●ぬくもりのクリスマス●



……ったく……何が情けないって、クリスマスだってぇのに風呂が壊れて銭湯通いとくりゃぁ、開いた口が塞がらねぇ。
底冷えのするこの時期、誰だって風呂にゆっくりつかりたい……
よって、修理代に有り金すべて注ぎ込んで、すっからかんのクリスマス。
幸いにも悪友どもからの心遣いで食いモノにゃぁ不自由しなかったが、せちがらいのはドコも同じで。
香と二人、街中の華やかさとはほど遠いクリスマスを送っていた。
まぁ年内にゃぁ、どうにか直せるってんだから、これも我慢のしどころか。
これが年明けになるなんてったら……さすがの俺も、我慢の限界だな。



そんなワケで、このところ夕食後の日課となった、香との銭湯通い。
夜道は物騒だからって、香一人を帰すワケにもいかず。
(はじめ、来た当初。香のあまりの長風呂に呆れて先に帰った俺は、
「信じられないっ!!」と、美樹ちゃんやかすみちゃんに、コテコテにイビられたのだ☆)
香の長風呂に合わせるかのよう、備えつけのサウナと水風呂とを幾度となく往復するようになったせいか、
風邪の"か"の字も寄せ付けない程、絶好調の日々だった。
人生、何が幸いするかわからんねぇ。



そんな銭湯通いも、幾日目になったかという今日。
いつものように、連れだって銭湯へと歩く道すがら、香から感じる妙な気配。
まぁ別段切羽詰まったモンでもなさそうだし、構うこたぁないか、と。
頬打つ寒風に背を丸めながら、そのまま足を進めた。



時は12月24日、クリスマス・イウ゛。
だが、風呂の修理代にあらかた注ぎ込んじまった俺らには、何も関係ないクリスマス。
まぁ、それは致し方ないのだが。
だが、しかし……いくら宗教に無頓着なお国柄とはいえ、
世間さまにならって脱衣所にツリーを置くのは……まぁ、どうにか許せるとして。
番台の親父がサンタの扮装してるってのは、どうかと思うぞ?
それに、プレゼントよろしく、三角クジを引くと、特賞・銭湯の名前入り手ぬぐいが当たるってのは……。(凹)
まだ三等の、ツリーを飾るオーナメントのが嬉しいぜ。
それに、どうせサンタのコスプレすんなら、せめて来年は、可愛いおねーちゃんにやって欲しいモンだな、と。
それと知られぬよう、小さなため息をつきながら、いつものように、番台越しに香に合図を送った。



「あ……リョウ」
「おぅ、早いな。待たせたか?」
靴を履き、あがりかまちに腰掛け、ブラブラと子供みたいに足を振っていた香が、俺の顔を見てぴょこりと立ち上がった。
「ううん……ちょっとだけ」
赤くはにかんだ頬が、さらに色を増す。
年の瀬も迫り、いよいよ冷え込んだ夜気にさらされた香の頬は、普段の湯上がりのそれよりさらに赤みをまして可愛らしく。
その特長たる大きな瞳は、風呂というリラクゼーション効果の賜物か、艶っぽく濡れていた。
そんな香のいちいちに、湯上がりで熱くなった俺の身体の、とある部分の熱が更に上昇。
許されるなら、その湯気のたつようなやわらかな頬を両手で包み、唇を押し当ててしまいたい……!!
そんな身体の内に渦巻く衝動を、素知らぬフリして必死に押し殺した。



「そか……さて、んじゃぁ帰るとするか」
「……うん」
にこりと笑ったその表情(かお)は、俺のよこしまな想いなぞ、カケラも感じちゃぁいなくって。
こんなにも無垢な表情(かお)されちゃぁ、指一本出せやしねぇ……と、苦々しい思いを感じつつ、ほぅと安堵の吐息をこぼした。
今はもう、香を置いてきぼりなんかにゃ、しやしない。
眠らない街・新宿とはいえ、湯上がりのこんな色っぺー女を一人歩きさせるなんざ……
出来るわきゃねーだろ、うん。(しみじみ)



「さすがはクリスマス……年の瀬よね。グンと冷えたって感じじゃない?」
寒さに幾分足を早めていた俺の、その数歩後ろを歩いてた香が、
ほこほこと湯気のたつような真っ赤な顔をしながら声をかけてきた。
「ん~……だ、な。まぁ今年は、派手なコトは諦めるしかねぇな。寒いんだから、風呂の方が大事だろ」
「ん……そうだね」
「う~……さびぃ。……ほれ、お前もちんたら歩いてっと、風邪ひくぞ?」
己の醜い感情の熱を振り払うかのように、周囲の家々に飾られたイルミネーションの中を足早に進む。
この家々の灯りのひとつひとつに、家族や恋人たち、それぞれの幸せな、笑顔あふれるクリスマスがあるのだと思うと……。
寒風吹きすさぶ中、銭湯通いに背中にわ丸めて香を歩かせていることに、言いようのない罪悪感を覚えて仕方なかった。
そんな俺の背に、またもや香が呼びかけた。



「……そっ、そうだ!リョウ、寒くない?私、手袋持ってるんだ」
「……んぁ……?」
イキナリ何だと振り返ってみれば、香は手持ちの荷物をゴソゴソと。
そしてそこから取り出したのは、甲の部分に薄いブルーとクリーム色のアーガイル模様が編み込まれたグレーの手袋だった。
「手袋?……って、お前、それ、男モノじゃん」
「そ、そう。あっ……アニキのなのよ、これ。こないだ衣類の整理してたら出てきてさ。ははは……」
手袋でぺちぺちと自分の頬を叩きながら、上擦りがちに言葉を紡ぐ香。
「ふーん……?俺ン中じゃ、槇ちゃんが手袋してたのなんざ、見た記憶ねぇがなぁ?」
「そっ、そんなコトないわよ。確かにアニキのよ。……リ、リョウの記憶力低下じゃない?」
軽く問い詰めるような口ぶりに、香は目を泳がせ、その口調は更に慌てたものになった。



…ったく、つまんない嘘つきやがって。
その声が上擦ってんの、気付かないのかね。
香がデパートで男モノの手袋を買ってたってのは、すでにあちこちの情報屋から逐一報告済み。
それが甲にアーガイル柄を編み込んだ、グレーのシロモノだったってぇコトも、
ご丁寧にクリスマスのラッピングまでしてもらったってぇコトも、だ。
風呂の修理代で切羽詰まて年末だってのに、プレゼントを用意するのは気が引けたんだろうが。
それでも俺に何かを贈りたかった……そんな香の想いがくすぐったく、いじらしい。
まぁこの様子だと、ラッピングの方はあまりにあからさまだからって、取っ払っちまったみたいだがな。(苦笑)
俺が動かなくったって、お前の行動なんざまるごと筒抜け。
たとえどんだけお前が隠したがっていようが、俺が知りたくないコトだろうが。
情報屋たちはこの街の至る所に目を光らせて、逐一、ご注進してくれる。
この街ン中で自分がどれだけ有名人かって、未だわかってないのかね、コイツ……。



「はぁ……」
「……えっ?何?」
同情と哀れみを含んだため息に、香が戸惑いの声をあげるが、「……いや、別に」と、肩をすくめてみせた。
「……ンじゃぁ、そいつ、借りるよ」
手袋の片方をひょいと摘み、己の無骨な手にはめてみれば、それは誂えたようにピタリとおさまった。
身長にしろ肩幅にしろ、あの槇ちゃんと何にひとつ重なるモノはないハズなのに。
手袋の大きさだけがピタリとあうなんざ……どう考えたっておかしいだろ。
気付けよ、香。(苦笑)
「あ……よかった、ピッタリね///アニキのなんだから、遠慮しないで両方使って?」
と言って、もう片方も俺へと差し出すその手を掴み、香の手にはめてやる。
「外は寒いんだ、もう片方はお前が使っとけ。気にしなくても……家帰ったら、ちゃんと両方あわせて貰ってやるよ」
「でも……それじゃぁ、もう片方が寒い……」
「こーしてれば、あったかい…だろ?」
手袋をはめてやった手に、風呂道具の入った手提げを持たせ。空いたもう片方の手を握り、コートのポケットに引き入れた。
「………っっっ///」



我ながららしくない仕種だと、肩をすくめつつ、ちらと香に視線をやれば。
湯上がりの顔をさらに赤く赤く染め、それでも嬉しそうに、幸せそうに微笑んでいた。
「さて……と。なけなしの金で、コンビニで、ちびたクリスマスケーキでも買ってくか」
「……え?ドコにそんなお金……」
「なぁ~に、年内、タバコを我慢すりゃぁ、それくらい……な」
「そんな………」
"……いいの?"と、みなまで言わせず、ポケットの中の細い指先をギュッと握りしめれば。
街中に飾られた、うるさい程のクリスマスのイルミネーションの、そのどれよりも。
きれいに輝いた笑顔を見せてくれた。



慌ただしい年の瀬を前にした、ドコより切羽詰まったクリスマス。
でも、二人でいれば、何もこわくないクリスマス。
年の瀬だろうと、新年だろうと、ドンと来い。
こいつが笑顔でいられるなら、男の依頼だろーが何だろーが、文句言わずにやってやる。
だが、当の本人にゃぁ……ンなコト、口が裂けても、言えんがな。




END    2009.12・24