●すべてはお見通し●



いつもと変わらない朝を迎えたハズなのに、いつもより勢いよく飛び込んで来た香に、元気よくシーツを引っぺがされた。
「朝よ、リョウ!起きなさい!!」有無を言わせず温もりの残るシーツを奪われ、
まだひやりとする朝の空気にぶるりと身を縮める俺を無視し、ブラインドを上げた香はガラリと窓を開け、大きく深呼吸。
そして腰に手をあてて仁王立ちしたかと思えば、まだまどろみの中にいる俺をびしりと指差して、厳かにご神託を下した。
「いーい?今日こそはこの部屋、大掃除させてもらいますからね?朝ご飯食べたら、今日は一日、外ブラついててちょーだいっ!!」



「……んぁ~……何だぁ~……?」
バタン!と、扉がいつになく派手な勢いで閉められて。
あとに残された俺は、開け放たれた窓から吹き込む風にぶるりと震えながらも、コキコキと首や肩を回して、どうにか意識を覚醒させる。
そして頭の中でカレンダーをぱらぱらとめくってみて、あぁ……と、納得顔。
普段の可愛い顔に角立てて怒っちゃぁいたが、その声がいつもより半オクターブあがっていたのは、緊張の表れだったのか。
くくく……ったく、いつまでたっても、ウソのつけないヤツ。(苦笑)



そう……今日は3月26日。
香がつくってくれた、俺のバースデー。
誕生日どころか、アイデンティティーというシロモノ全てを持たない俺に、それを与えてくれたばかりか、
ずっと一緒にいると誓ってくれた、ただ一人の女。
槇ちゃんから託された預かりモノだったのが、いつの間にか人の胸の内に入り込み。
やがてその存在を縦横無尽に広げやがって、今じゃドップリ住み着いた。
それなりに育った姿に欲情するのは、男の習いとはいえ。
遊びで付き合う程の女じゃぁなかったのが……運のつき。
目の前にぶら下がった、ヨダレが出そうな身体を前に、指を加えること幾星霜。
それなりに互いの想いを察しちゃぁいるのだが……その仲は、いつまでたっても停滞中ってワケだ。



そんな俺たち二人だったが、今日は俺の誕生日。
香も何やら考えがあるようで、その仕度が出来るまで今日はココに居てくれるな、というコトらしい。
はじめからそう言やぁいいモノを……だが、そんな可愛いらしい企みを無視するなんざ、ヤボってモンだろ?
ココはひとつ、香の計画に乗ってやろうじゃないか。
そしてそれが成功した暁には(…知ってて知らんぷりして喜んでやるのも、なかなか大変なんだが・笑)、
何にも変え難い、あの、とびきりの笑顔を見せてくれるだろう……。



そんなコトを考えながら着替えを済ませ、もそもそと食事をすれば。
「あ~いい天気!ホントにお洗濯日和だわぁ~」
バスタオルや何やらに加え、俺の心地よい眠りの友だったシーツや枕カバーを一抱えにした香が、
これみよがしのセリフを吐きながら、パタパタと世話しなく動き回る。
"早く出ていけ"のサインを背中にビシバシと感じれば、新聞相手に食後のコーヒーを味わう余裕もありゃしなくて。
「……じゃぁ、ちょっくら出て来るわ」
「いってらっしゃい。夕食には遅れないようにね?」
「ふわぁ~い」
可愛い敵さんの思惑にはまってやるべく、早々にアパートを追い出されてやる。
だが……理由を知ってるからいいようなモノの、ちょっとこの仕打ちはあんまりなんでない?(苦笑)



「さぁ~て、夕メシまでどーすっかな」
香の言いなりになるのは癪だが、せっかくの計画を無にしてやる程、悪人じゃぁなくて。
何より"俺のため"…ってぇトコロがいじらしい。
「まぁとりあえず、ブラつくか」
特に行く宛もなく、いつものように街をブラつくコトにした。



駅まで来てみれば、このところの気温上昇にともない、早くも春を先取りしたような女の子たちであふれていた。
軽やかな薄手のワンピースの裾をひるがえして歩いたり、胸元の大胆なカットに、カーディガンを羽織ったり。
短くなったスカートから覗く足元は、きれいなパステルカラーの靴で彩られていた。
ん~眼福x2。
まったくもって、春、サマサマだ……と、思わず天に向かって手を合わせてみたり。
そんな俺を、周囲のかわいコちゃんたちが、ジロジロと不審そうな視線をくれながら通り過ぎて行った。
「ふん……っ!!俺のよさがわからない女の子にゃ、興味ないね。さぁ~て、心も身体も、文句ナシのもっこりちゃんはドコかなぁ~?」



そうしてナンパを繰り広げるコト、数時間。
いつものとおり袖にされるコトもあったが、「ふふふ、やぁだぁ~v」と、笑って通り過ぎて行くコたちにも猛烈アタック。
その内の何人かとはサ店でお茶したりもしたが、最終的にはそこでthe end。
もう一息でホテルまで……という感触のコもいたが、何だかその先へと進む"何か"が足りなくて。
あと一歩……というトコロで、尻込みしたり。
やっぱり香が待ってるかと思うと、自然、セーブが掛かるらしい。
首ねっこ捕まえられてる気さえするぜ。
まったく、我ながらよくしつけられたモンだ。



そんな苦笑まじりに、新宿駅のガード下へと足を向ければ、馴染みの情報屋・靴磨きの撤が声を掛けて来た。
「よぅ、撤っぁん。いい歳だってのに、相変わらず精が出るな」
からかいまじりにそう言えば、情報屋らしくない、その人懐こそうな顔でニヤリと笑った。
「へへ……座って客を待ってりゃイイんだから、年寄り向きな仕事だよ。
リョウちゃんこそ相変わらず懲りないね。またフラれるのわかっててナンパかい?」
「はんっ!!もっこり美女を見て、素通りなんか出来るかってぇの。
世界中のすべてのもっこりちゃんが、俺から声を掛けられるのを待ってるのさ♪」
鼻息荒く言い放ってやれば、やれやれと肩を竦められた。
くっそぉ~…これだから枯れた年寄りはヤだぜ。



「それより撤っぁん。ここんトコ何も聞かないが……何かいいネタ、ないのか?」
「そうだねぇ……ここんトコ寒さが続いてたせいか、悪いヤツやも引っ込んじまってたみたいだね。
新宿もこれくらい静かならイイ……っと。それじゃぁリョウちゃんちは、干上がっちまうか」
自らの失言を詫びてはいるものの、思いの外面白かったらしく。
くくく……という忍び笑いが、欠けた歯の隙間から漏れる。
「まぁ、平和なのにこしたこたぁないさ。俺としても、七面倒くせぇコトはゴメンだからな」
「またそんなコト言って……あんなに毎日伝言板見に来てる、可愛い香ちゃんの身にもなってあげなよ」
「は……ん。香が可愛いなんざ、ドコに目ぇつけてやがんだよ。撤っぁんも朦朧したモンだ」
香が新宿のみんなに掛け値ナシに好かれてるのは周知の事実だが、こうも目の当たりにされると妙にくすぐったくて。
思わず鼻で笑って、肩を竦めた。



「まぁ~た、そんなコト言って……。まぁ、それだけ香ちゃんに惚れられてるってぇ自信があるんだろうがね」
それだけ言うと、いかにも悪戯小僧のような意地悪顔で、ニヤリと笑い。
「そういやリョウちゃん、今日はお楽しみだね」と、切り出した。
「あ……ん?お楽しみ?」
意味がわからず、目をぱちくりとすれば。とぼけるんじゃぁないよ、と、小突かれた。
「今日はリョウちゃんの誕生日なんだろ?
香ちゃん、こないだ楽しそうに買い物してたんで声を掛けたら、リョウちゃんをビックリさせるんだ……って。
そりゃぁもう、可愛い笑顔で笑ってたよ」
そう言って撤っぁんは、まるで世紀の美女が目の前にいるかのように、うっとりとした眼差しで宙を見上げた。



俺には内緒にしてるクセに、香のヤツ、街のみんなにゃバラしてんのか。
こいつらに話したら最後、俺の耳にも筒抜けだってぇの。
……ったく、それくらいわかれよな……と思いつつ。
嬉しそうに、楽しそうに微笑んでいたであろう、その笑顔が目に浮かんで。
思わずこちらまで口元を緩めてしまう。
そんな俺を、撤っぁんがにやけた笑みで見てるのが照れ臭くて。
「じゃぁ……また何かあったら情報頼むぜ」と、挨拶もそこそこにガード下を後にした。



俺としたコトが、ポーカーフェイスもままならなくなっちまったか、と、苦笑しながら歌舞伎町方面へと足を向ければ。
いつもの行きつけ、ねこまんまのサラダちゃんが裏口の掃き掃除をしてた。
「あら、リョウちゃん。またナンパ?でも、今日はさすがに早く帰らないとマズイんじゃない?」
「んぁ?」「だって今日は、リョウちゃんの誕生日なんでしょ?こないだ嬉しそうにTAKAGIから出て来る香ちゃんをを見たわよ?」



TAKAGIってのは、ココいらじゃ老舗の喫煙具店で、
珍しい舶来品や、かなり値の張るアンティークの1点モノを取り扱ってる店だった。
そういやいつだか、香と街を歩いてた時、あそこのショーウインドウに、なかなかイカしたジッポーが飾られてて、
しばし目を奪われてたコトがあったっけ。
べらぼうな値段とは言わないが、まぁその品に見合う、"それなり"の値段だったと記憶してる。
確かに香なら、俺が気にかけてたジッポーをプレゼントしようと考えるだろうが……
せちがらい世の中の今、冴羽家の家計にゃ、かなりの痛手なんじゃねぇか?



「小さな紙袋を大事そうに抱えてたわ。もちろん香ちゃんはタバコ吸わないし……あれ、間違いなくリョウちゃんへのプレゼントよv」
「へぇ………」
「今日は歌舞伎町中に戒厳令が出てるから、ドコ行ったってリョウちゃん、追い返されるわよ。
私たち、もちろんリョウちゃんも好きだケド、香ちゃん泣かすリョウちゃんは許さないんだから。
今日はお家で、おとなしく祝われてちょーだい?」
くすりと笑うその頬に、可愛いえくぼが見え隠れ。
こんな気配りが出来るトコロも、彼女の人気のひとつなんだろう。
「いーい?わかった?」
「へぃへぃ……」



その後も肉屋の前で、気のいい店主夫妻にとっ捕まって。
「今日はご馳走なんだから、早いトコ帰りなよ、リョウちゃん」
「やだアンタ、何言ってんだろうね、この人は。リョウちゃんには内緒だって、言っただろ?」
「あっ!いけね」
頭をかきつつ店主がこっそり耳打ちした話によれば、店でも最上級のステーキ肉を買ってったんだと。
「そん時の笑顔といったら……なぁ?あんなべっぴんに惚れられるなんざ、男冥利につきるってぇモンだ。な、リョウちゃん♪」
べしべしと肩を叩かれ、にやり、と、男にしかわからない笑みを向けられ、表にこそ出さないが、同意半分。
あとの残りは、平気でそんな笑顔を振り撒く香の無防備さへのため息となった。



そんな感じで、リカショップではウ゛ィンテージワインを買っただの、
果物屋ではケーキの飾り付け用フルーツを買っただの、と。
口が軽いというか、人がいいというのか。街のヤツらは、ここんトコの香の行動をあますトコロなく教えてくれた。
帰りに寄った美樹ちゃんトコでさえ、
「冴羽さん?今日は私のおごりだケド。お願いだから、そのコーヒー飲んだら、ちゃんと家に帰ってね?」と、釘を刺されたり。
美樹ちゃんまで…と、肩を竦めた俺に、横からタコがチャチャを入れる。
「フ……ン。ナンパしようにも、今日という今日はおとなしく帰るしかないだろう。何たってこの新宿中、みんな香の味方だからな」
目が見えないクセに偉そうに腕組みし、ニヤリと笑いながら鼻を鳴らす様が、憎ったらしいったら、ありゃしねぇ。



「……はんっ!!香が怖くて、新宿で生きてけるかってーの。誰が何と言おうと、俺は今日は街で飲み明かすぜっ!!」
売り言葉に買い言葉。呆れる美樹ちゃんをヨソに、タコを相手に口が勝手にモノを言い。
今更それを訂正するコトも出来ず、「フン!!」と、こちらも鼻息荒く踏ん反り返り。あまりに胸クソ悪く、居心地悪く。
そのままカウベルをガラガラと勢いよく鳴らして表へ出れば、その向こうから聞こえてくる忍び笑い。
くっそぉ~っ!!みんなして俺を笑いやがって!!
まるで俺が、香の尻に敷かれてるみたいじゃねぇか。
断じてそんなコトはない、と、胸を張って言いたいのに。
これで万が一、俺がその計画を無視して朝帰りをすれば、香が泣くのは決定的。
その明るく大きな茶色の瞳を伏せ、まぁるいカーブを描くやわらかな頬を涙が伝う様を想像して……ちくりと胸が痛んだ。



ねこまんまのサラダちゃんの言うとおり、それからドコの店に足を向けても「ごめんね、リョウちゃん。今日はダ~メ!!」だの、
「悪いね、リョウちゃん。また明日来とくれ」だの。
そんなのはまだ可愛い方で、中には「何だいリョウちゃん、アンタまだこんなトコロで油売ってたのかい?とっとと香ちゃんトコに帰んな」と。
まるで野良猫を追い払うかのように、しっしと手を振られたり。
おい、こら、ちょっと待て。
日頃の感謝も忘れて、俺を門前払いたぁ、いい度胸じゃねぇか。
もしまたお前らが困って助けを求めて来たって、俺はもう、請けてやんねぇからなっ!!(怒)



あまりな振る舞いにカッと頭に血を昇らせるケド、ンなコトしたって、困ったヤツらを、香が見てみぬフリするハズもなくて。
俺がいかに反対しようが、あいつのヒトコトで決まっちまうのは目に見えて……いや、確実だろ。
そう……結局俺は、香に首ねっこ捕まえられてるんだ。
惚れた弱みといやぁ照れ臭いが、ただあいつを泣かしたくないだけ。ずっとずっと、笑ってて欲しいだけ……それだけなんだ。



気付けば少し日脚の延びた夕焼け空も、次第に深い藍色に染められてきた。
アパートじゃ香が、今か今かと、首を長くしてるに違いない。
「しょぅがねぇ…帰るとすっか」
夕食のメニューも誕生日のプレゼントもネタバレ甚だしいが、ンなモン知らぬとばかりにびっくりしてやるさ。
冴羽リョウ、一世一代の名演技を見せてやる……とばかりに苦笑しながら、
夕日の沈む先にあるアパートへと足どり軽く歩き出した。





END   2010.3.26