●冴子のホワイトクリスマス●



新人は失敗を重ねて成長するものである……とは、思うケド。
社会人となった以上、そう大目に見てもらえるワケもなく。
ましてやそれが、警察官という職務となれば……世間の目は冷たく、そうであるが故に、身内に対しても厳しさを増す。



年の瀬を前に巷も何かと物騒になり、毎日がため息の連続の中。
ようやく仕事をこなせるようになった新人たちの心の隙をついたように、アクシデントは発生する。
憧れの警察官となり、張り切っていただけに、いたく落ち込む彼に対し。
「これに懲りて、一層気を引き締めることね」と、労りの言葉を掛けた。
監督指導官だった手前、彼の書いた始末書に一筆添えなくてはならないのに、度重なる事件事故に追われて放りっはなし。
それでも上への提出期限が目の前に迫り、忙しい仕事の合間をぬって、やっとの思いでペンを取った。



気付けば今日は12月24日、クリスマス・イウ゛。
小さな子供のいる者は、あらかじめ非番の予定を組むか、仕事も早々に切り上げて、家族サービスに勤しんでる時間帯。
一方、昨夜からの夜勤番あがりの者たちは、一課主催のささやかなクリスマス飲み会へと散っていった。
「野上さんも、ぜひ」と言われたケド、さすがに疲れもたまりかけ、「そうね…考えとくわ」と、曖昧に返事を返して居残った。



他にもたまった書類に目を通し、必要なものはファイリング。
不要なものはシュレッダーに掛けていく。
新しい年を前に、来たる年度末を前に。
少しでも身軽にしておかなきゃね。
そんなコトを考えながら、誰もいなくなった室内で一人、てきぱきと。
こんなトコロが仕事の鬼と言われる由縁なのかしら……と、我知らず、くすりと笑みがこぼれた。



「さて……と。こんなトコロかしらね」
ひと区切りついたところで、ふぅと一息。
気付けば日付が変わるまで、あと一時間ばかりというトコロだった。
一課への電話は夜間窓口に切り替わるように手配したし、何も好き好んで今日この日、残業するコトはない。
それに……クリスマス・イウ゛の今日、この日。
一緒にいたい男性(ひと)は、別の女性と一緒だし……ね。


日頃さみしい思いをさせているからと、クリスマスは毎年、出来るだけ非番にしていた"彼"は。
今頃きっと、二人で仲良く、楽しいクリスマスを過ごしてるんでしょうね……。
それがたとえ"兄妹"という関係なのだとわかっていても、押し込めた感情の波が、胸の奥底で小さく波立つのを抑え切れなくて。
いつも私に向けられていた優しい笑みが、今は"彼女"に向けられているのだと思っただけで、胸の奥がカッと熱を帯びた。



「……あぁ……らしくないなぁ」
「………何がだい?」
思わず一人ごちたそのセリフに、まさか相槌が返ってくるとも思わなく。
それがまた、今まさに胸に描いていた件の"彼"だとは思いもしなく……。
「………槇村っ?」
「………よぉ」
思わず大きな声をあげてしまった私に反し、いたって平然。
いつもの笑みをたたえたままの槇村が、相変わらずの猫背のまま片手を軽く挙げ、のっそりとフロア内に入ってきた。



「こんな時間まで仕事か?君の仕事好きも、ここまでくると手に負えんな」
やれやれと肩をすくめながら、ゆっくりとこちらへ近づいて来る。
「八田くんの始末書よ。それももう……終わったけど」
「ふーん………」
なるほどと頷いて見せるケド、そのセリフはどこか上の空で。
今度はこちらの番とばかりに、私はおもむろに口を開いた。
「そういうあなた、は?クリスマスは妹さんと一緒なんでしょ?」
恋人らしいクリスマスのみなを譲ってきたハズなのに、もう慣れっこだったハズなのに、
どこか尖った口調になるのを止められない。



「……たまには、さ。君と過ごすのも悪くないかなと、思ってさ」
「………え?」
「実は香のヤツ、今日から冬休みのスキー合宿なんだよ」
「そんな……っ!!どうして先に言ってくれなかった……」
そう……そう、教えてくれてたなら。
始末書なんか、とうの昔に片付けてたのに。
「まぁまぁ。こんな仕事してるんだ。お互い非番じゃなかったし、予定なんて立てたって、あったモンじゃないだろう?」
「それは……」
それは確かにそうなんだケド。
でも……公僕にあるまじきコトだけど、こんなうれしいハプニングなら、事件を放ってでも一緒にいたいと思うのが、女心。
そのへんのトコロが鈍感なんだケド……でもまぁ、そこがまた、魅力なヒトなんだケドね。



「……それで?今日はクリスマス・イウ゛なのよ?こんな時間じゃぁ、もうドコも空いてないわよ?」
あまりにうれしいサプライズ。
でも、負けっぱなしじゃぁ悔しいから、世間の波にちょっぴり疎い彼に刃向かうつもりで、口を尖らせて言ってやれば。
「なに。こんな天気だ。ケーキのひとつくらい、どこかの店で残ってるだろ」
「え………?」
そう言って、その意外にしなやかな指先が軽く広げたブラインドの隙間を覗き見れば。
外には小雪が舞っていた。



「雪………いつから?」
「気付かなかったのか?もう、小一時間ばかりたつぜ?」
見れば道はうっすらと雪化粧をし、それにも気付かず仕事してたのかと、呆れたようなため息を落とされた。
「こんな天気じゃ、街のヤツらも家路を急ぐだろ。家じゃあらかじめ、クリスマスの準備なんざしてるだろうし。
そしたら当日売りのケーキとワインくらい、どうにかなるさ。君んトコで、ささやかなクリスマスパーティーでもしよう」
「………えぇ」
「香の帰りはあさって。それまで丸々……君のものだ」



自分で口にしながら急に恥ずかしくなったのか、ふいに視線をそらして窓下の景色を見遣り。
緊急のヤマが入らなければねと、小さく言葉を添えた。らしくもない、キザなセリフ。
でもそんな泣かせるセリフを聞いたのは初めてで、思わず胸が熱くなる。
恋人同士になったものの、二人の間にはいつも"彼女"の存在があって、いつも槇村を独り占め出来ない歯痒さがあった。
そんな私の不安な心、ちゃんと見抜いててくれたのね……。
舞い散る小雪を背にした槇村の、いつになくおだやかな微笑みに、思わず言葉を無くしてしまった。



「……わかったわ。早く行きましょう?このままだと私たちまで、足止めをくらっちゃうわ?」
そう言って件の始末書を部長席のBOXに放り込み、素早くバックとコートを身につけて。
未だ照れ臭さに、ほんのりと寒さとは違う赤さで耳と頬とを染めた槇村の腕に、
嬉しくて今にもこぼれ落ちそうな涙を見られないように、と。
そっと素早く、自分のそれを滑り込ませた。
パチンと電気を落とした部屋の窓の向こうからは、かすかに聞こえるジングルベル。
真っ白な粉雪が、二人の背中を優しく見送っていた。





END    2010.12.24