺さっただけみたいだから、大丈夫だろ。
ちゃんとした店なら、客のために棘は抜いておくもんさ。

それがして無かったってコトは…ミックのヤツ、そのへんのシケた店で買ったか…?」
「いいじゃない…せっかくミックがくれたんだもの。バラに罪は無いわ…?」
「ふ…ん。まぁ、キチンと消毒しとけよ…?」
そう言うと、コーヒーを飲み干して。タバコを買いに出て行ってしまった。
もうっ!!せっかくのプレゼントにケチつけるなんて…なんてヤツなのっ?!




それからしばらくたって、リョウが帰ってきた。
早々と買ったばかりのタバコをくゆらせ、ご機嫌の様子。
あれじゃぁまるで、ニコチン中毒じゃない?
「あぁ…お前に土産だ」
ジロリとにらんでいたら、ホイと何かを投げてよこした。
キャッチしたそれは、歯磨き粉みたいな一本のチューブで…。
「…何、これ?」
「知らね。道で配ってた。試供品とかでない?」
「…ふぅ~ん…?」
よく見れば、それはハンドクリームのチューブで。
しかも今シーズン出たばかりの、すごく良く効くという評判のシロモノだった。




「うわぁ~コレ、最新のじゃない。ちょっとお高いけど、すっごく良く効くって評判よ?
あ…れ?でもコレ、試供品とも、サンプルとも書いてないよ?
それに普通、試供品てもっとミニサイズなんじゃない…?」
手にしたハンドクリームは、普通に店頭で売られているのと同じ大きさだった。
いぶかし気に尋ねる私に「んなコト、俺が知るかよ」と、リョウは自分お部屋へと引き上げて行く。
「ふぅ~ん?まぁ、でも。お値段がいいから、その分サンプルもフンパツしてる…ってコトかな?」
と気楽に考え、夕食の支度に取り掛かった。




「…しまった…!!」
準備をしているうちに、今夜のメニュー・肉じゃがの肉が無いことに気がついた。
前回カレーにした時、肉を多く入れろと言うリョウの言葉にすべての肉を使い切ってしまったのだ。
「肉じゃがにお肉が無いのは…それはやっぱ、まずいわよ…ね…」
はぁぁ…とため息をつき、えいっ!!と覚悟を決めて、玄関を出た。
「使い切ったコトも忘れるなんて…私も年かしらね…は、はは…」
沈みがちモードでスーパーを出て、足早にアパートに帰る。
と、ふいに足首に違和感を覚えた。
…え?と振り返って足首を見れば、皮がめくれ、うっすらと血がにじんでいる。
「あちゃぁ~…やっちゃったか…」



先日の依頼が思わぬ高収入で、フンパツして春らしい色合いの、
カッティングの可愛らしいパンプスを買ったのだった。

寒さも緩み、春はもう目の前だから…と、卸したてのパンプスの履き初めをしたのに…
見事なまでの靴ずれを作ってしまった。

「う゛~痛い~…」
足を前に踏み出せば、どうしても傷口が擦れてしまう。
どうしたものかと考えて、しかたなく、近所の薬局に足を引きずるようにして向かった。




「こんにちは~。おじさん、います?」
「やぁ香ちゃん、いらっしゃい」
声をかけると、着ている白衣と同じくらい真っ白な髪をした眼鏡の店長さんが、カウンターの向こうから顔を出した。
「こんにちは、おじさん。実は…靴ずれが出来ちゃったんで、絆創膏下さい。それ…と、湿布薬も」
「靴ずれかぁ…あれは小さい傷のクセに、痛いんだよねぇ~」
出してくれた絆創膏を失敬して、ぺたりと傷口に貼り付ける。
あ~これでやっと、歩けるわっ♪
ホッとした私におじさんはくすりと笑い、湿布薬を探しながら話を続けた。




「そういえば…あのハンドクリーム、どうだった?」
「…ハンドクリーム…?」
「そう。さっきリョウちゃんが買ってったヤツ。香ちゃん、ひどい手あれなんだって?
まぁここんとこ、また寒さがぶり返してたからね。
でも出血した傷もあるっていうから、化膿しないように低刺激のが欲しいとか言ってたっけ」
「…リョウ…が…?」
「うん。オマケに臭いが強いのはダメだとか、こっちとこっちは、どっちが良く効くのだとか。
リョウちゃんたらそりゃぁもう、しつこいくらいに聞いてくんだもん。
正直、他のお客さんの迷惑だったよ」

「……」



道で配ってたの、試供品だのと言ってたけど…
あのハンドクリームはリョウが私のために、わざわざ買いに行ってくれたものだったんだ。

しかもひとつひとつ、熱心に選んで…。
確かにこのところ、指先の荒れがひどかった。
あのバラの棘が刺さった時、その荒れた指先に気づいたのだろう。

それでも正直に気遣うことが出来なくて、こんなウソまでついてしまう。
そんなリョウがとてもかわいくて、愛しくて…ついつい、頬が緩んでしまう。




「…えぇ、とても良いハンドクリームでした。とても…とっても…」
そう言って、急用を思い出したと絆創膏のお代だけを支払い、足早にアパートに帰る。
「ふふふ…いったいどんな顔して、選んでたのかしらね…?」
店先で、必死にハンドクリームとにらめっこしているリョウの顔が目に浮かんだ。
互いの誕生日を一緒に過ごすこと…そう約束して、もう何年になるだろう。
いつも喧嘩ばかりな毎日だけど、それでも心は繋がっている…。
確かなものは無いけれど、そう言える自信があるのが誇らしい…。
自分の気持ちに素直になれない、心をカケラほども言葉に出来ない不器用なリョウだけど。
それでもちゃんと、私のことを見ていてくれる…。
それがとても嬉しくて、足の痛みも忘れてしまった。




アパートまで、もう少し。
リョウのことだから、「腹減った、早くメシにしてくれ」と言うのだろう。
いつもはついつい怒ってしまうけど、今日はちょっと、大目に見てやるか。
そして今日の肉じゃがは、リョウの好みにあわせて、たくさんのお肉を入れてあげよう。
そう思って顔を上げた夕闇に、リョウの待つアパートの灯りが見えた。





END   2005.3.29