●ぬるやかな空気●



「お誕生日おめでとう、リョウ」

「……おう……サンキュ」
そう言って二人、静かなリビングでカチリとグラスを合わせる。
親しい悪友どもが真ん中バースデーと称し、
俺と香の誕生日の間をとってパーティーなぞを開くようになったのは、いつの頃か。
ただ俺たちをダシにして飲みたいだけとわかっちゃいるが、
それでも皆と嬉しそうに、楽しそうに笑う香を見ると、
何だか無性に嬉しくなって。
年に一度のバカ騒ぎも悪くは無いか……などと、思ってみたり。



でも……今年は、二人。
互いの誕生日を、静かにアパートで祝うことにした。
あの奥多摩の湖畔でのあと、初めて迎える二人の誕生日。
それを邪魔するほど無粋じゃぁない……というのが、悪友どもの一致した意見だった。



とはいえ、こうもあからさまに二人きりにさせられるってのは……何だかえらく気恥ずかしくて。
それでも恥ずかしそうに……嬉しそうに頬染めながら俺を見つめる香の姿が、何だか妙にくすぐったくて。
そして知らず……微笑んでいる俺がいた。



血と硝煙と、生死を賭ける、一瞬たりとも気に抜けない日々の中で生きてきた、この俺と。
たとえ真実、血のつながった家族で無かろうと、揺ぎ無い愛情を受けて真っ直ぐに育ったお前と。
生きてきた環境も習慣も、何もかもが異なるお前と出逢い、
今……ココに一緒に居ることが不思議。



CITY HUNTERと……死神とも恐れられた、この俺に。
誰構わず、何構わずと、この腕に飛び込んできたお前。
はじめは厄介だったその腕、手にあまるばかりだった、そのお節介。
でも気づけば、そのすべては誰のものなのか……その笑顔は、誰に向けてのものなのか。
その微笑の先にいるヤツは誰なのか……と、そんなコトが気になって。
そしていつ何時とは言わず、紛れもなくこの俺に向けられるその笑みを
手離したくないと思ったのは……いつの頃だったろう。



制止を振り切って、この腕に飛び込んできたお前。
長いこと躊躇しながらも、その手を離さないと決めた、俺。
どちらも頑固でワガママで、相手の言うことなんか聞きやしない。
けれど、互いの傍を離れたくないと決めたのは……誓い合ったのは。
紛れも無く、俺とお前。
なぁ……こういうのを、似た者同士って言うんだろうな……。



その細い手を、輝くばかりのその笑みを、誰にも渡したくは無くて。
そのくせ、お前をこんな裏の世界に居させてなるものか……と。
槇村からの預かりものだと……女ではない、妹のようなものだと、自分に言い聞かせる日々。



けれど過ぎ行く時間(とき)は魔法のように、幼かったお前を女へと変えていく。
ガキだ男女だと、言い訳めいたセリフで泣かせてばかりだったよな。
だが……それももう、終わり。
お前の幼さを盾に狡賢く逃げるのは、もう、終わりだ。
だってお前はこんなにも、誰より何より魅力的な女になっちまったんだからな……。



どうしたって、その腕を。
どうしたってその笑みを……そのぬくもりを。
この手に欲しいと思う気持ちは、止められやしないんだ。
あぁ……お前の隣は、どうしてこんなにも落ち着くんだろう……。



だが……ただでさえ、口下手な俺。
伝えたい気持ちなら、尚更言葉には出来なくて。
そしてまた下手なウソで……素人並みの下手な演技で、お前を泣かせちまうんだ。
あぁ……我ながらガキっぽくて嫌になるぜ……。



ひとときの情熱に縛られてコトを起すほど、ガキじゃない。
だが、意思とは関係なく惹かれていくのは……
今までの俺とは違うヤツへと変わっていくのは……
どうしようもないコトで。
大人の余裕なんて、クソくらえ。
ンなモン、惚れた女の前では無用の長物だったんだよな。
惚れた女の前では、どうしたってガキになる……
そんな単純なコトを、今更ながら知っちまった。



今日は俺の誕生日。
お前が作ってくれた、誕生日。
二人、珍しくワイングラスを傾ける。
アルコールの力を借りるなんざ、俺らしくもないが。
今日ばかりはさすがに……というトコロ。
どんなにその心の内を隠していても、ひとたび酔えば、いつしかガードが緩み、
その心の内に秘めた思いが口を吐く。
アルコールってヤツは、下手なカウンセラーよか頼りになるぜ。



本気になっちまったら、もう最後。
ひとたびボーダーラインを超えれば、後はどうなるかなんて、予想もつかない。
でも……そうでもしなきゃ、一歩先へと進めない。
そんな情け無くもまどろっこしい二人。
さぁ、どうする?今宵、ワインのせいにしてみるか……?



くすくすと笑いながら、グラスを傾ける香。
ぴたりとよりそうそのぬくもりが、俺の鼓動を早めてるなんざ、これっぽっちも気づきやしない。
今日、この日。
そのぬくもりをより深く感じたい……と、意を決してその身体を引き寄せようと手を伸ばせば。
「ボトル、空になったね……」と微笑みながら、ソファから立ち上がる。
ついとかわされ、置き去りにされた手が、物悲しく空を切った。



「……どうかした………?」
「………………」
ふいに振り返って微笑む香に、小さくため息。
どうしたもこうしたも、この絶妙のタイミング。
……お前、ワザとやってねぇか………?



そう言いたいところをぐっと堪えて、「いや……何でもない」と肩をすくめる。
超がつくほどの天然鈍感娘が相手では、酒の神バッカスさえも空しく白旗を揚げるらしい。
さてさて、この後、どうしたもんかな……と、
香の立ち去った後、せめて残されたぬくもりだけでも……と、
掌の中、そっとぬるやかな空気を握り締めた。




END    2007.3.26