●それはあなたの……●



冴子さんの依頼で、とある密売オークションへ潜入したリョウと私。

会員制の秘密クラブなだけに、厳しい審査をパスした夫婦連れしか入れないんですって。
そこはリョウと冴子さんとが裏に手を回して、どうにか会員としての資格を得たんだケド。
問題は……会員の中にとかく噂の大物議員などもいたりしたため、冴子さんの顔が割れていたというコト。
警視総監の娘で凄腕の敏腕刑事ともなれば、大物政治家たちとも顔見知りになる機会は多々で。
今回はそれが裏目に出ちゃったみたい。


そんなワケで、今回の潜入。
リョウのパートナーは私となった。
金に物言わせる上流階級たちの秘密クラブなだけに、会場へはそれなりのドレスコードが決められていて。
冴子さん手配の控室で、用意されたドレスに袖を通した。
「あぁあ~。もっこり冴子とだったら、楽しいのになぁ~」
などと隣室の控室からバカを言うリョウにハンマーを喰らわせながら、用意されたアクセサリーを身につける。
何カラットになるんだかというダイヤのネックレスが、ひんやりと首にまとわりつく。
うっわ。このネックレスで、ウチの何ヶ月分の食費になるのかしら?(汗)


光沢のある黒のスリップドレスは派手過ぎず、シンプルな中にもエレガントさを合わせ持ち、
身体にすんなりと馴染んでく。
さすがは冴子さんのお見立て……と、そっとため息をこぼした。
……と、最後に共布のストールを取り上げて、その下に置かれてた、小さな光りに気がついた。
「………?」
指先でそっと取り上げてみれば、きらりと光る、シンプルなプラチナのリング。
あぁ、夫婦という設定なんだから、結婚指輪もしなくちゃね。
それにしても用意周到だな、冴子さん……と、その手抜かりのなさに、改めて感動する。
ひんやりとした細身のリングは、すんなりと指に収まって。
それを合図にしたかのように扉がノックされて。
いつになくダークスーツのきまったリョウに迎えられて、会場へ向かった。
その指に揃いのリングが収まってるのを目にとめて、お芝居とわかってても、何だかちょっぴりくすぐったくて。
前を行くリョウから見えないのをいいコトに、そっと笑みをこぼした。


会場では見事目当ての盗品を競り落とし、商品と交換の、
キャッシュの支払いをする別室に招かれて、そこに冴子さんたちが踏み込んだ。
逃げ惑う関係者たちを目の端にとめながら、そのドサクサに紛れて二人、そっと会場を後にする。
あの様子だと、連中はもれなく、一網打尽。さすがは冴子さんの筋書きねと、
ふぅとため息をつきながら、逃げ込んだ控室でドレスを脱いだ。
確かにきれいでステキだけど、スースーするし、思うように身動きが取れないし。
やっぱり私には似合わないシロモノ。
高嶺の花ねと、苦笑した。
「おーい、香。支度出来たかぁ?」
「はぁーい。今、行くわ」
身につけてたアクセサリーたちもキチンと箱に戻し、
最後に名残惜し気に外したリングを、ドレスの上にふわりと置いた。


「お待たせ、リョウ」
扉を開ければ、手持ち無沙汰に壁に背を預けていたリョウが、チラと室内に目をやって。
「ばぁ~か。忘れ物すんじゃねぇよ」と、小突かれた。
「……へっ?忘れ物なんて、何も…」
振り返る私を押し退けて室内に入ったリョウが、ドレスの上に置かれたリングを掴み。
そのまま私の掌の上に押し込める。
「……え?でもコレ、冴子さんが用意してくれた……」
「……ばぁ~か。これはお前の」
「……へっ?」
「ほれ……見てみ?」
と、言って、取り上げたリングを斜めに傾げて見せる。
その細いリングの内側に、何やら小さな文字が刻まれてるけど、日差しが反射してよく見えない。
えっと、R to……?


そこまで目で追って、思わず言葉を無くしてしまう。
"R to K"って、もしかして……もしかして?
「……リョウ?」
「……今日は何日だ?」
「今日……?えっと、確か3月さんじゅう……あっ」
「……そ。お前の誕生日」
そう言って、くすりと笑い、リングを持ち直したリョウが、その左手で私の左手首をくいと掴み。
武骨な指で器用につまんだリングを、そっと私の薬指に差し込んだ。
「……ん、似合ってる。さすが、俺。趣味いいじゃん♪」
「リョ……?」
本当に……?
"やーい、ひっかかってやんの♪"なんて、そんなオチだったりしない……?
そんな思いが目に見えたのか、戸惑う私の瞳を真っ直ぐに見据えたリョウが、
"大丈夫だよ"というように、ふっと笑った。


「うれしい……ありがとう。ありがとう、リョウ……っ」
日頃無口で照れ屋なリョウからの、あまりに意外なプレゼント。
それがこんな風に、長いコト隠されてきたリョウの思いをカタチにしてくれるモノになるだなんて、思いもよらず。
思いの丈を伝えたいのに、ありがとうと、うれしいとしか言葉にならなくて。
ただただ、涙がこぼれて止まらない。
「でも……でも、リョウ?私、リョウの誕生日には何も……っ」
仕事でバタバタしてる間に過ぎてしまった、リョウの誕生日。
すべてが終わったらと思って、何も準備してなかったんだもの。
どうしよう。リョウの想いの詰まったこのリングに応えるだけのものだなんて、何も思いつかない。
どうしたらいい……?
そんな慌てふためく私の頭をくしゃりと撫でて、リョウがじっと私を見つめた。


「ずーっと一緒にいてくれるんだろ?そいつをはめて、あん時の約束を守ってくれりゃ。
それだけで……十分だ」
ただの誕生日プレゼントなんかじゃない、それはずっと共にあると……
共に生きていくという、その証(あかし)。
“そのつもりだからな……?“
とでも言うように私の左手を取り、リングのはまった指にくちづけて、くすりと笑った。
「……うんっ……うんっ!!」
思いがけない言葉と優しい瞳に、それ以上はもう、何も言えなくて。
力強い腕に抱きしめられて、ただただ頷く。
そんな私の髪を、リョウがくすり笑みをこぼしながら、愛おしげに撫でてくれた。


「……さて。そうと決まれば、とっととこんなトコ、ずらかろうぜ?どうする?外でメシ、食うか?」
あえて日頃と同じ口調で問い掛けてくれたから、高ぶってた気持ちも少し落ち着いた。
オマケに珍しく外食を……なんて、リョウらしくない提案に、抱きしめられたままくすりと笑っちゃった。
「……いいよ。帰ろう?私たちの、アパートに」
リョウがこの日を記念日にしようと考えてくれてるのが、手に取るように伝わってくる。
それはもちろん、うれしいコトなんだけど。
でも……それでもやっぱり、二人で私たちらしい、いつもの夕食をとりたかった。
二人がいつも暮らしてる……これからも、ずっとずっと暮らしてく、あのアパートで……。
そんな思いが伝わったのか、リョウがふっと魅惑的な黒い瞳を細め、おだやかに笑った。


「……そうだな。お前の不味いメシでも食うか」
「……不味いは、よけいよ」
ぷぅとふくれたのは、一瞬のこと。
そのまま二人、目を合わせて、くすりと笑う。
その微笑みのまま、互いの腕を絡めながら、ミニを待たせた駐車場へと歩き出す私たちを。
大きな窓の向こうから降り注ぐあたたかな日の光りと、小鳥の囀りが祝福してくれるようだった。




END   2011.3.31