●be my valentine●



かすみちゃんに連れられて出向いたデパートは、

入り口から入ってすぐに、バレンタインのチョコレート売り場へと大変身。
たくさんの女の子たちと、煌びやかで色とりどりのラッピング。
試食コーナーから香るチョコレート独特の甘い匂いに、不覚にもクラリと来てしまった。
私だって女の子なのに、今までこういったイベントとは無縁の生活をしてきたから。
だからどうしたって、この場の雰囲気に負けてしまいがち。
あぁ……情け無い。



現役女子大生のかすみちゃんは、近頃サークルで知り合った他校の大学生とよい仲らしく。
あふれんばかりの女の子たちも何のそのと、たくさんの人波を掻き分けて奮戦中。
かすみちゃん曰く、彼と冴羽さんへの気持ちは別モノですから……なのだそうで。
とはいうものの、あそこまで熱くなれるっていうのは……意外にも、結構本気なのかしらね。



冴羽さんの心を盗むまでは、一族には帰りません……っ!!
そう言って、海坊主さんのところにお世話になって……もう、何年になるかしら。
それでもまだ、リョウのことを狙ってるようだけど。
でも……でも、かすみちゃんはまだ若いんだから。
もっと視野を広げて、たくさんの男の人と出会うべきよね……?



……そう考えて、ちょっぴり自己嫌悪。
だってこれってもしかして、自分のライバルを減らそうという。
そんな阿漕な考え方……とも、思えなくない……?
あぁ、そう思ったらよけい、考えが悪い方へと行っちゃいそう。
これってあまりに卑屈な考え方だわ……凹。



そうこうする内にも、かすみちゃんはにこにこ顔でレジへと並ぶ。
どうやらお眼鏡に適ったチョコレートを手に入れたようで、
小さな包みを胸に、幸せそうに微笑んでいた。



「香さんは?どんなのを買ったんですか?」
「ん~…?そんな、たいしたモンじゃないわよ」



胸に抱く可愛らしい紙袋に入れられたそれを、必死に覗こうとするかすみちゃんを軽く牽制。
だって私はといえば、ミックや海坊主さんや、いつもお世話になってる情報屋さんたちへのそれで。
泣け無しの家計費から捻出した予算じゃ、この人数分はとてもじゃないけど賄えなくて。
やたらと多い個数をフォローしようと、どうにか適当なのを見繕ったというのが正解だったから。
どうしたってそんなの、見せられやしないでしょう……?



でも……そのくせ実は、こっそり買ったチョコレートがひとつ。
みんなに配るそれらより、お値段をほんのちょっとだけ上乗せしたチョコレート。
べっ、別に、高けりゃそれだけ想いが籠もってるってワケでもないけれど。
でも、おいしそうなチョコレートだったから……素敵なチョコレートだったから。
何より甘さを控えた、かなりビターな大人の男性向けってトコロが決めてだったかしら。



だってアイツってば、ホントに甘いもの苦手なんだもの。
これで「イラナイ」とでも言われたら、さすがに凹むでしょう?
誰って……そっ、それはそのぉ……ねぇ………?/////



そんなワケで、バレンタイン当日。
伝言板チェックをしがてら、新宿の街をぐるりとひと回り。
日頃お世話になっているみんなにお礼を述べつつ、にっこりと微笑む。
そう、CITY HUNTERのパートナーたる者、こういった根回しも大事なのよね。
その辺の苦労を、アイツはわかってないんだから……まったく、もうっ!!



そんな仕事もしないバカ男は、今日も遅くまで飲み歩き。
昼はチョコレート配りに、私がいつもより少し外にいた時間が長かったので、
今日はまだ、まともにアイツと顔を合わせちゃいない。
だからアイツにあげる予定のチョコレートも、まだキッチンの棚の中。
枕元に置いておこうかと思ったけど……それも何だか、恥ずかしくって。
でも、面と向って渡す方が、数倍も数百倍も恥ずかしいってコトに……今頃気づいたわ。



それにしたって、リョウはまだ帰らない。
どこぞのスナックで、女の子たちに囲まれてる?
ホステスさんたちからチョコレートを貰って、鼻の下を伸ばしきってる?
いつものコトだとわかってるけど。
それでもやっぱり、考えれば考えるほど、思考の渦は暗く深い海の底。
うっかり嵌って、浮上する機会を逸してしまった。



「はぁぁぁ~………やめやめ☆」
落ち込む気分を変えようと、買い物がてらにスーパーで買ったお菓子の袋をバリリと開ける。
小さな包みを開いて口に放って、もぐもぐ、ごっくん。
あぁー……やっぱりチョコは美味しいわね。
そうよ、パートナーを置き去りにして飲み歩いて、ツケばっかり作ってるバカなヤツには。
このチロルくらいがちょうどだわ。
あんな(ほんのちょっぴりだけど)フンパツしたのなんか、猫に小判、豚に真珠よ。



そこにはいないアイツにブツブツと文句を言いながら。
ペリペリと包みを解いては、もぐもぐ、ごっくん。その繰り返し。
あぁ……もったいないから、あれも私が食べちゃおうかな~。



キッチンの棚から件のチョコレートを取り出して、リビングのソファにちょこんと座る。
じっと見つめるそれは、小さいながらもなかなか見栄よくラッピングされていて。
お値段を言わなければ、それ相応のシロモノに見えるかも。
そう……誠によろしいチョコレートなのである。



「……ふん……っだ。アイツが悪いのよ、アイツが」
唇をツンと突き出しブツブツと文句を言いながら、シュッとリボンを解く。



「だいたいねぇ、私を何だと思ってるのよ。ただのメシスタント?それとも体のいい家政婦?」
きれいなテープを剥がして、カサコソと包装紙を開ける。



「人に家事全般やらしておいて、仕事の依頼を持ってくれば、男はいやだの一点張り」
包装紙をかなぐり捨てて、蛍光灯に光る、光沢のある小さなボックスを開く。



「ばっかじゃないの?それでどうやって生計たててくのよ。ご飯食べるのよ。
アンタの好きなビールだって煙草だって、お金が要るんですからねーだっ」
一際濃いカカオの香りがぷんとして、小さなそのひとつを指で摘む。



「今日が何の日かってコトだって、知ってるくせに。
それなのに、私のコトなんか放ったまま、ヨソの女の子とイチャイチャと……」
ブツブツと文句を言っていたのも束の間、押し殺していた淋しさがついと表に出てしまい。
不覚にも……視界が揺らぐ。



「もう……もうっ、バカリョウなんか知らないんだから……っっっ!!!」
大きく叫び、大きく開いたその口へと。
指で摘んだチョコレートを入れようとした、その瞬間……。
背中に伝わるのは、耳に慣れ親しんだ低い声と、温かな熱。



「ん~……?誰が何を知らないって………?」
「………リョ、リョウ………っっっ!!!」
驚く私をそのままに、気づけばいつの間にか、ソファの後ろから抱きすくめられ。
ニヤリと意地の悪い、いつもの笑みをくれている。
そしてテーブルの上、山と積まれたチョコの包み紙にチラと視線をよこして。
ふ………と、鼻で笑った。



「こんなにチョコばっか食って……太るぞ?」
「ふっ、ふーんだっ!!アンタだって今日は新宿の綺麗どころから、たぁーっくさん貰って来たんでしょっ?!」
「……んぁ?何を………?」
「何をって、今日はバレンタイン………っ!!」
……と見れば、その足元には紙袋のひとつさえ見えず。
コートのポケットも、その下のジャケットのポケットにも。
ズボンのポケットにさえも、チョコレートの一つも入っていないような、見事なまでの平らぶり。



「……ね、ねぇ。チョコレートはどうしたのよ。
アンタいつも、ものすごい数持って帰って来て、これ見よがしに自慢してたじゃない」
いつもとちがうこの状況について行けず、目がパチクリと。
そんな私を楽しそうに見たリョウが、照れくさそうに鼻をこすった。
「今年はチョコレート、くんねーんだとよ」
「…………へ…………っ?」
「みんなで示し合せやがってさ、お前から貰え……って。お前からのだけで、十分だろ……って」
「……………えっ、えぇっっっ?!/////」



瞬時固まり、その言葉の意味を脳内で噛み砕き……再び頬が染まる。
えっと、それはそのぉ……“そーゆー意味”ってコト……?



ハッキリとした“なにか”こそ無いものの。
リョウと二人、それらしい、新しい関係を築きつつある私。
嘘のつけない、どこまでも想いが表面に出るタチの私を見て、
周囲の友人知人や新宿の街のみんなは、早くもその微妙な空気を察したみたい。
でも、だからって急にこんな態度をとられても、心の準備ってものが……っっっ/////



頬を染め、何を言い返したらいいのかわからないままに、黙りこくった私を見て。
後ろから回されていたリョウの腕の力が、ふっと緩んで。
無骨な指が、私の鼻先をちょいと摘んだ。



「あぁーあ、ンなにチョコばっか食って……鼻血出してもしらねぇーからな」
「だっ、誰がそんなコトっ!!」
「出るに決まってんだろ?ンなに食いやがって……しかも、まだ食う気か?
ほら……そのチョコ、よこせ」
そう言って、今まさに口に入れようとしていた“誰かさん用”のチョコレートの箱を引っ掴む。



「……“これ”、俺んだろ?」
「……ちがうもんっっ!!」
「ちがわねーだろ。ほらっ……早くよこせ」
「ちがうって言ってるでしょぉっ?!アンタなんてどーせ、ヨソでいっぱい貰ってくればいーんだからっ!!」
「ヨソのなんかいらねーっての。俺はこれがいいの」
「……なっ、何よ、それ」
「いいから……よこせって」



ソファの後ろからぐるりと回されたリョウの手と、チョコレートの奪い合い。
らしくもなく、結構ムキになったその表情がまるで子供みたい。
でもしばらくすると、無理な体勢での取り合いに、互いに少々息切れて。
それにつられて、互いへの罵りは減りがちに。



「……ねぇ……どうしても、このチョコが欲しいの?」
「…………あぁ………」
「……私からのチョコが欲しい、の………?」 
「………………あぁ………」
「……………どうし、て……?」



軽く唇を突き出しているリョウをチラと見やれば、一瞬、きょとんと目を見開いて。
いつもは意地悪げに上がる、太く凛々しい眉が、心持下がったように見えて。
そして「はぁぁぁ~………」と、気の抜けたようなため息をつきながら、くしゃりと頭を撫でてくる。



「……………リョ、リョウ……?」
「………お前ってさ。時として、ひどく聞きづらいコト、聞くの……な」
「……………へっ…………?」
「……いいか?一度しか言わねーぞ?」
「………う、うん……………」



誰のどんなチョコレートより、リョウが私からのそれを欲しいと言ってくれた。
そのひとことが嬉しくて。
でも、その言葉の意味するところを、キチンと言葉にして聞きたくて。
思いを言葉にするのがひどく苦手な人だと知ってるくせに、無理にとせがんでその先を強請る。
リョウが初めて、その本心を口にしてくれる……その高揚感に、胸の鼓動がより一層激しくなった。



「俺は、だなぁ………」
「…………ん………/////」
「……俺は、義理チョコはいらねーんだよ」
「………へっ?……何、それ。私のは義理じゃないって言うの?」
「ふふ……ん。違ったか?」
「……そっ、それは………っっっ/////」



肝心要のトコロは答えてくれないクセに、いつも以上に甘やかな視線を投げ掛けて。
その瞳に、その視線に……絡め取られて。
いつの間にか、全てを許してしまってる自分がいる。



「……………ズルイ……////」
「……ンなコト、今更……だろ?」
そう言ってくすくすと笑いながら、頬に押し付けられた小さな熱。
まだまだ喧嘩ばかりの日々だけど、たいした変化も無い二人だけど。
でも、そんなちょっとしたふれあいを重ねながら……
いつかはちゃんとした、恋人同士になれるのかしら……。



いつの間にやら、喧嘩も何もそっちのけ。
結局いつも降参するのは……とことん惚れちゃってる私の方。
今まで踏んできた場数にしたって、その経験値にしたって。
どう考えたって……リョウの方が断然上手。
そんなこと、もう十分にわかってはいるけれど。
でも……でも、やっぱりそんなのズルイよ………。



そう思いつつ、私がリョウに勝てる確率なんてゼロに等しい……というか、ほとんど皆無で。
そしてまた、気づけば今日も、その腕の中にいる私。
でもまぁそれも、この確かなるぬくもりが傍にあるのなら。
それならそれも、悪くは無いかな……と。
どこまでも意地っ張りな私を、素のままの私を、
丸ごと全部包んでくれる、そのあたたかなぬくもりに安堵しながら。
そう、諦め半分に思ってしまう自分に、くすりと笑った。




END    2007.2.10