●明日はね……?●




珍しく飲みにも行かず、おとなしく香と一緒に夕食をとったあとのコーヒータイム。

元来のきれい好きから、すぐさま腕まくりをして洗い物を始める香の背中を見つめる。
楽しそうに流行りのポップスだか何かをハミングしながら、軽く肩を左右に揺らすさまは、いたってご機嫌。
それを今から打ち破るとなると、こちとら地球の裏っ側まで突き抜けちまいそうな、どんより感。
そいつらをふっ切るように、熱いコーヒーを一口、口に含んで。
意を決したようにカップを置いた。


「……すまん、香!!」
テーブルに両手をついて、頭を下げて。
椅子に座ってとはいえ、ある意味、土下座にも等しいカッコ。
天下のCITY HUNTERともあろう者が、何てぇザマだと我ながら思うケド、
こちとら必死で、恥も外聞もあったモンじゃない。
「なっ……リョウ?いったい何がどうしたの?」
香が慌てて布巾で手を拭きながら寄ってくる。
その気遣わしげな瞳に向き合う術もなく、また「すまんっ!!」と、頭を下げた。


「明日のホワイトデー……金欠で、何も用意してねぇんだ。申し訳ないっ!!
そのかわりと言っちゃぁ何だが、金は無いが、体力は有り余ってんだ。
明日はお前の言うコト、何でもきいてやる」
先月のバレンタインには、恒例の手製のチョコを貰ったばかりか、「この冬は寒いから」と、マフラーまで貰った俺。
それに引き換え、俺は毎度の飲み歩きで散財し……見事なまでの、すっからかん。
ポケットひっくり返したって、靴脱いで逆さまに振ったって、何ひとつ出やしない。
巷にゃぁバレンタインの倍返しだの何だのと言ってるが、万年金欠の冴羽商事。
そもそもの先立つモンが、ねぇーんだよっ!!(爆)


香に物欲がないコトは知っちゃぁいたが、
テレビや週刊誌のホワイトデー特集など、目をきらめかせて見てたのは知っている。
口にこそ出さないが、こいつも女。
やっぱり何がしか期待してんだろうなとは、思っちゃいたが。
思っちゃぁいたんだが……何しろバレンタイン以降、まともな依頼もありゃしない。
その上、巷じゃ色々と値上げがあったようで……俺の懐、すっからかん。
そんなコトで、実力行使に出たワケだ。
体力なら、有り余ってる。
現物支給とはいかないが、そのかわり、何だってやってやるさ。


「リョウ……?」
「メシつくるか?洗濯か?重たい荷物運びも、何のその。買い物にだって付き合ってやるぞ?ん?」
びくびくしながら顔をあげれば、くすりと楽しそうな笑みを浮かべた香がいた。
「香……?」
「バカねぇ……そんなコト考えてたの?」
細い指先を口元に寄せ、くすくすと笑みをこぼしながら微笑む香。
「我が家の金欠はいつものコトだし、リョウの懐具合は知ってるつもりよ?
始めからそんなの、期待してなかったわよ」
「……へっ?」
じゃぁ、何か?
今までの俺の苦悩は……この、恥も外聞もないカッコは。
すべて余計なコトだったってコトか……?!


「………~っ!!」
墓穴を掘った自分に呆れ、脱力感のままに腰を下ろせば。
「でも……そうね」と、香が言った。
「でも……そうね。掃除だの洗濯だのを手伝ってくれなくても……そんなコトいいから。ひとつだけお願い……聞いてくれる?」
「……おぅ。何だって聞いてやるぞ?何だ?いったい」
現物支給も掃除、洗濯、買い物も、何もいらないなんて言われて肩の荷が下りたのか、何でもこいと、妙に強気になってみる。
そんな俺に、香がおずおずと口を開いた。


「あのね?たいしたコトじゃないのよ。その……明日一日、ずっと一緒にいてくれたら」
「…………?」
「ずっと一緒なの。どこにもいかないで、アパートに二人だけ。電話も来客もダメ。
私以外、他の誰も、よその女の子、誰も見ちゃいけないの」
見れば両の頬を真っ赤に染め上げ、恥ずかしげにうつむく香。
おいおい、さっきまであっけらかんと笑ってたのは、ドコのどいつだよと呆れつつ。
そんなお願いをされたら、断れやしないだろ……と、小さくそっと吐息をこぼした。


「……ンなんで、いいの?」
「……うん。それがいいの……」
"……だめ……?"と、小さく首を傾げる様が、ドえらいツボで、こちらもにやける顔をとめられない。
「……ったく……ヤキモチなお嬢さんだ」
くすりと笑みをこぼしながら、了承とばかりに、テーブルに置かれた白く細い指に己の"それ"をそっと絡めれば。
視線をあげた香が、花が咲いたようにふわりと笑った。
プライスレスのホワイトデーは、どうやらまたプレゼントを貰う側になりそうだ。
しかもチョコなんかよりも、とびきりの……な♪




END    2011.3.12