●クロッカス●



ハドソン川の水面を吹き抜ける風はより冷たさを増し、
切れ味抜群の鋭いナイフのように柔らかな頬を撫で上げていく。

空を埋め尽くさんばかりに空高く聳える高層ビルが建ち並ぶウォール街では、
寒さの中、みな無口で忙しない足取りで、各々のオフィスへと歩いていた。




そんなNYの冬もそろそろ終わりを告げるようで。
街を吹き抜けていた風もほのと和らぎ、
厚い雲間から覗く日差しが、
木々の芽吹きをそっと膨らませていくのを見るにつけ。

あぁ、もう春なんだなぁ…と思う、今日この頃だった。



同僚たちとランチを済ませ、「用があるから」と一人、足を伸ばしたショッピングモール。
行きつけのフラワーショップへと足を運べば、その店先から、
今はすっかり仲の良い友達となったオーナーのロブが、微笑みながら軽く手を上げて合図をよこした。
「Hi、サユリ。ランチは終わったのかい?」
「えぇ、ロブ。街はまだ寒いけど、ココはもう、すっかり春みたいね」
店内には、所狭しと並べられたバケツの数々。
そしてその中には色とりどりの春の花が、それぞれ抱えきれないほど入れられていた。



NYでの一人暮らしは仕事に追われ、季節の移ろいも忘れがちだった。
そんな私にロブは、その日その日のお薦めの花を色々と教えてくれて。
いつしか可愛らしいの花々が、殺風景だったアパートの窓辺に優しい色を添えるようになっていた。



「今日はね、ギフトフラワーを選びに来たの」
「ギフトフラワー?サユリにそんなのを贈る相手がいたのかい?」
大きく目を見開いて、肩をすくめておどけてみせるボブに、ふふふと笑う。
「違うのよ。妹がね…日本にいるの。彼女と、その彼のバースデーが近いから。
あわせてそのお祝いに…ってね」

そう言って、店内をぐるりと周り始めた。



ブローチみたいに可愛らしいミニバラや、柔らかな羽のようなスイートピーなど、
春らしい華やかな色合いの花は確かにきれいだけど。

でも切り花はすぐにダメになってしまうし……なんだか可哀相で、贈る気になれなかった。
もっと二人の傍で……そう、私の代わりのように、ずっと二人と共にいられるようなものはないかしら…。
…と、そんな思いが、自然と鉢物のコーナーへと足を運ばせた。



ボブの店は、ギフト用の扱いが多いようで。
贈る相手へ、想いをこめた花を選べるように…とのことで、
その参考になるようにと、プライスカードには花言葉が書き添えられていた。
そんな小さな心遣いが、決して広くはない店構えがらも、この店を人気にしている秘訣なのだろう。
私もそんな優しさが気に入って、いつの間にか常連になっていた。



「ん~……どれがいいかしらねぇ……」
切り花の華やかさには負けるけど、それなりに可愛らしい彩りの花が並ぶ、たくさんの鉢植えたち。
その前でうんうんと頭を捻っていたところへ、ロブが苦笑しながら助け舟を出してくれた。
「……で?二人はどんなカップルなんだい?」



「そうねぇ……二人とも、とても相手を大事に想ってるのよ。
もとは仕事上のパートナーだったんだけど、それがちょっと危険な仕事でね。

でも互いに相手を信頼してるからこそ、思うがままに行動しても、ちゃんと相手には通じてる……
わかってくれてる。そんな、強い絆を持ってる二人なの」

「へぇ……危険な仕事って?」
「……え?えぇっと、そのぉ……そう、探偵なのよ」
「探偵?サユリの妹が?何だかイメージわかないなぁ……」
まさかその道じゃそれと知られたスイーパーなんです……なんて、言えやしなくて。
それとなく、言葉を濁した。



「そ、そう?妹の方が、バイタリティ溢れてるかしらね。行動派なの」
「行動派、ねぇ……」
腕を組んで小首をかしげ、ロブがしげしげと私を見つめる。
香さんと私、そんなにイメージ違うかしら……?



「……でね?互いに想い合ってるくせに、いつも口喧嘩ばっかりで。
コレといった決め手が無くて、ずっとつかず離れずの状態なのよ」

「……へっ?それってカップルなのかい?」
「……んー……未だ恋人同士って程じゃないんだろうけど……。でも、想いは通じ合ってるみたいよ?」
ワケがわからないと、目を白黒とさせるロブに苦笑する。
そう……あの二人の微妙な関係を理解するには、二人を間近で見て、肌で感じないとわからないわよね。
「……ふふ。とにかく、そういう二人なの。ねぇ、何かおススメはないかしら?」



「んー……」と未だ腕組みしながら考えていたロブも、仕方ないと店内を歩き始める。
あれやこれやと鉢植えを手にしては小首をかしげ、首を振り。
その度にまた鉢植えを元へ戻して、また歩き出すといった繰り返し。
そして散々歩き回って、ようやくコクンと頷いたロブが、「コレなんかどうだい?」と、
小さな鉢植えを見せてよこした。




「………これ……クロッカス……?」
両の手で円を描いたくらいの小さな鉢に植えられていたのは、
濃い紫色の地に白の淡いぼかしが入ったクロッカスだった。

「……そう、クロッカス。何てコトのない花だけど、春の花だしね。
小さな花だけど、紫に黄色に白とあるから、大きな鉢に寄席植えも出来る。それに何より、この花言葉さ」

「………花言葉?」
ご覧……と、目の高さに差し出してくれた鉢の片隅に刺さったプライスカードには、
ロブの大柄な身体には似つかわしくない、小さな手書き文字がきれいに並んでいた。



「……そう。クロッカスの花言葉は、じれったい
互いに想い合ってるのに、今一歩前に進めない……素直になれない二人なんだろ?

見てて、歯痒いくらいなんだろ?お節介なサユリ姉さんとしては、どうにかしてっ!!って、思いなんだろ?」
…と、おどけてニヤリとウインクをよこしてくるロブ。
「えぇ、そうよ。まさしくじれったいのよ、あの二人は。ホントに、そう……」
顔を合わせれば、口を開けば、すぐさま喧嘩腰になる二人。
でも本当は、誰より互いの存在を大事にしている二人……。



「そう……ね、じれったい二人には、ピッタリの花だわ。ありがとう、ロブ。これにするわ?」
「バースデー用だったね?彩りよく、寄席植えておくかい?」
「えぇ、お願い」
「リボンはピンク?それとも情熱の想い、RED?」
「ふふ……春らしくピンクにしましょう。あまり冷やかすと、後がコワいもの」
「……了解」



ウインクしながら鉢にキスするロブに、何だか私も楽しい気分になってきた。
「ところで………サユリ?」
「……え?なぁに?」
「キミの妹は、英語が読めるのかな?この花言葉、キミが日本語に書き換えとくかい?」
別れて暮らしてたから香さんが英語に詳しいかどうかはわからないけれど、でも多分、苦手そう……。
「……大丈夫よ。妹がダメでも、彼の方はOKだったと思うから」
「……そうかい?」
「それに、妹の方は少なからずその想いを彼にアピールしてるんだから。
その花言葉は彼にこそ、読んで欲しいのよね」




英語が読めないであろう香さんは、「何て書いてあるの」と、冴羽さんに問い掛けるだろう。
その時冴羽さんは……どんな顔をするかしら。
香さんの幸せを……二人の幸せを待ちくたびれてる私の思いを、
この花言葉から読み取ってくれるかしら……。

「ふふふ……その表情(かお)が、見ものだわv」
「………え?何か言ったかい、サユリ?」
「いいえ、ロブ。じゃぁ、このアドレスにお願いね。もうランチタイムが終わるから、帰りにまた寄るわ」



そう言って、足早に店を出た。
NYのビル街を吹き抜ける風は未だ冷たさを残しているけれど、新宿はもうすぐ、桜の咲くころでしょうね。
暖かな日差しと降りそそぐ桜吹雪の中、いつものように、また、喧嘩をしながら歩くのかしら。
それともそっと手を繋いで、微笑みながら歩くのかしら…?
未だお目に掛かったことは無いけれど、幸せそうに笑いながら、寄り添って歩く二人の姿が見えるようで。
「ふふ……ふふふっ」
……と、知らず、笑みがこぼれてしまった。
オフィスへ向う、未だ冷たい風の中。
心の中には一足早い、春の暖かな風が吹き込むのを感じた。




END    2006.3.25