●一緒にいよう。●



よりによって、今日、この日。

リョウの誕生日にケンカして、アパートを飛び出すなんて……
我ながら、何てバカなんだろうと思う。
でも……やっぱり、許せない時ってモノがあると思うのよね。



きっかけは、一本の電話だった。
相手は高校のクラスメイトだった飯田くん。
こないだの同窓会で、半ば無理やり携帯の番号を交換させられたの。
「飯田くん、昔から香のこと、気に入ってたもんねぇ~v」
……なんて絵梨子は言うけれど、私にはそんな気、更々無いし。
こんな商売してるのだから、いくらかつてのクラスメイトとはいえ、
下手にその交友関係を広めたくはなかったというのがホントのところ。



そしてその電話が、偶然にも私の手が離せない時に掛かってきたものだから。
そして偶然にも、鳴り止まぬ携帯電話の傍にリョウが居たものだから。
だから必然的にリョウがその電話に出たのは……それは、責められないことなのだけど。
電話に出るや否や、ひどく無愛想な受け答えで。
何ら伝言の取次ぎをするわけでもなく……ブチリと切った。



「ちょっ……何するのよっ!!」
「べっつにぃ~?特に用があるわけじゃないんですけどって言うから、
あぁそうですかって、切っただけ」
「それでも、何か伝言はとか、言い方があるでしょーがっ!!」



用は無いって言ってんだから、ねぇーんだろ?ガタガタうるせぇなぁ。
同窓会で再会したとかいう、クラスメイトなんだろ?俺たちゃこんな商売してるんだ。
いつ何処でどんな巻き込み方をするかわかんねーんだから、下手に素人を近づけんじゃねぇよ」



……なによ、それ。
自分は女の子たちからバンバンと電話を受けてるくせに、どうして私はダメなの?
私だって、いつ危険な仕事に巻き込むかもしれないからって、
絵梨子以外の友人とは、極力、関係を絶ってきてるのに。
それなのに……その非礼を気にせず、こうして忘れずに連絡を取りに来てくれる友人たちが嬉しいのは。
それは……当然のことでしょう……?



普段は何とか治めようとしていたその感情も、
このところリョウの夜遊びが続いていたせいか、どうにも抑え切れなくて。
気づけばいつの間にか、喧々囂々のやり取りの挙げ句、
いつもどおり多くを語らず、あやふやな態度で受け答えするバカ男に痺れを切らして。
そしてそのまま……アパートを飛び出してしまった。



知らず握り締めてきた携帯で、折り返し飯田くんに電話を掛ける。
待ち合わせの喫茶店でリョウの非礼を詫びて、
仕事柄ガマンしてるものの、どうしようもない男なのだと文句をぶちまけた。



「仕事はしないクセに、女の子のお尻ばっか追い駆けてるのよっ?!」
「夜は遅くまで飲み歩きだし、朝どころか昼過ぎまで起きてきやしないのっ!!」
「ツケばかりの毎日なのに、それを気にするどころか、
それを日々更新して記録をつくろうってんだから……もう、どうしようもないバカなのよっ!!」



日頃胸の内に押し込めてきた怒りを、この時ばかりと発散する。
散々に文句を並べ立て、ふぅと肩で息をついて、
いつしかすでに温くなっていたコーヒーで、ようやく喉を湿らせた。
そんな私を黙って見つめていた飯田くんは、静かに笑った。



「……槇村……さ」
「………………?」
「お前……それだけのコト言っておいて。結局そいつのコト、好きなんだな」
「………っ?! 何、言って………っ?!」
「……言わなくたって、わかるさ。わざわざ俺を呼び出しといて、口から出るのは、
その、どうしようもないヤツのコトばかり。
それに……その話し方からも、お前がそいつに惚れてんのは、バレバレだよ」
「………………っっっ//////」



飯田くんの思わぬ勘の良さに、知らず、頬が赤く染まっていく。
そんな私を見て、その優しそうな顔にくすりと笑みをもらした。
「……槇村は昔っから、強がりの意地っ張りだったからな。
どうせいつも、そうやってケンカしながら仲良くやってんだろうが……
早いトコ帰って、仲直りしろよ……?」
そう言って、「今日は俺のオゴリ、な」と、伝票を手に会計を済ませて。
小気味よくカウベルを鳴らしながら、店を出て行った。
その背中が少し淋しそうだったのは……あれは、私の気のせいだったかな……。



リョウに冷たくされて、かつてのクラスメイトのあたたかな優しさに頼りたくなったのは、事実。
この人なら……飯田くんなら。
自分の心を隠したり、あやふやな態度を取ったりと、そんな意地悪なコトはしないで。
ケンカだってちゃんと向き合って、とことん分かり合えるまで言い合えるかも……。
……と、一瞬とはいえ、飯田くんと……“リョウ以外の人”と。
もし、表の世界に戻ったら”……なんてコトが、頭を過ぎったりもして。



それでも気づけば、文句を並べるその口先に。
その言葉の間に間に……今頃リョウは、何をしているんだろう……などと、思ってみたり。
そう……飯田くんの、言うとおり。
結局どうしようもなくリョウが恋しくて……飯田くんの背を見送って。
そのまま踵を返して、真っ直ぐにアパートへと駆け出した。



皮肉よね……飯田くんと話してるその時でさえ、アイツの大きな背中を思い出してた。
少し低めの、ほのかに甘さを含んだリョウの声。
赤いシャツによれたジャケットの袖をまくり、
ジーンズのポケットに無造作に手を突っ込んで、少し猫背で歩くその姿。



意地っ張りで、不器用で、どうしようもなく手の掛かる男けど。
気づけばいつもその背中ばかりを追い駆けてるけど……
でも、いつだって、ちゃんと私が追いつける距離にいてくれる優しい背中。
ねぇ……やっぱり私、リョウの傍に居たいよ……。



リョウの傍に居ると誓った、あの日。
リョウに出逢えた日を……運命の再会をした今日この日を、誕生日にと決めたのに。
共に生きてこの日を祝うと誓ったのに……。
ごめんね、リョウ。
あなたのコトを傷つけて……何より大切な二人の約束を、危うく破りかけて。



遅れてしまったけれど、まだ日付は3月26日、今日、この日。
あと数時間で、日付が変わる。
この時間なら、角のケーキ屋さんはまだ、開いているはず。
小さな小さなヤツでいいから、バースデー用のデコを買おう。
そしてそのまま、「ごめんね」って、素直に謝ろう。



ケーキを買って、小走りに。
アパートまであと少しというところで……その少し先に見えるのは、
トボトボと歩く、猫背の大男の後姿。



普段は頼りがいのある、大きな背中。
それが何だか、いつになく小さくて……淋しげで。
その背中が愛しくて……駆け寄りたくて。
でも、素直にごめんと謝るほどの可愛さは、生憎と持ち合わせてはいなくって。
そろそろと後ろから近づいて、まずは私らしく“……と、小さなミニハンマーを放ってやった。
そして振り返ったその顔に、ただいまの言葉とごめんねの言葉と。
そしてお誕生日おめでとうの言葉をプレゼントした。




END   2008.3.25