●Choice●



「ハイ、かすみちゃんに♪」

そう言って冴羽さんが差し出してくれたのは、小さなギフトボックス。
「…………?」
不意のことにキョトンとする私に、
「はは……何て顔してんだよ。ホワイトデーだよ、ホワイトデー。チョコのお返し♪」
と、冴羽さんがにっこりと笑った。



「……あ、あぁ……っ!!」
義理でもなく、日頃のお付き合いとかでもない、女の子から告白出来る日……想いを伝える日ってコトで。
私からの、精一杯の気持ちを込めたチョコだった。
でももちろん、冴羽さんには香さんて人がいるのを知ってるワケで。
だからそれに応えてもらえるなんて、お返しを期待してたワケじゃないから……正直、ビックリよ?



「かすみちゃんのコトを思って、選んだんだぜ?」
普段のもっこりスケベ面を隠してにっこりと優しく微笑む姿は、まさしくモデル並。
あぁ、この笑顔に騙されちゃったんだわ……と、
想い人のいる彼(ひと)と知りつつ、惹かれてしまった我が身に苦笑する。
とは言うものの、こっそりと目配せする美樹さんの手元にも、
件のギフトボックスと全く同じ物があったりして。



「……ん、もうっ!!もう、冴羽さんたらぁ~」
きゅっと軽く睨んでみれば、まぁまぁ……と苦笑い。
そんな顔にすら魅力を感じてしまう。
「まあまぁ。美樹ちゃんと同じなのは目をつむってもらうとして……
かすみちゃんを思って選んだんだから、さ」
開けてみてよ……と、その笑顔に背を押されるように細いサテンのリボンを解けば、
今年流行りの、塩キャラメルのクリームが挟まったビスケット。



「うわぁ~さすが冴羽さんね。流行で女の子の心を掴むのが上手いわ。
ダテに普段、ナンパばかりしてるんじゃないのね♪」
意外にも女性の好みをバッチリと掴んだプレゼントに、美樹さんがくすりと笑う。
でも……私は素直に笑えなかった。
だって……だってこないだ、見ちゃったんだもん。
買い物帰りの、香さん。
そしてたくさんの、あふれんばかりの買い物袋の中に、
これと同じギフトボックスが紛れてたのを……。



外観が違ってたから、すぐにそれとは気付かなかったけど。
そう……これを選んだのは、香さん。
どうやら市販のモノに自身でラッピングをしたみたい。
その気配りが、そのちょっとした心遣いが、皆に愛される所以だなんて……
当の本人は、チラとも思ってはいない。
そんなさりげなさが似合う女性(ひと)。



一方の冴羽さんはと言えば、海坊主さんやミックさんたちとチョコの数は競うクセに、
そのお返しにまでは、気の回らない男性(ひと)。
夜な夜な飲み歩く先の、歌舞伎町の女の子たちをはじめ。
私に美樹さん、そして多分きっと、麗香さんにかずえさん、冴子さんからも、チョコを貰ったハズなのに……。
なのに貰うだけ貰って、お返しをトンと忘れちゃうなんて……ね。
こういう人よ、と、わかってはいるけれど。
それでもやっぱり、香さんが選んだお返しっていうのは……正直、胸が痛む。



だってそれじゃぁまるで、会社から貰ってきた夫のチョコにお返しを用意する妻みたいじゃない?
日頃見たくはない二人の関係を、あまりにまざまざと見せつけられた気がして……どうしよう、胸が苦しい。



「……?どったの、かすみちゃん?」
ふいにだまりこんだ私に、冴羽さんがいぶかしげな視線をよこす。
「……いえ、別に……これ、ありがとうございます」
胸に渦巻く黒い渦を押し込めて、無理矢理作り出した笑顔の仮面を被る。
ねぇ、ちゃんと私、笑えてた……?
さぁ食べてみて?……と、そんな瞳に誘われて口にしたビスケットは、
ほんのりとした塩味がまろやかなクリームの甘さを引き立て、この上なく優しい味だった。



そう……確かに塩味がキャラメルの甘さを、さらに引き立たせてるんだけど。
でも……私にはその塩味が、涙の味のように思えてしまって。
「……うん、おいしいです。ありがとう、冴羽さんv」
そう微笑みつ、言葉を発したのをきっかけに、ふいに涙がこぼれかけて。
それを隠すようにと、彼の視界からあくまで自然に、スッと離れて。
どうか私の代わりに思いきり泣きなさいとばかりに、シンクにたまった洗い物に勢いよく水を落とした。




END    2008.3.14