●ハートのチョコレート●



珍しくもしつこい風邪を引き、今日は一日、ベッドから出るなとリョウに釘をさされてしまった。

「珍しいコトもあるもんだ、鬼の撹乱か……?」などと、辛口を叩くケド。
その意地悪な言葉とは裏腹に、「今日はおとなしく寝てろ」と、
寝ていた私の頭にポンと乗せられた手の優しさが、照れ屋なその人の本音を表していた。



今日は寝てろと言われたケド……でも今日は2月14日、バレンタイン。
女の子は、そうそう落ち着いてられないわ?
伝言板チェックにリョウが行ってる間にと、そぅっと起き出し、準備してた材料を取り出した。



こないだかすみちゃんに教えてもらった、おいしそうなチョコレートケーキのレシピ。
今年はそれをと、色々取り揃えてはいたけれど。
さすがに気だるさの残る身体では、どうにもすべてを持て余し。
だからもう、レシピ通りにとまでは、無理だけど。
せめて簡単なモノでもいいから、今日この日に贈りたい……そう思ったの。



だってアイツが帰って来たら、街で貰ってきたであろう戦利品の数々を、
これ見よがしに見せびらかすに決まってるじゃない?
それに太刀打ちってんじゃないケド、私からは何も……ってのが、自分的に許せない。
そうよ、風邪が何よ。
これは女の意地よ、闘いよ……っ!!



……とはいうものの、やっぱり風邪には勝てなくて。
熱からくる気だるさと、薬から来る眠気とが重なって、
湯煎したチョコを型に流したところで、熱が上がって、打ち止めに。
あぁ、もう……情けないっ!!



そうこうする内にも、気だるい身体に思いの外、時間が過ぎていたらしく。
気付けば美樹さんとこでお茶して来ても、もうすぐリョウが帰ってくるであろう時間帯。
寝てろと言われた手前、こんなコトしてたなんて知れたら、何を言われるか……と、
あわわとワケのわからない言葉を発しながら、あたふたと後片付け。



調理器具は水気を丁寧に拭き取って、元の場所へ。
そして件のチョコは、冷蔵庫の中。
作り置きの惣菜タッパーの、砦の奥の、そのまた奥へ。

冷蔵庫にはビールしか用のないヤツだから、これならリョウにも見つからないハズ。
そう思って「ヨシ!!」と一息ついて、ベッドに潜り込んで。
とたん、疲れが出たのか、そのままうとうとしてしまった。



それからどのくらい眠っていたのだろう。
………コトリ………と、小さな物音で目を覚ませば、
案の定、リョウがナンパから帰って来た気配。
しばらくして、部屋の扉が小さくノックされた。
眠気の残る声で、「……んー………」と返事を返せば、
扉の隙間から大きな身体が器用に滑り込む。



「………どうだ?具合」
「……んー………まだ少しだるい、かも……」
「……ったく……おとなしく寝てねーからだろ」
「………へっ………?」
「おまぁ、俺が出てる間に何やってんだよ」
「………え?べっ、別に、何も………」



隠し立てする人間の口先が鈍るのを、地で行っている。
あぁ、隠し事が出来ない不器用さが恨めしいっ!!
どうにか元通り跡形なく片付けたはずなのに、帰って来たリョウには、どうやらすべてお見通し。
まったく……鼻が効くんだから、やんなっちゃうっ!!
でも……仕方ないじゃない?
だって……だってリョウにチョコ、あげたかったんだもん。
何より今日この日に、あげたかったんだもん……。



気まずさから俯いて、そのまま口ごもる私にふっと笑って。
ゆっくりと近づいて来たリョウが、寝起きでボサボサの私の髪をくしゃりと撫でた。
「……わーってるよ。お前が無理して起きてた理由くらい。これだろ……?」
そういって後ろ手に隠していたモノは、先程やっとの思いで冷蔵庫に冷やし固めていた、チョコレート。
ハート型の、何の飾りもないシンプルなヤツだから、せめてあとからメッセージでもと、思ってたのに……。



「……そっ、それはね、えっと、あのぉ……」
ブツブツと言い訳めいたコトをいう私に、目を細めてふっと笑う。
「……まぁ、何の飾り気もないのがお前らしいがな」
………ん?それって、褒め言葉……?
多少胸にひっかかるものはあるのだけど、熱と慌てふためく現状とが合わさって、
深く考えるコトを放棄した。



黙ったままの私に微笑みつつ、くわえたチョコを余裕たっぷり、パキリと我が物顔に割っているリョウ。
その姿があまりにサマになってるから、余計悔しいったら、ありゃしない。
でも、さすがに負けてばかりいるのも癪なので、仕返しとばかり、にっこりと笑って言ってやった。



「……そうね、風邪をおして作ったチョコなんだから、心して食べてよ?
愛情いっぱい、風邪のウイルスもいっぱいなんだから……ね?(笑)」





END     2008.2.14