●たったひとつのチョコレイト●



バレンタインが近づいて、デパートの菓子売り場は夢見る女の子でごった返し。

あまたある義理チョコの予算に、はたまた、意中の彼にどのチョコをあげるべきか……と悩んだり。
眉間にシワよせるその表情(顔)は、悪いがさすがに百年の恋も冷めるってぇモンだ。



冷たい風を避けるように入ったデパートの、その黒山の人だかりの中に、
これまたよく見知った我がパートナー殿の姿も、見え隠れしていたり。
しかしながら、常に貧乏神と仲良くさせていただいてるせいか、
コチラはブランドを誇るメーカー出来合いのシロモノではなく。

1円でも安くあげようと、製菓材コーナーで仁王像の如く、腕組みしながら思案中。



海坊主をはじめ、大負けに見て、向かいの堕天使くらいは目をつむる。
日頃世話になってる情報屋も、これはまぁ、致し方ない。
ツケをためこんでる飲み屋にも、何かと親しく(?)させてもらってる女の子たちにも……と、
そのチョコをくれてやるヤツらが増えるのは、ひとえに情けない俺のせいなのに。
それでも、その手によるチョコを、俺以外のヤツに気安くくれてやるんじゃねーよ、と。
情けねぇ話だが、らしくもない独占欲と嫉妬に身をさらした。



そして、バレンタイン当日。
冬の澄み切った空気の中、お天道様が燦々と、
その貴重な温みを与えてくれる昼前に目を覚ませば、すでに香の姿は見えなくて。
昨夜遅くまで丁寧にラッピングを施していたチョコの山も、共に姿を消していた。
「…………ちっ……」
何とはなしに舌打ちしながら、一人、目覚まし代わりに濃い目のコーヒーを入れ、
すっかり覚めた朝食の前に腰を下ろして、傍らに置かれた新聞を取る。



……と、そこには丁寧にラッピングされた、小さな包み。
そう、言わずと知れた、香の残していった、俺へのチョコレート。
その傍らに添えられた小さなカードには、
“ハッピーバレンタイン・これからもよろしくねv”の文字が、
当の本人らしく元気に踊っていた。



「……ンなハートマーク、誰にでも書いてんじゃねぇだろうな……」
……と、情けねぇ話だが、カードの文字にすら苛ついちまったり。
でも、数あるチョコの中、まず第一に贈られたのは、このチョコで。
あまたある中、何より想いが込められているのは、多分きっと、このチョコで……。
そう思ったら、先日来、胸の内に巣くっていた暗い思いが、ふっと薄れて。
そのきつさを帯びていた目元口元が、同じように緩んでいくのを感じた。



たかがチョコひとつで、こうまでヤキモキと。
たかがチョコひとつで、こうまでホッとさせられるなんざ……俺も落ちたモンだよな。
「………ったく、ざまぁねぇや………」
そんな情けない男に苦笑しながらも、
仮面を被らず、素の自分でいられるシアワセってモノがくすぐったい。



彼女の心づくしの、チョコレート。
彼女の想いがあふれんばかりに詰まっている、チョコレート。
多分きっと、誰に贈られたモノより、深い深い意味のある、チョコレート。



この一ヶ月後、俺は果たして、コイツに見合うだけのお返しってヤツが出来るモンだろうか……と。
その代償は、果たしていかばかりのモノか。
それを照れずに、素直に彼女の想いに応えてやれるのだろうか……と。
そんな苦笑まじりのため息の中、
小さな箱に掛けられた、彼女のように細く頼りなげなピンクのリボンをするりと解いた。




END    2008.2.14