●chocolate message●



「よぉ、リョウちゃんっ♪」

いつものように街をブラついていた時、ふいに声を掛けられて振り向けば。
そこには新宿でも老舗の菓子店、パティスリーSAKAEの主人が、にこやかに微笑んでいた。



「あぁ……おやっさん。この不景気の中、今年はえらく繁盛してるって話じゃないか」
「え?いやぁ~……ははは、それほどでも無いよ」
そう謙遜はするものの、そのにこやかな笑みの中、少しばかり自慢げな態度が見え隠れ。
察するに、商売はかなり安定しているのだろう。



近頃はやたらと豪華ブランド志向に走りがちな、バレンタイン商戦。
かつては新宿でも、それと名の知れたパティスリーSAKAEも、そんな時代の波の被害を被って。
この頃はやけに苦しい2月というイベント月を過ごしていたようだった。



それが……今年。
このおやっさんが起死回生とばかりに打って出た勝負が、ものの見事に当たったようで。
近頃の店は、店内に入るだけで30分だの1時間待ちだのという賑わいを見せていた。
おやっさんのホクホクした笑みも、その太鼓っ腹も、
留まるところを知らない……ってところか。



「しかし、まぁ……チョコにメッセージを入れるだなんて、
これまたずいぶんと古風なコトを考えたものだよな」
「ふふん……そこがミソさ。金掛けて豪華なだけじゃ、気持ちは伝わらない。
相手への想いの丈を込めてこそ……ってね♪」



客のリクエストしたメッセージ……好きですだのI love youだのという文字をチョコに書き込む。
そんな古風なコトが、イマドキはやるのかと思ったが。
意外にもそれが、近頃の若い女の子たちには新鮮に映ったらしい。



「ふぅ~ん、そんなもんかねぇ……」
「そんなもん……なのさ。ファッションと同じだよ。
何年か周期にミニスカートがはやるようにね」
「………なるほど」
それならよくわかる。
ミニスカート……と聞いて、スラリと伸びた見事な脚線美を想像し、思わず鼻の下が伸びちまった。
いつになく寒いこの冬、ミニスカートのお出ましは、もう少し先のことになりそうだがな……。



「そうそう……リョウちゃん?ここだけの極秘情報なんだけどね。
今ンとこ、ウチで請け負ったメッセージの相手、リョウちゃんがダントツの一番人気だよ♪」
「…………ほっ、ホントかっ?!」
「ホントもホント。もう、びっくりするような熱ぅ~いメッセージを、毎日毎日リクエストされちゃってさ。
チョコに書き込む職人たちも、大慌てだよ」



職人たちも慌てるほどの熱いメッセージが、この俺に……?
むふふ……さすがは万年ハタチの俺様だっ!!
「ふっ……新宿中の女の子は、この俺の虜ってワケか。
いやぁ~もてる男は困るねー。俺って罪作りなヤツー♪」
「………は、ははは……。ま、まぁ、そういうコトだから、ひとことリョウちゃんにお礼をと思ってね。
じゃぁ、バレンタイン当日を、お楽しみに♪」



多少言葉尻に怪しさを含んでいたものの、おやっさんはそう言って、
商売繁盛で笑みの止まらない顔のまま、足早に走り去っていった。
ふふ……ん、バレンタインが楽しみだぜっ!!



………そして、バレンタイン当日。
パティスリーSAKAEのおやっさんの言葉どおり、
街を歩けばとたん、俺の周囲に群がる女の子の山、山、山っ!!
行きつけのキャバクラに、ファミレスにコンビニに……と、
新宿中のありとあらゆる女の子たちが、それぞれのチョコを手に手に、俺ににっこりと微笑んだ。



「はい、リョウちゃん。私からの気持ちよv」
「リョウちゃんにだけ、あげるんだからね?わかってよ?私の気持ちv」
「リョウちゃん、大・大、だぁ~い好きっv」



うっしっしっし……。
商売用のそれとはわかっちゃいるが、そうまで言われて気分の悪い男など、いるはずもなくて。
これぞもてる男の甲斐性とばかりに、みな、ありがたぁ~く頂戴したぜ。
それに、いつものCATS EYEでは美樹ちゃんやかすみちゃんからも、同じようにチョコを貰い。
パンパンにふくれあがった紙袋を手に、額の汗を拭きながらアパートに帰った。



「うっわぁ~……今年はいつにな、ものすごい数だわね」
「ふふん……街中の女の子たちが、ちゃぁ~んと俺って男の魅力を知ってるってコトだな♪」
「……まったく……何、バカなコト言ってんだか。どうせみんな、ご挨拶でしょうに……」
「ふんっ!!お前からのチョコよりはマシだろっ!!」



……そう。
今年、香から手渡されたチョコには、これでもかと大きくお義理の3文字が。
コイツの照れ屋な性格はわかっちゃいるが、さすがにこれはどうかと思うぞ……?
「……ふ、ふんっ!!アンタにはあれくらいが調度いいのよっ!!/////」
言葉とは裏腹に、頬を赤く染めながらリビングを後にする。
今頃キッチンで夕食の支度をしながら、素直になれないその性格を激しく悔いているところか。
……って、それはまぁ、俺も同じだがな。



お互いに想いあっていることは、周囲のヤツらも……当の本人たちにもバレバレなのに。
最後の最後で邪魔をするのは、互いの心の内に長いこと飼い慣らしてきた天邪鬼。
どうしたものか……と、頭を抱えることは多々あれど、
互いにこのシチュエイションを楽しんでいるという体もあって。
そんな内はまだ、もう少しこのままでもいいんじゃないか……と思う、狡賢い俺。
まったく、自分自身ながら、手に負えないヤツ……と、自嘲の笑みをこぼしながら、
リビングに山と積まれたチョコを開けていった。



「……なっ、何だぁ、こりゃぁ………っ?!」
割と大ぶりなハート型の板チョコのその縁には、美しいバラの花や可愛い天使がデザインされて。
老舗たるパティスリーSAKAEらしい、丁寧な細工が施されていた。
そしてそのハート型の真ン真ン中にホワイトチョコで書かれた文字は……
“香ちゃんとは、どうなってるの?”。
「……おいおい。誰がンなセリフをよこしやがんだよ……」



余計なお世話だと、チョコを手渡した本人を忌々しげに思い出せば、
それは行きつけのキャバクラのミナちゃんで。
そういや数週間前、タチの悪い酔っ払いに絡まれてたところを、香に助けてもらったと言ってたか。
それ以来、やけに香に肩入れしてると思ったが……まさかこういう攻撃に出るとは……。
「……ったく…………」



重苦しいため息をひとつ吐き、気を取り直して次の包みを解けば。
“香ちゃんを泣かせたら、承知しないわよ?!”
「………泣かせてねぇって………」



次にあけたチョコには、“覚悟を決めなさい”。
「覚悟も何も………」



その次は"男らしくないわねっ!!“。
「そうは言っても、だ、なぁ………」



そのまた次は、“年貢の納め時よ“。
「……いや、わかっちゃいるんだが………」



そして挙句の果てには“…で、ちゅーくらい、した?”。
「~~~…………っっっ/////(まだだよ、悪いかっっっ//////)」



貰ったチョコを紐解けば、そのどれもこれもに、俺たちの間にチャチャを入れる言葉ばかりが刻まれて。
山のような包装紙と、リビングに漂う甘ったるい空気と。
そしてチョコから飛び出し、今にも迫り来るような数々の贈り主の、
その熱き思いに圧倒されて……思わずクラリと、眩暈がした。



「リョォ~?ご飯、出来たわよ~?」
パタパタとスリッパを響かせながら、香がぴょこんと顔を覗かせて。
俺は慌てて、あちこちに散らばるチョコの数々を片っ端からかき集め、その背に隠した。
「わっ、わぁーった。今、行くよっっっ!!!」
「うわぁ~……こうして見ると、更にすごいわね。壮観……って感じ?
たとえ義理でも、贈ってくれた人の心が詰まってるんだから……心して食べなさいよ?」
それはお前がよこしたチョコのことか……と、聞いてみたかったが、
そのまま胸の奥底に飲み込んだ。



「……あ、あぁ…………」
珍しく殊勝な俺の言葉に、香も一瞬、驚いたものの、くすりと笑って。
「まぁ、大変だろうけど、冷めないうちにいらっしゃいよ?」
とだけ言い残して、足早にリビングを後にした。



「…・…はぁぁぁ~…………」
いらぬ緊張感が解けて、体の底から力が抜けて。
ことさら大きなため息をついて、へなへなと座り込む。
そして背に隠したチョコの数々に目をくれて、更に悩ましげなため息をこぼした。



甘いものは苦手とばかり、いつもその三分の二くらいは、香にやってしまっていたチョコの山。
しかし、このメッセージの数々を見るにつけ。
こんなモノ、香に食わせるどころか、見せるコトすら出来やしねぇ。
かといって、この山全てを自分ひとりで食べられるワケもなく……。



「………う゛―――。確かに、熱ぅ~いメッセージだけど………さ」
ガシガシと頭をかき、手近なひとつ……
“どうにかしなさいっ!!”と書かれたそれを、パキリと割って口に入れる。
どうにか……ったって、そう簡単にどうこう出来るモンじゃねぇーんだよなー……。



「“どうにか”しようにも、話をややこしくしてるのは、お前らだろーが………」
と、もう誰だかわからない贈り主に、ぼそりと悪態紛れの一人ごち。
口に含んだ甘いはずのチョコレートは……やけに苦い味がした。




END    2007.2.10