●赤鼻のトナカイ●



「やぁカオリ、ずいぶんと重そうだね。そんなに買い込んで、大丈夫かい?」

クリスマスケーキの呼び込みのバイトが、声高に騒いでいるスーパーの入り口で。
前が見えないほどの買い物袋を抱えたカオリを見つけて、思わず、声をかけた。



「あら、ミック。これからお出掛け?」
「あぁ、クリスマスだからね。しかも運よく、今年はカズエの研究が一段落してオフなんだ。
だからこれから、ホテルでディナーと洒落込もうってワケさ。
クリスマスらしいこの奇跡を、無駄にするってぇ手は無いだろう?」
「ふふふ……いいわね、相変わらず仲が良よくて。羨ましいわ」
「何言ってるんだい。そっちこそ、今日はリョウと二人。仲良くクリスマスディナーをするんだろう?
その買い込んだ食材を見るに、さぞかし豪勢な料理なんだろうな。カオリは料理上手だからね。
こっちこそ、リョウのヤツが羨ましいよ」



これからカズエと、年に数回あるかないかというホテルでのディナーが控えていると言うのに。
それでもオレは、カオリを口説くコトをやめられない。
あぁ……初恋とは、こんなにも深く胸に残るものなんだろうか。
それとも相手がカオリ……キミだからなのかい………?



そんないつもの軽口を叩きつつ、ニヤリと笑えば。
いつもなら頬を染めて、「やだもう、ミックったら……」とブツブツ言い返すカオリなのに。
今日の彼女は……そんなオレのからかいの言葉を受けて、淋しそうに俯いてしまった。



「カオリ……?どうかしたのかい?」
らしくないその表情に、ついとこちらも引かれちまう。
デートらしく、ホテルのラウンジで待ち合わせてるカズエが苛立ってないかと気になりつつも。
目の前に居る初恋の君を、放っておくことは出来なかった。



「ううん………何でも無いの」
「何でも無い……って、顔じゃぁないよ。カオリ?オレでよかったら、話してごらん……?」
「そんなこと、私、何も………」
「カオリ。そんな顔じゃぁ、せっかくのディナーだって美味しく出来やしないよ。そうだろう?」
「…………………」
「………カオリ………?」



俯いて切なそうに眉を寄せていたカオリが、キュッと唇を噛んで。
聞えないくらいにか細い声で、小さく呟いた。
「……クリスマスのディナーだなんて……どうせリョウは、私の作った料理なんか、食べちゃくれないのよ」
「…………Why?」
「リョウのヤツ……今日は歌舞伎町で夜明かしだって。
ねこまんまの、新装開店を兼ねたクリスマス・パーティーなんですって」

「………何ぃ~?あ……ンの、バカっ!!」
クリスマスと言やぁ、恋人たちにとっての、一年の中で最大のイベントだってぇのに。
そのクリスマスに、歌舞伎町で飲み歩きだ?夜明かしだぁ?
あのヤロー、とうとう頭がイカれちまったのか………っ?!



「それに…………」
「……………?」
「それに……私なんか、リョウの傍にいないほうがいいのよ。
いつまでたっても素人で、足を引っ張ってばかりで。迷惑掛けてばっかりで……」
「それは……こないだのコトかい……?」
「………………」



そう……この間の仕事で、カオリはまた、敵の手に落ちてしまった。
じっとしてろと言うリョウの言いつけを守らず、依頼人を助けようと、燃え盛る倉庫内に飛び込んだのだとか。
結果、二人ともリョウに助けられて無事だったんだけど……カオリはその時、足にやけどを負ってしまって。
それでリョウにこっぴどく怒られちまって………しばらくの間、傷が癒えるのも兼ねての、外出禁止になっていたのだった。



「……結局、どうやったって、私は素人でしか無いのよ。私なんかじゃ、リョウにはつり合わないのよ………」
外に出られないアパートでの日々の中、一人、色々と考えていたのだろう。
行き場の無い想いが胸の内にあふれ、彼女の涙腺を刺激する。
今にも涙が零れ落ちそうな眦を、細い指先でクイと拭って。
そんな顔を見られたくないようで……そのままツイと、顔を背けた。



はぁぁぁ……。
カオリが落ち込みやすい性格だってコト、十分承知してるだろうに。
不安になって行き場の無くなった思いを抱えたカオリが、こうして涙をこぼすことになるのもわかりきってただろうに。
それでも、そんな彼女をそのまま一人にしておくなんて……ったくあのバカ、いったいどうしてくれようっ!!



……と、ドコまでも女心のわからない不器用過ぎる悪友に、内心、言いたいこと叫びたいことは山ほどあれど。
それをグッと胸の内に飲み込んで、冷静かつ、出来得る限り優しく穏やかな笑顔を浮かべて、
顔を背けたままのカオリを、こちらに向かせた。



「……カオリ?つり合う、つり合わないの問題じゃないだろう?
キミはリョウが……とんでもなく大バカで、どうしようもないヤツだけど。
それでもあのリョウが……アイツが好きだから、ヤツの傍にいたいから。
だからパートナーで居る………そうだろう………?」
「………うん………/////」
「それなら話は簡単だ。カオリ、キミはヤツの傍に居ていいんだ。いや、居なくちゃいけないんだ」
「……………?」



「カオリ……?キミがアパートで外出禁止令を食らってる間、リョウのヤツが、どうしてたと思う?」
「………?どう……って、いつものように飲み歩いてたんでしょ?毎晩毎晩、午前様だったもの」
「……カオリ。キミがアパートで色々と考えている間、リョウは確かに飲んだくれてたよ。
でも……いつものバカ酒じゃぁない」
「…………?」
「あれはタチの悪い飲み方さ。ヤツはキミに……キミにケガを負わせてしまったことを悔いて。
そりゃぁ見るに耐えない、嫌な飲み方を、毎晩のように繰り返してたよ」
「…・・・……リョウ……が……?」
それまで沈み込む一方だったカオリの瞳に、ピクリと戸惑いの色が浮かぶ。



「そう、キミは確かに、スイーパーとしてはまだまだ半人前だけど。
それでもその身のこなしもトラップも、既に素人の域を超えている。キミは立派な、リョウのパートナーだよ」
「でも………でも、私……っ!!」
オレの腕に掴み掛からんばかりの、切なげな瞳。
それだけじゃ、それだけじゃぁダメなの………という、声にならない悲鳴が伝わってきた。
「カオリ?リョウがどれだけ暗い過去を背負ってきたか、知ってるだろう?
キミはリョウにとって、何より大切な存在何だよ」
「………私、が………?」



「そう……暗闇しか知らなかったアイツに、汚い世界しか知らなかったアイツに。
キミは生きる希望を与えたんだよ。孤独な闇の中での、ただ一筋の光……それが……カオリ?キミなんだ」
「……………」
「だから何よりヤツは、キミのことを護りたいんだよ。キミが傷つくのを、何よりも恐れてるんだよ。
だからヤツはいつだって、キミの身体を気づかってるんだ。
確かにオレたちから見れば、キミは頼りない素人でしかないが。
それでもキミを傍に置いている……手離せずにいる。

そんな不器用なアイツの気持ちを……それを察してやってくれないか……?」



女を抱いたり酒を食らったりの、アメリカ時代。
数え切れないほどのやんちゃを共にしてきたが、それでもリョウは、心のどこかが冷めていて。
まるで死に場所を探しているような………時折そんな、暗い瞳を見せるのが気に掛かっていた。
でも、日本に来て、ヤツを見て。
あの時の、まるで死神に捕りつかれたような表情をするリョウは完全に死んだと……そう、確信したんだ。
そしてリョウをそんな風に変えたのが、キミだというコトも………ね。



「…………ミック…………」
「大丈夫。キミは今のままで十分、リョウのパートナーだよ。
キミ以上のパートナーは、居やしない。だから元気を出して、ディナーの支度をしておいで?」
「でも……でも、リョウは…………」
「大丈夫。ねこまんまには、オレから連絡しておくよ。
カオリが泣いて淋しがってるから、リョウのヤツが来たら即刻、追い返せ……ってね。
ヤツらもキミを泣かせたくは無いはずだし、喜んで協力してくれるよ。
だからカオリは安心して、アパートでリョウの帰りを待ってればいいのさ」
「ありがとう……ありがとう、ミック…………」



そう言って、笑顔でカオリが去っていくのを見送って、ついと踵を返せば。
その道の角から覗くのは、件の悪友がご愛用している、いつものよれたジャケットの肩。
ふふん………?
カオリが心配で、その後にくっついて来たくせに。
それでもまだ、こんなカブキ役者の黒子みたいな役をしてる気か?
そこまで心配するそのお前の心の内を、包み隠さず洗いざらい。
丸ごとすべて、カオリに見せちまえばいいのに……ったく、しょうがないヤツだ。



「やぁ……あれでよかったかな?意地っ張りくん」
「………るっせーよ」
「……リョウ?いいかげん、カオリを不安にさせるなよな。彼女の落ち込みやすい性格は、お前の方がわかってんだろ?」
「………………」
「しかし……何だな。カオリってのは、赤鼻のトナカイみたいだよな。
暗闇で一人、淋しそうに彷徨ってるサンタクロースを、その明るい笑顔で導いてってくれるんだからさ。
大事にしろよ………リョウ?」
「……………………」



「ほら、意地っ張りのサンタクロースくん。早く行って、肩のひとつでも抱いてやれ。
今日ばかりは、最愛のトナカイに、素直になってやったらどうだ?
聖なる夜……それくらいのコトしたって、罰は当たらないぜ?
まぁ……お前が行かないんだったら、オレが行ってやってもいいんだけど?」
「……ばーか。お前は早いトコ、かずえくんのトコに行っちまえよ。この、色ボケ天使」
「……All right。言われなくってもそうするさ。じゃぁ、リョウ?カオリのこと、しっかりと頼むぜ?」



そう言って踵を返し、カズエの待つホテルへと足を向ける。
……と、いくつかの角を渡り、信号待ちにぶつかって、ふと振り返った時。
遥か向こう、クリスマスソングの響く中。
あふれんばかりの周囲の人混みより、少しばかり背の高いカップルが、
仲良く寄り添うように歩いて行くのが見えた。



聖なる夜。
意地っ張りな恋人たちに、どうか幸せが訪れますように
Merry Merry Xmas




END    2006.12.23