●あと5分だけ●



「じゃぁ……ちょいと寄り道して行くか?」

「……えっ?いいの……?!」
驚き顔の香にフフンと笑い、幹線道路から続く住宅街へとハンドルを切った。



クリスマス前、振って沸いたように急に飛び込んできたこの依頼は、 
老父の遺した地権争いから親族の一人が暴力団を雇ったという、タチの悪いもので。
とはいえ、ようやく見つけたその親玉が……何のことは無い。
もう引退しちまったが、俺の古くから馴染みの組長と顔見知りだったことから。
ソッチから手を回してもらって、どうにか穏便にカタを付けたってところだ。



しかし……どうにか目端のついたのが、イブの前日。
依頼の入る前から楽しそうに、何やらの飾りつけだの、
料理の下ごしらえだのをしていた香は、今は見るに耐えない不機嫌顔。
このままじゃ今年のイブはどうなるってのよぉ~っっっ!!!
と、無言のままに、暗黙の内に泣きつかれたような気になって。
そこから手っ取り早く、少々乱暴な手口でケリを付けたのが……
時はクリスマス・イブ、その当日。
しかも……すでに夜半。
香の顔には、これ以上は無いというほどの落胆の色が浮かんでいた。



そんな香に苦笑しながら、俺が提案したのは、
依頼人の家へ行く途中に見た、クリスマスのイルミネーションに飾られた住宅街。
「今、流行なのよね。テレビとかでもやってたわ。一度、ゆっくり見て見たいなぁ…」
と、香のヤツが言っていたのを思い出したまでだが。



最も、これから帰ってケーキを焼いたり、何がしかの晩メシの支度をする間も無いのは、目に見えているワケで。
そしたら結果、出来合いの惣菜や、売り切れ寸前のコンビニのケーキを買うのが精一杯ってぇトコだろう。
二人きりの狭い車内。 
ココで泣きべそかかれる位なら……それならせめて、香の機嫌を取ってやろうと。
色とりどりに飾られたイルミネーションでも見せて、少しでも気をそらせてやろうと。
それなら、コッチへのとばっちりも少ないだろうと……。
まぁ、そんな悲しい男の妥協策ってヤツだ。



「珍しいじゃない?リョウがそんなコト言ってくれるなんて」
「……せっかくテレビでも話題になってるトコまで来たんだ。見逃すってぇ手は無いだろ?」
「ふふふ……そうね。でも……ありがとv」
頭の端でチラとそんな計算をしながら、嬉しそうににこりと微笑む香につられてニヤリと笑った。



このところのニュースでも取り上げられ、足を運ぶ人が多いせいか。
住宅街に続く狭い車道は進入禁止。
仕方なく、手近なコインパーキングの、かろうじて空いていたスペースに愛車を滑り込ませる。
そして同じような目的の家族連れやカップルたちの後に続けば、そのまま光渦巻く住宅街へと流れ着いた。
「うわぁぁぁ~……すごぉーい…………」



はじめは一・二軒が始めたであろう、クリスマスの飾りつけ。
それが周囲の家々に伝染し、競い合うように各々の家を、“これでもか”と飾り付けていた。
ある家は、門扉の両脇に背の高い植木を置いて。
そこに色様々な電球を巻きつけて、ちょっとしたツリー気取り。
またある家は、玄関へと続くアプローチに、小さなサンタやトナカイの人形が列を成して行進中。
またある家は、どの窓にも真っ黒なカーテンを引き、そこに雪の結晶をあしらったモールを飾り。
またある家は、赤鼻のトナカイを従えた等身大のサンタクロースの人形が、
二階の大きな窓の影からコチラを覗いていた。



「……あ、ねぇリョウ。あれ、素敵じゃない?」
そう言って香が指差した先には、屋根の廂を頂点とし、そこから何本もスカート状に広がる電飾のライン。
きれいな緑に光るそれらのそちこちに、赤や黄の電球が散らばって。
小さなサンタや天使のオーナメントがぶら下げられていて……。
さながら、家一軒丸々を、クリスマスツリーのように見せていた。



「はぁ~ん……じゃぁ、あれはどうだ?」
クイと顎で示した先には、チビ・サンタがロープを使い、窓から屋根に上がろうとする趣向のようで。
緑の蔓草をあしらったかのようなロープを、3・4人のチビ・サンタが、懸命に上ろうとしている。
困ったような楽しそうな、チビ・サンタのそれぞれの表情が、何とも健気に見えた。
「わぁ~……すっごく可愛いっv」



その後も、二階のベランダから滝のように何本もの電飾を下げ下ろしてるのやら、
赤や黄、青に白にと、ゆっくりと美しいグラデーションを見せる電飾に飾られた植え込みなど。
様々な光渦巻く家々を見て回り、あれやこれやと冷やかしながら足を進めて行った。
……と、あまりの人だかりにぶつからないように、
人混みの邪魔にならないようにと俺の腕に手を回していた香が、そのコートの端をキュッと掴んだ。



「………ありがとね、リョウ」
「………んぁ………?」
「クリスマスに何も出来ない……って、凹んでた私のご機嫌を取ってくれたんでしょう?
おかげですごく素敵なクリスマスプレゼントになったわ。ありがとう」
そう言って、嬉しそうに微笑みながら擦り寄ってくる。
はじめは、泣き出しそうな香を宥めるだけの、そんな子供騙しの作戦だったはずなのに。
こんなにも素直に、思い通りに引っ掛かってくれるとはな……。
そんな香がひどく愛おしくなって、知らず、ニィと口元を上げて。
夜陰に紛れて、その細い肩をそっと抱き寄せた。



しかし……だ、な。
こんなヨソのヤローの家々を見て回るのが、俺からのクリスマスプレゼントだなんて、
香のヤツは、何とも勝手気ままに解釈して納得しているようだが。
(もちろんそれは、クリスマスだから二人でグラスを傾けて…なんてコトは一度たりとも無く、
普段どおり堂々と飲み歩いて朝帰りした…という、過去の実績が物をいっているのだろうが。)
だが……だがな、香。
今年の俺は……ちょいと違うぜ?



横から“やんや、やんや”と騒ぎ立てる悪友たちに踊らされたワケじゃぁないが。
何かと不安になりがちな……時折、自信を無くしてしまいがちなお前に。
お前を不安にさせない、お前の自信になるモノをやりたい……そう思ったんだ。



お前は確かに、俺の唯一無二の、
何より掛替えのないパートナーだという、その証を。
愛だの恋だのってぇのは、ガラじゃないが、
感情を言葉で伝えられない、このひねくれた俺の。
お前はそんな俺のモノだという、その確かな証を………な。



どうしても、お前をヨソの男にくれてやることが出来なかったんだ。
これ以上俺の傍にいさせて、嘘偽りの言葉で心を隠して。
自分の気持ちに歯止めを利かせようなんて、そんなのはもう、無理そうだし。
男女だの、暴力女だの。
俺が唯一もっこりしない女だの、ただの仕事上のパートナーだのと。
色々と言って、お前を傷つけてきたが。
それでお前が泣いたりしたら……ウザったそうにするものの、実は内心、オロオロで。
冷や汗ダラダラで、真剣に焦りまくってた……なんて。
お前はこれっぽっちも、気づいちゃいなかったろうな………。



あぁ……人を好きになるってのは、どうしてこうも厄介なんだ。
俺には未来永劫、一生係わりあうことの無い感情だと、そう思っていたのに。
それでも……それでも、どうしても。
お前だけは、手離したくなかったんだ……。
ふふ……人ってのは変わるもんだな。
まったく……我ながら呆れちまうぜ……。



あと少し……。
このイルミネーションを抜けて車に戻り、二人きりになったら。
そしたらコイツを、お前にくれてやろう。
カタチなんてモノは、いつかは壊れる脆いモノだが。
今更お前にプレゼントだなんて、ガラじゃぁないが。
何よりひどく小っ恥ずかしくて、とてもじゃないけど、やりきれないが。
それでも……それでも、こんなちっぽけなモノでお前の心を繋ぎとめられるなら……。
そう……それならこれくらい、何とも無いさ。



コイツを渡せば、お前はどんな顔をするんだろうな。
そのデカい目ン玉をひん剥いて、ビックリと驚くか?
そしてその目に大粒の涙を浮かべるか?
この汚れ切った俺には似つかわしくない、何より清浄な涙を浮かべてくれるか?
そして……そして俺のモノになることを、了承してくれるか?
俺に向って、微笑んでくれるか………?



その瞬間に見られるであろう、そんなとびきりの笑顔を思い描きながら。
無造作にジーンズのポケットに手を突っ込み、そこに忍ばせた小さな箱の存在をそっと確かめる。
そして素知らぬふりで、細い肩に回した腕に更に力を込めて、こちらへと引き寄せた。



華やかなイルミネーションの渦の中、愛車を止めたコインパーキングのネオンがチラと顔を覗かせる。
そう……俺たちの愛車まで、あともう5分だけ。
お前の驚く顔まで、あと5分だけ。
それまでどうか、その無邪気に微笑む顔を、もう少しだけ見せてくれ。
そう……あと、もう5分だけ……。




END    2006.12.24