●聖夜●



「………んっ……ふ……っ」




息継ぐ間も与えぬほどの長い長いキスをしながら、
白く細い首筋に、そっと指先を這わせ。
先程からの行為で邪魔に感じた、まとわりつくようなネックレスを外してやった。



クリスマスだからと、絵梨子さんのお声掛かりで着飾らされた二人。
やたらキザったらしいスーツを着せられた俺と、
目に鮮やかな光沢のある青いドレスと、それにあわせた同色のハイヒールを身にまとった香。
いつになく色っぽい香の姿に、ぞくりと背を這う、見知った気配。
日頃押さえ込んでいた想いの丈が、その艶やかな姿に白旗を揚げる。
そう……細く綺麗な靴先が、
いつものふたりという領域から愛し合うふたりという領域へと、
易々と食み出した瞬間だった。



いつかの夜のように、港の霧笛を聞きながら、そっと身を寄せ合う二人。
だがしかし、一度箍が外れてしまった感情は……その身体は。
もう、止めるわけには行かなくて。
やわらかなファーのコート越しに、そっとその身体を引き寄せれば、
己の無骨な手に、すっと手に馴染む柳腰。
その細さを、その頼りなさを知ってしまったら……もう、最後。
手離すことなんて、出来やしない。



「………リョウ………」
先程のカクテルが効いたのか、
それとも、いつもの俺たちらしくない、このシチュエイションに酔っているのか。
赤いルージュが魅惑的なまでに俺を誘う香が、うっとりとした視線をよこす。
わかってる……と、言葉にこそしないけど、その想いに応えるようにと、コチラも視線を絡めた。



クリスマスにドレスアップ。
洒落たレストランでのディナーに、ドライブに。
極めつけとばかりに、夜の海に出向くなんざ……
あまりにクサ過ぎて、片腹痛い。



あぁ……誰かこのロマンティックな雰囲気を止めてくれ。
俺らしくもない、けれどもう、止められやしない。
甘い匂いを吸い込めば……やわらかな身体を抱き込めば。
いつもは抑えつけている胸の鼓動が、やけに熱く、苦しくなる。
俺を見上げる瞳が、甘く潤んでいるのがたまらない。
なぁ、香……今夜、その瞳に溺れちまってもいいか……?



抱き寄せた身体が小さく震えているのは、寒さだけのせいでは無さそうで。
真っ赤になりながら瞳を閉じた香に励まされるように、その身体を更に胸元深く、抱き込んで。
今まで押し殺してきた思いの丈を注ぎ込むかのように、
夢にまで見たやわらかな唇に、己のそれを力強く押し付けた。



「……んっ……ウソじゃ……ないよね、リョウ。夢じゃない……よ、ね……?」
未だ不安げな顔で問い掛けてくる香に、言葉では返事を返さずに。
その甘く震える身体を抱く腕に、これが答えとばかりに、力を籠めた。



………なぁ、香?
俺たち二人、ずいぶん遠回りをしてきちまったな。

互いに胸に抱いていた想いは、同じだったはずなのに。
互いを求めてやまない熱量は、同じだったはずなのに。
焼け付かんばかりの……張り裂けんばかりの切なさは、同じだったはずなのに。
それなのに、互いに素直になれない天邪鬼な性格が災いして、
その胸の内を伝えることなく、眠れぬ孤独な夜を過ごした、幾星霜。
答えは至極、単純明快なはずだったのにな。



ふふ……まったく。
よくもまぁ、ここまでややこしくしてきたもんだ。
だがもうそれも、今日で終い。
二人、己の心を偽って過ごすのは、もう辛いから。
いいかげん、己の心に素直になっちまおうぜ?
このやわらかなぬくもりを抱いたら最後。
もう俺は、後戻りなんて出来ねぇよ。



愛してる……なんて、陳腐なセリフでは、
この想い、とても伝え切れやしないけど。
それでもお前なら、言葉にせずとも、わかってくれるだろう。
だがしかし、今夜ばかりは、素直にそれと伝えてやりたくて。
長いこと不安にさせ、泣かせてばかりだった香に、確固たる安心を与えてやりたくて。



「………………」



寒さのせいだけでなく、真っ赤に染まった小さな耳に、
らしくもなく、己の素直な想いを囁いた。
信じられないとばかりに、大きな目をことさらに見開き、
みるみる間に、それを潤ませていく香。
その大きな粒のひとつが、ゆっくりと頬を伝っていくのを目に留めて。
聖夜にふさわしい、その無垢なる輝きに、背を押されて。
またより深く、唇を重ねた。



絵梨子さんのお膳立てどおりに行くのも癪だが……正直かなり、悔しいが
今日の二人はもう、潔く白旗を揚げるしかないだろう。
唇を合わせ、息継ぐ間からこぼれる吐息は、徐々に熱を帯び。
もう一秒たりとも待てないとばかりに、互いの限界を感じ取った。



ふと頬にひんやりとした気配を感じて、視線を上げれば、
漆黒の天界から舞い落ちる、冷たく白い無数の花びら。
これでもかと、小憎らしいまでの聖夜にふさわしい演出の出揃いに苦笑しながら。
今夜二人、新しいスタートを迎える悦びに、自ずと笑みがこぼれた。



今日はウィッグをつけてない、俺だけのシンデレラ。
その寒そうな襟元が、舞い散る雪にふるりと震えるのを目に留めて。
そのか細い身体を抱く腕に……
何より愛する彼女を抱きしめる腕に、さらにギュッと力を込めた。




END    2007.12.21