●chocolate drops



バレンタインも間近の駆け込みの依頼で、先方のお屋敷に出向いたリョウと私。
名家に伝わる家宝の首飾りを巡っての騒動は、誰もが何かを隠してるようで、なかなか先が見えやしない。
そんな中、時は迫っていよいよバレンタイン当日に。
仲良くなったお屋敷のメイドさんたちと楽しみながらつくったチョコは、現在コートのポケットに。
今か今かと思いつつ、仕事中というコトもあって、なかなかリョウに手渡す機会を待ちあぐねてたの。



「どうしようかなぁー……」
ふぅとため息をつきながら、都内とは思えない広さの庭を散策。
すると突然、邸内の馬場で日課の乗馬をしていた依頼人・隆明さんの愛馬・ウルスターが暴れ出し。
隆明さんの制止を振り切って、あろうことか、近くにいたお嬢さんのまりえさんに向かって突進してきたの。
小さなまりえさんはウルスターの勢いに怯えてしまい、足がすくんでただ立ちすくむだけ。
このままじゃ危ない……!!と、思ったのもつかの間。
気付けば今にもまりえさんを踏み殺さんばかりに荒れ狂うウルスターの前に、自然と身体が飛び出していた。



激しいいななきと共に、まるで地響きのような蹄の音が迫り来る。
小さなまりえさんをギュゥと抱き寄せる。
危ない……もうだめ……っ!!
そう思った矢先、「伏せろっ香っ!!」というリョウの声に、前後の確認もなくまりえさんの上に被さるようにして地面に突っ伏せば。
「……はっ!!」というリョウの声と、頭上に聞こえる激しい馬のいななきと、
大地を荒れ狂うように踏みしだく振動が、数歩先から伝わって。
「どぅ……どぅっ!!」という力強いリョウの声とともに、しだいにそれらが遠ざかる。
思わず息を飲んでいたものをふぅと吐き出しながらそっと身を起こせば、宙に舞う砂煙りの中。
荒れ狂うウルスターに跨がったリョウが、必死の形相で手綱を引いていた。






「リョ………?」
大丈夫なの?無茶しないで……
と心に思うものの、踏み殺されるかもという恐怖からの激しい動悸と砂埃とに、目も喉も思うように動かなくて。
涙をポロポロと流しながら瞬きし、口の中の不快感を押し出すように激しく咳込みながらリョウのいる方を見上げれば。
まだ鼻息は荒いものの、あれほど荒れ狂っていたウルスターが、ようやく足どりを穏やかにしようというトコロだった。



「まりえーっ!!」
ウルスターから振り落とされた隆明さんが、片足を引きずりながらこちらへと走ってくる。
「パパーっ!!」
パパの声に安堵したのか、私の下で怯えて震えてたまりえちゃんが弾かれたように駆け出して。
その胸に勢いよく飛び込んでいったのを確認して、それまで張り詰めてた緊張の糸が途切れたのか……
思わずふぅと、身体の力が抜けていった。



「香……っ!!大丈夫かっ!!」
その声に振り向けば、少し先の木にウルスターの手綱を結わえたリョウが、こちらへと走ってくるトコロだった。
「リョウ……っ!!ありがとう。私も……まりえちゃんも、大丈夫」
「そうか……よかった」
そう言って、額の汗をブルゾンの袖で拭いながら、もう片方の手を私に向ける。
差し出された手に引かれるように立ち上がれば、同じ目線になったリョウが笑いながらくしゃりと髪を撫でてくれた。



「でも……どうしてウルスターが急に?」
邸内に入ってからまだ数日しかたたないが、ウルスターがおとなしい馬だという認識はあった。
それが今日に限って、どうして急に…?
「あぁ……犯人はこいつさ」
そう言ってリョウがブルゾンのポケットから取り出したのは、小さな針。
「こいつがウルスターの首筋に刺さってた。おそらく興奮剤か何かがついてんだろう」
「そんな……。じゃぁこれも、家宝を狙うヤツらの仕業……?」
「あぁ。ウルスターが荒れ狂う中、草むらにでも落下しちまう計算だったんだろうが……。
意外にもしっかり突き刺さってたのが運の尽き、だな」
リョウの武骨な指で弄ばれる針は陽を受けて金色に光り、
こんな小さくきれいなモノが、あのおとなしいウルスターをあんな恐ろしい状態にしてしまったなんて、とても信じられなかった。



「でもまぁこれで、ホシの目星もついたってコトだな」
「え………?」
「見た限りじゃ、庭に不審なヤツはいなかった。おそらく木立か、屋敷のベランダあたりに身を隠してたんだろう。
そこから正確に吹き矢を射るなんざ……ヤツしかいない」
「……あっ!!それじゃぁ……」
隆明さんの従兄弟にあたる男が、全国大会の常連だと自慢げに言っていたのを思い出した。



「動かぬ証拠もあるし、逃げようも無いだろ。これで事件解決……だな」
ニヤリと笑ったリョウが、金色に光る針を大事そうにハンカチで包んでポケットに入れる。
長く先の見えなかった依頼だけに、思いがけず突破口が見えたばかりか、
事件解決へと、とんとん拍子で進む呆気なさに、思わずため息がもれた。
「何か……あれだけ先が見えなくて苛立ってたのに。呆気なかったわね」
「ん~?こんなモンだろ?」
いけしゃあしゃあと言うリョウが憎たらしくて、ぷぅとふくれれば。
「……で?こいつらは俺ンでイイのかな?」
と、不遜さにさらに輪が掛かったような笑みをよこした。
「………え?」



視線をたどって足元を見れば、くしゃりとへこんだ小さな箱と、その周囲に散らばる小さなカケラたち。
そう……それはお屋敷のメイドさんたちと作った、バレンタインのチョコレート。
アラザンやら菫の花の砂糖漬けやらで着飾った小さな粒たちが、朝露にしっとりと濡れた草むらに、きらきらと輝いている。
どうにかしてと渡す機会を見ている内に、コートのポケットに入れたままの"それ"。
それがどうやら、さっきのウルスターの騒ぎで、いつの間にかポケットから落ちちゃったみたい。



「………っ!!」
慌ててしゃがんでかき集めるケド、一足遅く。
「いっただっきまぁ~す♪」と、散らばったチョコのひとつをリョウがその口に放り込んだ。
「ばっ……リョウ!!汚いでしょっ?!」
自分で作っておきながら汚いもないけれど、やっぱり地面に落ちたモノを口にするのはよくないわ。
でも……本音を言えば、お手製のチョコを何のためらいもなく口にしてくれたリョウの気持ちが嬉しくて。
今にも涙があふれそうだった。



「何言ってんだ。こんなモンで、天下のCHが腹痛起こすかってぇーの♪」
ニヤリと笑いながら、もうひとつ。もうひとつ、と、草むらから拾いあげたチョコを口に放り込み。
しまいには、私が拾ったそれらまで、私の手から摘みあげてその口に放ってしまった。
「ごちそうさん……って……甘っ」
すべてを口にしたあとで、にこりと笑って。
そのクセ、うっと口元をおおってみたり。
「……バカ。いくら甘さ控えめに作ったからって、そんだけ食べりゃ、口の中が甘ったるいでしょうが」
言葉では文句を言いつつも、ただでさえ甘いモノが苦手なリョウが、余すことなく口にしてくれたコトが嬉しくて。
自然と笑みがこぼれ出た。



「ふ……ん。何たって香ちゃんの愛情いっぱいのチョコだもんな。心して食わなきゃ、だし。それに……」
「それに……?」
愛情いっぱいなんてキザなセリフを吐かれただけでも気味悪いコトだケド、それでもドギマギしてみたり。
そしてぷいと視線を外すリョウを追って、下からそうっと顔を覗き込めば……。
「それに……お前の作ったモンを他のヤツらに食わせるなんざ、出来ねぇーだろ」
「………っ///」



珍しく頬を染め、気まずげに頭をがしがしとかきあげるリョウが愛おしくて、こちらの顔まで熱くなる。
でもどうしようもなく嬉しくて、照れ臭さからか顔を背けるリョウの、その大きな背中に後ろから抱き着いた。
「……ありがと。帰ったら、もう一度、ちゃんとしたの作るね」
「ふ……っ。まぁ、期待しねぇで待ってるわ」
「……っ!!もうっ!!」
いつもの調子を取り戻したのか、軽口たたいてけらけらと笑うリョウに、ぷぅとふくれれば。
「……ほんじゃ、まぁ、とっととカタぁつけなきゃな……」
と、小さくひとつ、呟いて。
リョウを抱くようにお腹の辺りで組みあわせた私の手の上に、あたたかく大きな手がそっと重ねられた。
少し離れた木々の梢から、小鳥たちの囀りと、今は落ち着いたウルスターのいななきが聞こえた。





END     2011.2.13