●恋人がサンタクロース●



ジングルベル ジングルベル 鈴が鳴る 今日は楽しいクリスマス…




シャンシャンと鳴る鈴の音をバックに、街中から聞えてくるクリスマスソング。
その軽やかなメロディとは対照的に、視線は重苦しい活字ばかりが並ぶ書類の山を流れ行く。
漏れ聞えるメロディにどこか音の外れた鼻歌を合わせていた同僚が、チラリ…とこちらに視線を向けて。
何とも気まずそうに声を掛けてよこした。
「えっと……じゃぁ自分は、これで失礼します、が……」
「えぇ、どうぞ。私はもう少し残って、この書類を片付けちゃうわ。お疲れさま」
にこりと笑って答えれば同僚はさらに気まずそうに眉を曇らせ、その表情が苦しげに歪む。
「えぇっとぉ……総監が、今夜は家族揃ってクリスマスパーティーだとおっしゃってましたが……」
「……………」



警視庁の警視総監にして我が父親であるあの男は、どうにもこうにも公私混同の激しい人物で。

同じ職場で働く娘の立場など、これっぽっちもわかっちゃいない。
そのせいで、私がどれほど大変な目に遭ってきたのか……今度ミッチリと、お灸を据えてやらなくちゃ。
まったく……“あんなの”が警視総監だなんて、日本の未来も怪しいもんだわ?!



「いいのよ、そんなコト。あなたが気にするコトじゃ無いわ。
それに…この年で家族揃って仲良くパーティーをしろって言うの…?」

「い、いえっ…そ、そんなつもりは……っ!!」
言葉に棘を含んでいたのか、口調がしどろもどろになった同僚が、慌てて首を振る。
やだ……これじゃぁ八つ当たりじゃないの、みっともない……。
「いいのよ、コッチこそ気が立ってて…ゴメンなさい。
えっと…そういえばあなた、今年はお子さんが生まれて、
初めてのクリスマスだったんじゃない?早く帰ってあげなさいな」

「は…はいっ!!ありがとうございます!!では、お先に失礼しますっ!!」



今までの怯え気落ちしていたのはドコへやらという、満面の笑みを浮かべて。

同僚の男はものすごい勢いで廊下へと飛び出して行った。
ちょっとぉ……刑事がスピード違反で捕まったりしないでよ…?
苦い笑いをこぼして、誰もいなくなった室内で、再び書類へと向き直る。
誰もが心躍る、楽しきクリスマス。

それなのに、妙齢の美女が一人、こんなトコロで残業だなんて……。
同僚の目は、明らかにそう語っていた。



でも……ふふ、お生憎さま。
残業というのは名目で、実はある人の帰りを待ってるのよ。
でもそんなコト言ったら即、総監である誰かさんの耳に筒抜けになってしまい、
大騒ぎになるに決まってるから。

だからこれは、私だけの秘密……トップシークレット。



私が帰りを待つ男、それは……同僚の一人、槇村秀幸。
クリスマスのこの夜に、浮かれて羽目を外す輩が多いのは致し方の無いコトで。
とはいえ放っておくことも出来ず、交通課がサンタの扮装をして酒気帯び運転に目を光らせ、
交通安全を促し街を回るのは、毎年恒例のコトだった。

ただ今回、メンバーの一人が急な体調不良でダウンして。
その代役として白羽の矢が当たったのが……槇村だった。
交通課の助っ人を、刑事課の……仮にも警部補がするなんて、どうかと思うけど。
それを気軽に、請ける方も請ける方だけど。
でもそれが……



「そこが槇村らしいトコロ、なのよね……?」

くすりと笑みをこぼしながら、冷たいスチール製のデスクの引き出しをそっと開けた。
そこにもう二週間も前からひっそりと隠されているのは、
何を隠そう、そのお人好し男へのクリスマスプレゼント。

仕事は鋭く的確なのに、いつも野暮ったい格好ばかりの男に
「少しは警部補らしくしなさいよ」との思いをこめてのネクタイだった。

黒に近い濃紺の包装紙に、細かなレース編みのような模様の入った細い銀のリボンが美しく巻かれ。
結び目の中央にはクリスマスらしく、柊と赤い南天がアクセントとしてあしらわれていた。
「勢いで買っちゃったけど……」
どうしようかな……という言葉をあえて口にせず、プレゼントの包みを唇に押し当て、コクリと飲み込んだ。



クリスマスだというのに、交通課のピンチヒッターを気軽に請けて。
そしてそれが終われば、大事な妹さんが待つアパートへ寄り道もせず、真っ直ぐに帰る人。
今日この日、彼の心に私の存在など、これっぽっちも無いのだろうに。
なのにそんな人に、プレゼントなんて……。
「やっぱり、無謀だった……かな」
ふぅとため息をこぼした時、バタンと勢いよく扉が開いて、
真っ赤な服を着込んだサンタクロースが現れた。




「うぅ~~~寒いっっっ!!まったく、何て寒さなんだっ……って、あ、れ…?まだいたのか」
「ふふ……ご苦労さま♪」
慌ててプレゼントを引き出しに隠して、いつもの仮面を被って立ち上がり、
休憩スペースに置かれたサイフォンからコーヒーを注ぐ。

「少し冷めちゃったかもしれないけど、さっき淹れたばかりだから。まだ温かいはずよ…?」
「あぁ……サンキュー」



長いこと冷たい外気に晒されていたせいか、覚束ない指先で
真っ白な付け髭を取って、一口、口に含んで。

ふぅ……と、まるで地獄から天国へと逃げ延びてきたかのようにホッとした顔をする。
そしてその温もりを守るかのように、カップを大事そうに包み込んで、
悴んで真っ赤になった指先を暖めていた。

「ふふ……なかなかいいカッコじゃない?」
「…だろ?実は俺も、結構気に入ってるんだ」
付け髭こそ取ったものの、真っ赤なサンタクロースの衣装のまま微笑む姿はどこか滑稽で、
自然と笑みがこぼれる。




…と、ふいに槇村が何か思い出したように、サンタクロースの衣装のポケットにゴソゴソと手を入れて。
軽く握った拳を私の目の高さまで持ち上げて、そしてゆっくりとそれを開いた。
「これ……つまらないモノだけど、君へのクリスマスプレゼントだ」
「私に………?」
寒くて凍えているのか、少し血の気を失った大きな掌の中にちょこんと乗っかっているのは、
小さなひとつのオーナメント。

柊の輪の中で寝そべった天使が頬杖をついて、優しく微笑んでいる。
「途中の店先で、ふと目に止まってね。君に似てるな……と、思ってさ」
照れたようにそっぽを向く槇村の耳が、寒さからとは違った赤さにほんのりと染まっていく。



クリスマスだというのに同僚の代役を買って出て、終われば妹さんの待つアパートへと一直線。
そんなイマドキ珍しい、呆れるほどの朴念仁な人なのに。
それでも私のコト、気にしててくれたの……?
知らず目頭が熱くなって、小さな天使のとびきりの笑顔が涙で揺らぐ。
こんな不器用な人だけど、互いの心はちゃんと繋がってる……。
さっきまでの不安が嘘のように、そんな自信に満ち溢れた。
ねぇ……聖夜という魔法があるのなら、いつも頑なな鎧で隠しているこの想いを、あなたに伝えていいかしら。
ねぇ……こんな日くらい、素直になってもいいかしら。
カワイイ女になっても、いいかしら……。



恥ずかしくてデスクの引き出しの奥にしまいこんだプレゼントを取り出して。
赤い帽子を脱ぎ、襟元を寛げる槇村の後ろにそっと近づく。
「メリークリスマス、サンタさん。お仕事、ご苦労さま」
ついと背伸びをして、振り返った槇村の少し冷えた頬にくちづけて。
金のボタンの光る赤い服の胸元に、そっとプレゼントを押し当てた。




END    2005.12。23