●たとえばこんな、バレンタイン●



「…で、ねぇ、香さん?バレンタインは、どうするの?」

「……へっ?」



「だってあなたたち、想いが通じ合って初めてのバレンタインでしょ?」
「…えっ?あ、あぁ。そ、それは、そのぉ……////」
「女の子なら、何かこう…記念になるものにしたいわよね~」
「/////……で、でも…ね?」
「………?」
「リョウってそういうの苦手だし、甘いものも得意じゃないから…。
だからこの際、チョコはやめて、ちょっとイイお酒でもプレゼントしようかな…って/////」



「あら、それはダメよぉ~」
「……へっ?」
「バレンタインですもの、チョコはつけなくっちゃ。
冴羽さんだってホントは、香さんからのチョコを楽しみにしてるんじゃないかしら。…ねぇ、ファルコン?」

「……アイツは人一倍素直じゃ無いから、思ったことの半分も言やぁしないが。
だが、香。お前から貰うものこそ、アイツは誰よりも待ち望んでる…そう思うぞ」
「……そ………そっかな/////」
「そうよ、きっとそうよ。だから香さん、頑張ってv」



昨日、伝言板に行った帰り。
いつものように寄り道したCAT‘S EYEで、美樹さんと海坊主さんにそう後押しされて。
それでその足で、調子に乗ってついふらふらと、デパートのバレンタインの売り場に出向いて。
それでいつもよりちょっとお高目の…
我が家の家計には、ちょっと頑張っちゃったお値段のチョコを買った。




そして今日、バレンタイン当日。
いつものようにナンパに出掛けたリョウの留守を見計らって、早速キッチンに立ったのだけど……。



「あちゃぁ~…またやっちゃった…」
自由な手で目隠しを取れば、ここはどうやら、廃倉庫のひとつらしく。
背の届かないほど高い所にある鉄格子の窓からは、
未だ凍りつくような暗い夜空に、星々が煌いているのが見えた。

周囲には何も無く、入り口の扉には外からしっかりと鍵が掛けられてるみたい。
「未だ手足が自由に動くだけマシ、かな…?」



バレンタインデー。
奥多摩で互いの気持ちを確かめ合って初めての、記念すべきバレンタイン。
だから張り切って、チョコレート作りをしてたのに……。 
リョウのパートナーとして生活するようになって、これでも少しは気配に敏感になった。
それなのに、チョコレート作りに夢中になって、忍び込む敵の気配にも気付かず。
キッチンに立ち込めるチョコの匂いに、敵のガンオイルの臭いにも気付かず。
そしてまた……まんまと敵の手に落ちてしまった。



「あぁ……またリョウに呆れられちゃうなぁ……
せっかくパートナーとして、認めてもらったのに…と、つくづく、自己嫌悪。
おまけに今日はアパートにいたものだから、来ている服には針金一本すら仕込んで無い。
唯一の頼りは、ブラウスのボタンに仕込まれた、発信機だけだった。
「リョウを待つしかないみたい……ね」
リョウが来る前に、せめてココから抜け出すくらい、したかったのにな……。



そういえば……湯煎してたチョコレート、どうなったかしら。
火を消す間も無く薬をかがされたので、その後キッチンがどうなったのかなんて、皆目見当がつかない。
記念すべきバレンタインだからと美樹さんたちに励まされて、
奮発して、いつもよりお高いチョコレートにしたというのに。

もし焦げてたら……泣くに泣けない……わ、ね。
それよか先に、火事の心配をするべきかしら?
だって敵さんが火の始末までしてくれたかなんて、アヤシイもの。
どっちにしても、我が家の家計には響くわね。
「はぁぁぁ~……」
敵に捕らわれてしまったというのに、全く緊張感の無いため息がこぼれるのに、自分で苦笑した。



そんなバカなことを考えてるうちに、鉄格子から吹き込む風に、ブルリと震える。
キッチンからそのまま拉致されたので、普段着にエプロン姿。
当然ながら上着も無くて、さすがに2月半ばにこの状態で屋外にいるのは厳しすぎる。
「寒いなぁ……・…」
寝かされていた床に敷かれた、汚い毛布。
ちょっと臭うけど、暖を取るものは他にはないし。
「緊急事態だものね、しかたない、か……」
うんしょと肩から毛布を羽織り、せめて体温を逃がさないようにと丸くなる。
「リョウ、ごめんね……」
ポツリと呟き、どうすることも出来ない現状にため息をついてたら……いつの間にか、眠ってしまった。



……どのくらい時間がたったのだろう。
ふとした物音に目を覚ますと、遠くに聞こえるのは銃撃戦。
たくさんの音が重なり合うその中に、愛しい男のそれを聞き分けた。
「……リョウっ?!」
リョウが来てくれた、もう大丈夫。
でも……だからといって、気を許してはダメ。
毛布を捨て、息を潜めて、入り口の扉の陰になる部分に身を隠す。
しばらくすると、空気と同じくらい凍てついた床に響く、カツンカツン…とした靴音。



「…………香?」

緊張の中に、どこか甘さを含む低い声。
「リョウ……ッ!!」
その声を確かめたリョウは、固く頑丈な鍵をマグナムで打ち砕く。
と同時に、暗い倉庫内に一条の光が差し込んだ。
その光を背にした長身のシルエットは、どんなことがあろうと見間違えることの無い、
大好きなリョウのもの……。




「………待たせた、な」
そっけない声とは裏腹に、大きく力強い腕にふわりと抱きしめられる。
薄い毛布一枚で固く冷え切った体が、リョウの体温に包まれて、解けていくような気がした。
「……さ、帰るぞ?」
くしゃりと髪を撫でられて、私もニコリと微笑んだ。



「ゴメンね、リョウ。私、また、迷惑かけちゃった……」
「………気にすんな」
「うん…。あっ!!ねぇ、コンロの火、どうなってた?」
そうよ、チョコよ!心配なのは、お高かったチョコの行方なのよっ!!
「あぁ……空っぽの鍋が火に掛かっててさ、危うく火事になるところだったぜ」
「空っ……ぽ?じゃ、じゃぁ、湯煎してたチョコは……」
「んー?あぁ……あれ、チョコだったのか。
何だか甘い匂いがしたけど、真っ黒焦げで、何が何だかわからなかったぞ」




ガ~~~ン………。
高いチョコ!奮発したチョコだったのにぃ~っっっ!!!
肩を落とし、泣きそうな私に苦笑するリョウ。
「どうせバレンタインのチョコだったんだろ?明日でいいさ」
「よくないっ!!バレンタイン当日じゃなきゃ、意味ないもん!!
せっかくの…せっかくの記念のバレンタインだったのに……。頑張ったのに……」
背中をぽんぽんと優しく叩き、宥めてくれる。
でも、あの気合の入ったチョコを改めて作るなんて、そんなの我が家の家計には、絶対的に不可能で。
それが悲しいの……なんて、とても口に出しては言えない。



「ンなコト言ったって、しゃーねぇだろ?ほら、さっさと車に乗れ。風邪ひくぞ」
クイと頭を押され助手席に座ろうとした時、屈みこんだエプロンのポケットが、カサリと音を立てた。
「………?………」
訝しげに手を入れると、そこには一枚の板チョコ。
「あ、そういえば……」



リョウのは特別に……と、奮発したチョコレート。
でも、買い物してるうちに、何だか自分のも欲しくなっちゃって。
でももちろん、我が家の家計にそんなゆとりは無くて……。
それで結局、レジ周りにあった板チョコを自分用にと、買い物カゴに放り込んだのだった。
そっか、後で食べようと思って、そのままエプロンのポケットに入れておいたんだった……。



「お?お前、チョコ持ってんじゃん」
「え?あぁ、でもこれは……」
言い訳する間もなく、板チョコを奪ったリョウはそれをパキンと二つに割って、半分を私に返してくれた。
「ホイ。これでバレンタイン当日のチョコ……な?」
ニヤリと笑って、半分にしてもまだ十分に大きなチョコを、あっという間にパクリと食べてしまった。
その笑顔が優しくて、その心遣いが嬉しくて……チョコを片手に、また抱きついた。



奮発したチョコは勿体なかったけど、結局、大げさなコトはダメなのね。
こんなバレンタインこそが、私たちにはお似合いかもしれないね。
そう思ったら、くすりと笑みがこぼれた。
そしてついと背伸びをして、黒髪に隠れた形のいい耳にそっと唇を寄せる。
「いつもありがとう、そしてこれからもよろしくね。Happy Vrentin、リョウ……」



END    2006.2.11