●ましゅまろここあ●



「う゛~……疲れたぁ~………」
「う゛~……右に同じぃ~……」



玄関で靴を脱ぎ、倒れこむように入ったリビング。
よろめく足取りでバタリとソファに身体を預けて、ふぅと大きなため息をついて。
そのまま二人、しばらくの間は口も利けなかった。



当主亡き後の後継者争いの中、家宝とも言うべき香炉が行方不明になった。
新しい当主のお披露目の席で、当主自らが香を焚くのが、代々の慣わしとかで。
何とかお披露目の式までに香炉を探し当てて欲しい……それが今回の依頼だった。
そして後継者争いのライバルだった親族の男が犯人だと、そこまで割り出すのは、簡単だったのだけど。
問題は……そこからで。



男の白状した香炉の隠し場所というのが……なんと。

男が社長を勤める建設会社の、山の中の廃材置き場だった。
解体した建物の建材などで溢れかえる中、あっちのものをこっちへ、こっちのものをあっちへと動かして。
そうして、やっとのことで見つけた香炉。
大変だったけど…依頼人たる次期新当主・光太郎さんの心底ホッとした顔を見て……
よかった…って、思ったわ。




「う゛~……ホコリ臭くてたまんねぇ。ちょっくらシャワー浴びてくるわ」
「う…ん。そうね、私も何か作ろうかな。あれだけ身体動かしたら、お腹空いちゃった。
リョウも食べるでしょ?」

「おぅ~………」
そう言って、のそのそとバスルームへ消えて行くリョウを見送って。
「よいしょ…」と、私も重たい腰を上げた。



冷凍庫に入ってた一口サイズの水餃子をスープで茹で上げて、
小さく千切ったレタスとコーン缶を放り込んで軽く火を通す。

塩コショウで味を調えれば、お腹に優しい簡単中華スープの出来上がり…っと♪
ふんわりとやわらかな湯気を出すそれに食欲をそそられて。
「お先に失礼」と、はふはふと口にすれば。
身体の芯から温かくなって
たまっていた疲れが抜けていくような感じがした。
「やっぱり人間、食欲は大事ってコトよねぇ?」
…と、くすりと笑う。



お腹が満たされ、ようやく本来の動きを取り戻した頭で自分自身を見直せば。
髪はボサボサ、服はところどころ綻んでいて。
服の中まで細かな砂利が入ってるのか、身体を動かすたびにザラザラと嫌な感触がする。
「う゛ぇ~……気持ち悪ぅ~………」
あんまりな現状に、言葉も無い。
と、その時、リョウがシャワーを終えて出てきたので、これ幸いと、お鍋とお皿とを押し付けて。
一目散にバスルームに飛び込んだ。



「ん~……気持ちイイっvやっぱりシャワーはイイわね~」
少し熱めのシャワーを浴び、たっぷりの泡とともに身体の隅々の汚れを綺麗に洗い流して。
心も身体も、綺麗さっぱりのご機嫌さん。
お腹も満たされて、何だか少しトロンとしてきちゃった。
「でも、キッチンも片付けなきゃいけないし……面倒くさいなぁ……」
ふぅとため息をつきながら、疲れのせいでちょっぴり重くなった足をズリズリと引きずりながらキッチンに行けば。
お鍋もお皿も綺麗に洗われて……洗いかごの中ですやすやとお休み中。



「あ………れ?」
いぶかしげにリビングに行けば、コーヒーを片手にソファで寛ぐリョウの姿。
「おぅ……出たか」

「ん………。ねぇ?お鍋とお皿と……リョウ、が…?」
「………あぁ……まぁ、な」
ぶっきら棒な物言いとは反対に、照れ隠しのように顔を背けた頬のあたりが、ほんのりと赤い。
ふふふ…と笑う私に、
何だよ…という視線をよこす。
それがまた子供っぽくて、可愛くて……思わずくすくすと笑ってしまった。
「……ンだってんだよ////………お前もコーヒー、飲むだろ?」
「あ、いいよ。自分で淹れて来る」
「いや…俺ももう一杯飲むから、そのついで」
「ふふ……ありがとv」
妙に優しいリョウがくすぐったい……でも、何だか嬉しい。



くすくすという笑みが自然にこぼれるのを抑え切れずに、ソファで待てば。
聞き慣れた足音とともにコチラへと近づいてくる、甘い匂い。
「………ほい、おまっとさん」
「………リョウ?こ、れ………?」
手渡されたカップから立ち上る匂いは、いつものコーヒーのそれではなくて。
色も、いつものそれよりかドロリとした茶色で、その所々が白くクリームがかっていた。
そして何より、どこか懐かしいようなこの甘い匂いは……。



「……そ、ココア。今日はお前も疲れただろ。まさか、あんなトコに隠してたとはなぁ~……。
まったく、あのジジイもとんだ食わせモンだよ。…で、疲れた時は、甘いものが一番……ってな」
「いっつも、甘いモンばっか食ってっとブタになるぞ…って、言ってるのに…?」
「……そっ、それはだな……ほら、時と場合によりけりってコトで……」
…ンな、突っ込むなよ…という顔のリョウと視線を合わせて、二人でくすりと笑う。



「ふふ……ウソよ。ありがとv」
「そうそう。はじめっから、素直にそう言えっつーの」
まだブツブツと文句を言いながら、自分のカップを軽く持ち上げて、私のそれにカチンと合わせる。
「……てコトで、お疲れさん」
「……ふふ、お疲れさまv」
互いに苦笑しながら一口、口に含めば、いつものコーヒーとは違う、
その特徴たるトロリとした甘い舌触りが口に優しい。

………あ、れ?
でもこのココア、ココアだけじゃなくって………?



「リョウ……これ、マシュマロ入れたの?」
「……あぁ。ちょっとした隠し味に……な」
「うん、美味しいvあれ?でも、ウチにマシュマロの買い置きなんて無かったわよねぇ……?」
「………………」



キッチンの棚から引き出し、それから食糧貯蔵庫の見取図を頭に思い浮かべる。
そしてその中身をリストアップしてみるものの…その中のどこにも、マシュマロは見つからなくて。
小首を傾げる私の視線に、リョウがニヤリと笑って。
その太い指で、おでこをピンと弾かれた。
「………リョ………?」
「………ったく……いつまでたっても鈍感だな、お前は」
「………へっ?…………あ、あぁっ?!」



……そう。
依頼ですっかり忘れてたけど、今日は3月14日、ホワイトデー。
じゃぁ、お皿を洗ってくれたのも、お鍋を洗ってくれたのも。
ココアを淹れてくれたのも、このマシュマロ、も………?



リョウと暮らすようになって、初めてのバレンタインにあげたチョコのお返しは、
「男女のお前にやるモンなんかねーよ」という言葉だった。
その次の年は、やたらと塩辛いおせんべいで。
その次の年は、確か妙にドデカい大福だったわよね。
そしてその次が飴玉一個で、その次が特売のクッキーの詰め合わせだった。



色気も何も無いクセに、手渡されるものは毎回、巷で言うところのルールに沿って、変化をしているようで。
“リョウも学習能力はあるのね”なんて、思ったりしてたっけ。
そうやって、年を負うごとに少しずつリョウとの距離が縮まっているのかと……
そんな風に、一人勝手に思ってもいた。

でもこうして少しずつ、バレンタインのお返しが変化していってたのは…。
リョウも、“そういう気持ち”、で、いてくれたからなの……?



仕事でゴミまみれ、ホコリまみれになって、日付の感覚すら無かったくせに。
いつももっこり美人のコトばかり目で追って、私のコトなんか、気にする素振りも見せなかったくせに。
毎年ミックと、チョコの数を競い合うことばかりに夢中になって。
ホワイトデーのお返しのことなんか、一度たりとも気にしたコト、無かったくせに。
それなのに……どうしてちゃんと用意してるのよ。
どうして私の……私の一番欲しかったものを、用意してるのよ。



真っ白なマシュマロ…。
それが“特別な存在”を意味するものだってコト、わかってるの?
リョウにとって私って、“そういう存在”だと思ってイイの?



あの日…初めて私への想いを口にしてくれたあの日から、何かが少しずつ変ったようで。
その実、何も変ったことなど無かった私たち。
でもその心の奥底は、見えない何かで……何にも誰にも断ち切れない何かで、固く繋がってるのを感じてた。
それでも、いつもと変らずナンパばっかりのリョウに、不安になる心を抑えられなくて。
私たちの上を、長くやるせない時間(とき)が流れて行く……そんな心細い日々が続いていた。



だから…だから、リョウの本心が見えなくて。
このマシュマロの意味を、一人勝手に、いいように勘違いしてしまいそうで。
もし、私の勘違いだったらどうしようと……心が震えた。



「……リョ、ウ……?」
戸惑いと不安の色が浮かんでいるであろう瞳で見上げる私に、リョウがくしゃりと苦い笑みをこぼした。
“……………あぁ…………”
私の心の中の、様々な不安を読み取って。
その全てを優しく包んでくれるような……そんな、あたたかな瞳が返される。
そして大きく力強い腕がするりと伸びてきて……
肩に回された手が、カップのココアを零さないように、そっと私を引き寄せた。




頬に押し当てられた逞しい胸と、すっぽりと私を包み込むそのぬくもりに……。
最後の最後まで安心しきれなかった、意地っ張りで怯えた子供のような。
そんな頑ななまでの私の中の“何か”が、ゆるりと融けていくのを感じた。
もうずいぶんと長いこと、ずっと心の奥底で蟠っていた意地っ張りな“私”が、解けていくのを感じた。



「…………リョウ…」
もう、大丈夫なの?不安にならなくていいの?
バカな私の勝手な独りよがりじゃないって、信じていいの…?

そう問い掛ける私の瞳に返される、あたたかく穏やかな瞳。
何もかもを任せても……その全てを受け止めてくれる、深い深いまなざし。
その瞳に見つめられて……その太い指が、私の頬に当てられて。
クイと上を向かされ、そのまま二人……そっと影を重ねた。




END    2006.3.11