●ちょこれいと・らぷそでぃ●



「美っ樹ちゅわぁぁぁ~ん!!リョウちゃんが来ましたよぉ~んっvvv」
「あら冴羽さん、いらっしゃいv」
カウベルをけたたましいほど鳴り響かせ、カウンター越しの美樹ちゃんに向ってダイブすれば。
意外にアッサリとした出迎えの言葉とともに食らったのは、冷たいスチール製のトレイの感触。
くっ……さすがは元・女傭兵。
そう簡単に隙は見せないってワケか。



顔面にへばり付くトレイを引き剥がし、痛む顔を押さえながらいつもの席に座れば。
「よう、リョウ。お前も相変わらずだな」
くっくと笑う、これまたよく見知ったヤローの声が掛かった。
「よぉ……居たのか、ミック」
「居たのか…とは、これまた酷い挨拶だな、リョウ。
お前こそ、こんな時間にココにいるなんざ、珍しいんじゃないか?」

「……もっこりちゃんがいなかっただけさ」
「バカだね、お前。こんな日にナンパに引っかかる女が、居るとでも思うのか?」
「……………」



そう……今日は2月14日、バレンタインデー。
街中は腕を組み、楽しそうに幸せそうに微笑みあうカップルばかりで。
周囲には目もくれず、自分たちだけの世界を築き上げて歩いていた。
「恋人のいるコもいないコも…・・・みんなチョコを片手に、想いを寄せてる男しか目に入らない。
今日はそんな特別な日…だろ?」

そう言って、チラリとチョコの入っているらしいギフトボックスをチラと見せ付けるように取り出した。
「……んだよ。かずえちゃんから、か?」
「……?いや、コレはカオリからさ」
「……?アイツ、ココに来てたのか」
「あら冴羽さん。また寝坊して、今日は未だ香さんに会って無いの?」
ダメじゃない…と軽くひとにらみして、美樹ちゃんが俺の前にカップを置いた。



「さっき帰っちゃったんだけどね。今年のバレンタインは、本命チョコだけにしましょうって約束したのに。
香さんたらこれは日頃お世話になってシルシだから…って、ファルコンにチョコを持って来てくれたのよ」
「…で、そこに居合わせた俺も、こうしてカオリからのチョコを貰ったというわけさ♪」
「そうなのよ。だから今年は、冴羽さんにあげるチョコは無いのよ。ファルコンにだけvごめんなさいv」
「~~~っっっ//////」
コトンと頭を預けた美樹に海坊主の頭から湯気が湧き上がり、ミックがくっくと腹を抱えて笑う。
「そういえば香さん…何だか未だ、やたらと重そうな紙袋を抱えてたけど…あれも全部、チョコだったのかしら」
「…………」



ンなこと言われなくたって、その紙袋の中身は知っていた。
夕べキッチンに一人籠もり、やたらと甘い匂いをさせまくってたし。
その後は、何やらとラッピングに夢中になってたようで。
部屋の扉の隙間から、ずいぶんと遅くまで灯りが漏れていたからな。
それに……今日、ココへ来るまでの間、いったい何人のヤローに声を掛けられたことか。



靴磨きの徹に始まり、ヘルス呼び込みのシゲ、ティッシュ配りのサトシ。
バーテンの山さんに、薬局のオヤジ、パチンコ屋の店長、それに……と、数え上げたらキリがねぇ。
そのみんながみんな、声を合わせるように言いやがった。



日頃お世話になってるからって、俺みたいなのにまでチョコくれたんだよ。
まったく…あんないいコはいないねぇ。
リョウちゃんからも、よろしく言っておいてくれよ



そして最後には判を押したように、
リョウちゃん?香ちゃんを泣かせるんじゃないよ…?とのオマケつき。
俺がいつ、香を泣かせたってんだよ。
…と、反論でもしようものなら、ものすごいジト目で睨まれた。
俺の日頃の不行状を知ってるヤツらには、何を言ったところで、耳を貸しちゃぁくれない…ってか?
そんなヤツらに歯向かうのは得策では無いと判断し、適当な挨拶をして、早々に退散したけどな。



「……ったく、あのバカ。日頃金が無いだのとピーピーうるせぇくせに、新宿中のヤツらに配るつもりかよ。
あのお節介焼きの性格、どうにかなんないのかねぇ……」
ふぅ…とため息まじりに愚痴をこぼせば、とたん、周囲のヤツらが意地の悪い笑みをよこす。
「まぁ~たそんなコト言って……。ホントは自分以外の、誰にもあげて欲しくないんでしょ。
俺以外のヤツに、チョコなんてやるなって、素直に言えばいいのに…v」
「そうそう。コイツはそういうヤツだ。こんな偏屈なヤツの、一体ドコがいいんだろうねぇ、カオリは」
そう言って、チラと海坊主と目配せしたミックは、さも大事そうにギフトボックスのリボンを解いて。
まるで拝むように捧げ持っていたそれを開けた。



いくつもの十字に仕切られた箱の中には、コロンとした小粒のチョコが品良く納められていて。

そのそれぞれの表面を、ココアパウダーだのアーモンドスライスだのが美しく飾り立てていた。
「まぁどうせ、お前はこんな俺たちお義理用とは違う、さぞかしすっげぇゴージャスなのを貰ったんだろう?
なぁ、ファルコン…?」

「…だ、な。香は凝り性な性格だから、さぞかし手の込んだコトをしたんだろう」
「……………」



その時俺は、ヤツらの声に耳を傾けてはいなかった。
朝…といっても、世間で言うところの昼下がりに起きてみれば、香の姿はドコにも無くて。
部屋にもキッチンにもリビングにも、風呂にトイレに屋上に、挙句の果てには武器庫まで目を通してみたが。
そのドコにも……俺へのチョコは置かれちゃいなかった。



毎年バレンタインには、起き抜けのハンマーとともにチョコの箱をお見舞いされたりとか。
テーブルに用意された遅い朝食の横に、こっそり添えられていたりしてたのに。
それなのに、今年はもう夕方になろうという時間なのに。
チョコばかりか、香の姿も捕まえられない。



そ、そのぉ……なんだ。
俺へのチョコは、いったいどうなってるんだ……なんて。
ちょ、ちょっと気にしてるだけだぞ?
特に別段、待ち兼ねてるとか言うんじゃなくて。
その…いつも貰えてるモンが貰えないってのは、何だかそのぉ…
落ち着かねぇって、言うか……ゴニョゴニョ/////




そんなわけで、まるでサンタクロースからクリスマスプレゼントを貰い損ねた子供のように、
新宿の街並みをフラフラと彷徨ってた俺。

俺の……俺へのプレゼントはドコにあるんだよ……と、言いたくて。
俺だけのサンタクロースを捜し歩いてた。
それなのに、香から貰ったチョコをこれ見よがしに見せびらかすミックに無性腹が立って。
コーヒーもそこそこに店を出た。
その背にいぶかしげなヤツらの視線を感じたが……ンなモン、気にしてられっかよっ!!



未だ冷たい風の吹く街中をアパートに帰れば、キッチンから漂う香の気配。
そっと覗き見れば、今夜のメニューはシチューらしく、ゴロゴロとした野菜たちを大鍋に移しているところだった。
朝からほぼ半日目にすることの無かった香の姿に、ホッとため息がこぼれる。
それとともに、身体中に張り詰めていた緊張の糸がふいに緩んで、思わず口角が上がったのを感じた。
…と、調味料を取ろうとして振り返った香と、ふいに視線がぶつかり合う。



「あ、リョウ…帰ってたんだ。こんな時間まで、ドコほっつき歩いてたの?」
こんな時間まで…って、そりゃぁコッチのセリフだろう…と言いたいのを我慢するものの。
つい、「…お前こそ」という言葉がもれた。
「………私?」
キョトンとしたその表情は、何の邪気も無い顔。
子供のようなそれに、「お前の姿が見えなくて…」だの、「俺へのチョコが見当たらなくて…」だのという、
バカな男の世迷いごとを言う気も消え失せて。

降参……とばかりに、コーヒーをカップに入れてテーブルについた。



「街のみんなに、チョコ、配ってたんだって…?」
さり気なさを装って、やけに苦いコーヒーを口に含んで問いかければ。
「……?あ、あぁ、あれね」
という、普段と何ら変わり無い口調。
「美樹さんたちとね?今年は義理チョコは無しにしようって、決めたんだけど。
ほら…私たちって、街の人たちからの情報を貰って生活してるようなモンじゃない?
仕事のコトだったり、リョウのシケ込んでる飲み屋を教えてもらったり…」



…と、香がジト目を向けてくるのに、思わず身構えちまう。
脛に傷のある身だけに、強気に出れない、情け無い俺。
あぁ…みっともねぇっ!!



それにだいたい……何だよ、それは。
最近飲んでるトコに、やけに香が的確なまでに乗り込んで来やがると思ったら。
それはみんな…ヤツらが香に味方して、俺を売ってたってコトか…?
ちっきしょう…アイツらめ、後で目に物見せてやるっ!!



「だから義理…ってんじゃなくて、日頃の感謝の気持ちを込めて…ってコトで、心ばかりのチョコを……ね♪」
沸々と滾る俺の怒りもよそに、香は「気づかいは大切にしなくっちゃね」などという顔でにこりと笑って。
そしてまた大鍋に向き合い、今度は慣れた手つきでハーブの類を適量、鍋に加えた。
「ふー……ん。それ、で?街のみんなに配りまくっといて、俺のは無いワケだ」
俺らしくもない、妙な苛立ちを隠しきれず。
つい…トゲを含んだ言葉が口をついた。



「何言ってるの、ちゃぁ~んとアルわよ。ただ…アンタが寝てる間に枕元に置こうとしたら、
みんなに配るチョコに紛れちゃって…。
それで今日一日、持ち歩いてたのよ」
「……ふ……ん、そっか………」
俺の分はちゃんとある……そう聞いただけで妙に口元が緩んでしまうのを、慌てて引き締めて。
何気ない風を装って、また、コーヒーを口に含んだ。



………しかし………。
「はい」という言葉とともに手渡されたソレは、
徹やミックがこれ見よがしに見せびらかしていたのと同じ、掌サイズのギフトボックスだった。

……何なんだよ、これは。
俺は街のヤツらと同じ扱いなのか…?
そんな思いが頭をいっぱいにして、つい、眉間に皺が寄る。



「……………………」
「……ん?どうしたの、リョウ?」
ふいに無口になった俺をいぶかしむ香が、戸惑ったような声を掛けてくるけど。
それに素直に応えられるほど、俺は出来た男じゃぁ無い。
「……………何でもねぇよ」
「…………そう?」



しかしこのままココにいたら、何だか余計なコトを口走ってしまいそうで。
そんなこっ恥ずかしい姿を、コイツだけには見せたくなくて。
メシの支度が出来るまで、未だ時間が掛かりそうなのを見計らって。
カップを手にして、リビングに向かう。
「ちょ…ちょっと、リョウ!!お礼の言葉くらい言えないワケっ?!」
廊下に足を踏み出した俺の背中に、香のふくれっ面まじりの声が降り掛かるけど。
それに振り返ることも無く、片手を挙げるだけの応えを返した。



「ふぅー……………」
リビングのソファに、ドッカと座る。
誰も居ないのをいいコトに、それまで腹に溜め込んでいた、ひときわ大きなため息の全てを吐き出した。
「……ったく……ンだよ、コレは………」
手にしたギフトボックスを振れば、コロコロという軽やかな音。
その音の軽さの分、香の俺への想いまでもが軽く感じられて。
ますます苛立ちが募った。



互いに素直になれない性格が災いして、その心の内を言葉にも…態度にも出したことは無いが。
それでも仮にも、俺たちは想いを伝え合った二人……だろ?
あの日以来、俺だってお前への気持ちを、多少なりとも表に出そうという努力はしてるんだ。
多少…が、あまりに多少過ぎて、未だ結果・ゼロ……なんだが/////
それなのに……バレンタインという、今日、この日。
お前は義理だの感謝だのという、星の数ほどバラまいたチョコと同じモノを、俺によこすのか?



「………ちっ………」
思わずもれた舌打ちが、静かなリビングに煩いほどに響く。
それが妙に耳障りで、ガシガシと頭を掻いて。
またコーヒーを口にするものの、思いのほか冷めたその不味さに、またも舌打ち。



「~~~~~っっっ!!!」
どうにもこうにも、やり場の無い苛立ち。
それは自然、目の前のギフトボックスに向けられた。
「………ふんっ!!」
鼻息荒く、丁寧にラッピングされたリボンも包装紙も何のその……と、
引き千切らんばかりの勢いで剥ぎ取った。

スライド式のそれをチラと開ければ、中身はやっぱり、街のみんなやミックのと同じ、小粒のチョコレート。
見覚えのあるそれらの中から、一粒を口に放れば。
ほのかに香るリキュールがその甘さを引き立てていて、美味かった。
しかし、美味かったが故に、それらを俺以外のヤツらにもくれてやったのかと、
謂れの無い怒りがこみ上げてくる。




「………ンだってんだよ……くっそっ!!!」
頭にきて中に入っていたチョコを手に掴み、次々と口に放っていく。
ココアパウダーやオレンジピールなどで丁寧に飾り付けられたそれらも、みんなゴチャ混ぜ状態。
味も何も、あったもんじゃぁ無い。
しかしそんなコトを気にするコトも出来ず、口の中のクソ甘ったるいチョコを噛み砕き、ゴクリと飲み込んだ。
…と、最後の一粒を摘み上げた時。
怒りに任せてスパークしていた俺の心が、ふいに静けさを取り戻した。



「……………」
ミルクやビターばかりの粒の中に、一粒だけ残された、真っ白なホワイトチョコのそれ。
その艶やかな表面には、淡いピンクのストロベリーチョコが、斜めにデコレーションされていて。
そして、その粒の形は………小さな可愛らしい、ハート型だった。



真っ白なチョコの上に走る、美しいピンクのライン…。
それはまるで、香がほんのりと頬を染めた姿のようで。
そのハート型が……この想いを伝えられないアイツの、心そのもののようで。
ミックや街のヤツらがこれ見よがしに見せてよこしたボックスの中に、
こんなのが一粒たりとも入って無かったのを思い出して。

このチョコが、俺一人だけのモノなのだと気がついて。
そしてふ…っと、口元が緩むのを感じた。



苛立ちに任せ、不機嫌度MAXの荒波に揉まれていた俺の心に、ようやく静かな波が打ち寄せる。
「素直じゃないのは、お互いさま……か?」
互いの性格をわかりあっているとはいえ、まさかこういう可愛らしい手で来るとは、思っても見なくって。
この香の精一杯の告白に、どう応えてやろうかと…。
先ほどのぶっきら棒な行為を、どう謝ろうかと…。
そんないろんな想いが頭をよぎるけど、目元も口元も、緩みっぱなし。
とことん溺れちまってる自分に、軽く苦笑いをこぼして。
とりあえずは…と、香の想いがギュッと詰まった可愛らしいハートのチョコを口に放った。




END     2006.2.11