●去年今年●




「何をって……いまさらだろ」

呆れて肩をすくめるリョウだけど、その瞳がいたずらっ子のようにきらきらと輝いてるのが、気に入らない。
そう……確かに"いまさら"なんだケド、乙女には恥じらいってモンがあるのよぅっ!!



年の瀬も押し迫った今、この時期に、ふとしたコトから舞い込んできた一件の依頼。
大富豪のお家騒動なんて厄介なモノ、どうあがいたって年越しは間違いなしと思ってたのに、
コトは意外にもとんとん拍子で片付いて。
今年があともう1時間で終わろうという、大晦日。
どうにか我が家にミニを滑り込ませるコトが出来たの。



クリスマスの片付けもそこそこに飛び出したきりだから、
どうにも妙に浮足立った部屋のままなのは、この際だから無視を決め込んで。
こんな時を想定して、常に備蓄しておいた何かしらの保存食があるのを確認して。
何はさておき、身体にたまった今年一年の垢を洗い流そうと、お風呂の支度をした。



さっきまで着てた諸々を放り込んだ洗濯機は、ぐるんぐるんと景気よく回ってる。
簡単なスウェットに着替えてそっとリビングを覗けば、
リョウは疲れたのか、ソファに横になったきり、いびきをかいて、夢の国。
さて、このすきに……と、タオルとパジャマを抱え、
再度バスルームに足を運んでみれば……そこには無造作にシャツを脱ぎ捨てるリョウがいた。



「……リョウ?!ソファで寝てたんじゃ……」
驚く私を尻目に、シャツにジーンズにと脱ぎだして。
ためらいもなく最後の一枚に手を掛けるから、慌ててくるりと後ろを向いた。
「確かに寝てたんだけどさ、やっぱ埃っぽいじゃん?
シャワーでも浴びようかと思ったら、ちょうど風呂が沸いてた」
「ちょうどって、それは私が……っ」
「あ~ん?なんだ、お前が入るつもりで沸かしたのか。
寒い冬にゃ、やっぱ熱い風呂だよな。う~……さびさびっ~」
そう言って、私を無視して浴室へと入ってく。
扉を開けた瞬間、ほわりと温かな湿り気のある空気が流れてきて、
気にしないようにしていた疲労感を再認識させられた。



「う"~……っ」
楽しみにしてたお風呂を横取りされた揚げ句、
疲れた身体に、床の冷たさがじわじわとせりあがってきて、ぶるりと身体が震えた瞬間。
「……はくしょんっ!!」
押し殺すまでもなく、盛大なくしゃみが飛び出した。
「……そのまんまじゃ、風邪ひくぞ」
「……っ!!私が入ろうと思って沸かしたのに、リョウが先に入っちゃったんじゃないっ!!」
思わずもれた本音に、扉の向こう、湯気に湿った笑い声がくっくと響く。



「悪かったよ。けど、埃臭いのも、手っ取り早く身体をあっためたいのも、ホントのコトだしな。
お前だって……だろ?」
「そ、そりゃぁそうだけど……」
「んじゃ、面倒くせぇ。一緒に入ろーぜ」
「……へっ……?」



どの顔でンな冗談をと、思わず硝子扉を引きそうになって、慌てて寸でのトコロで押し止め。
「ば……っ!!バカ言ってんじゃないわよっ!!」と、硝子越し、見えぬ相手に怒鳴ってみれば。
「ん~?別に、冗談じゃねぇぞ?」と、あまりにあっけらかんとした答えが返ってきて、拍子抜け。
「だっ……そんなコト、出来るワケ……っ!!」
「おい……そーゆー関係になって、どんだけたったと思ってんだ?」
「でっ、でも、それとこれとは、話が……くしゅんっ!!」
確かにリョウと"そういう関係"になって久しいケド、まだリョウみたいに余裕しゃくしゃくにはなれないし。
それにやっぱり、"それ"とお風呂は違うのよっ!!



「あ~もう。しょーもねぇヤツだなぁ」
突然の申し出にわたわたとする私をヨソに、
再度のくしゃみを聞き付けたリョウがざぶりという音とともに湯舟から出た気配がしたと思ったら、
そのままガラリと硝子扉を開け。
一糸纏わぬ姿を湯気に隠しながら、ぬっと突き出された腕に、そのままぐいと絡め取られた。
「いいから入れって。ンなクソ寒いトコでがたがた言って……ホントに風邪ひくぞ?!」
「……ちょ……っ!!」
文句のつけようもない立派な体躯に、しばし見惚れていた瞬間、
素足がぴちゃりと濡れたのに我に返って、慌てて掴まれた腕を振り切った。
「わ……わかったから、ちょっと待ってっ……!!」



「……まだかぁ~?」
「……いっ、今、行くわよっ」
一緒に入るから、ちゃんと服くらい脱がせてと言って振り切ったものの、
やっぱり心臓が破裂するかと思う程に、ばくばくで。
でも女に二言はないし、何より冷えた身体に、あったかな湯気がこの上なく魅力的。
渋々という体でスウェットを脱ぎ、傍らのタオルで前を隠しながら、すぅと一息吸い込んで。
覚悟を決めて、えいとばかりに硝子扉を引いて飛び込んだ。



「そっ……そっち向いててよねっ!!」
湯舟から太く逞しい両腕を伸ばすリョウを湯気の向こうに見留めながら、ひたひたと浴室内に進み。
手っ取り早く身体を洗ってしまおうと掛け湯をし、タオルに石鹸を泡立てたトコロで……
「あぁ、もうっ!!じれってぇなぁ」という声とともに、ふいに逞しい腕に抱え上げられ。
そのまま二人、湯舟へとダイブした。



「……きゃっ!!」
慌てたのもつかの間、凍えきってた身体がお湯にひたった瞬間、ぴりりと走る、電気のような痛み。
やがてそれが心地よくなったかと思えば、肌全体にじんわりとぬくみが広がっていき。
身体中ひどい肩こりみたいに緊張していたそれが、ゆっくりと弛緩していくのが感じられた。
「あったかい……」
大の大人が二人で飛び込んだものだから、ざぁざぁとあふれるお湯をもったいないなと思うケド。
それでも、冷えた身体を包み込むような心地よい温みには逆らえなくて。
思わずもれたため息に、背後から抱きすくめるような格好になったリョウが、くすりと笑う。



「ばぁ~か。意地張ってないで、とっとと入っちまえばよかったんだよ。
ほれ見ろ、こんなにカチコチじゃねぇか」
そう言って、大きな手が寒さにこり固まった肩を絶妙な力かげんで揉みほぐし、
そしてそれがゆっくりと二の腕に進んで行く。
リョウの熱く大きな掌に揉まれていくにつれ、寒さから来る筋肉の強張りが取れただけでない。
リョウに支えられてる……守られている安心感から、身体の力がふわりと抜けて。
熱く広い胸板にその背を預けた。



「今年もいろいろあったね……」
心地よいあたたかさに目を閉じれば、目まぐるしいまでに過ぎたこの一年が思い出される。
毎度のコトながら、危機一髪で危険をすり抜けたコトも。
成長の度合いも虚しく、敵に捕まったコトも何度かあった。
また、なんてコトのない日常が、一瞬にして、
大きく違うものになってしまう恐怖を痛感するコトもあったっけ……。
今を生き、今を大切にするコトの大切さ……ありがたさを、この上なく噛み締める……。
そんな一年だったと思う。



「まぁこんな商売してんだから、生きて年越し出来りゃ御の字だと思ってたが……」
「………?」
「今、こうしてお前と一緒にいられて、よかったな……って、そう思うよ」
「リョウ……」
ふいにらしくもないトーンダウンでぽつりと呟くから、こっちまで妙にしんみりしちゃう。
「慌ただしいクリスマスだったケド……お正月は、少しはのんびり出来るかな」
バスルームの出窓の片隅に置きっぱなしにしてたミニツリーが、湯気に当たって、しっとりと。
てっぺんの金の星飾りが、露に煌めく様が愛おしい。
時がたてば枯れゆく木々だけど、だからこそ、美しい緑の瞬間が、かけがえのないものとして映るんだろう。



「この一年……お疲れさま、リョウ」
普段は照れて言えないような殊勝なセリフが、するりと口を突くのも気にせずに、
熱い胸板に背を預け、その肩に頭をもたせるようにかしげれば。
「……お前もな」と、耳元に低く囁かれ、身体ばかりか、心の奥底からじんわりと温みが広がっていく。

しばらくすると、窓の向こう、近くのお寺からの、除夜の鐘が響いてきた。
今年一年、生きてこれたコトに感謝をし。
来年もまた色々あるだろうケド、リョウと二人。
今日みたく一年を無事に過ごせた喜びを感じあえますように……。
不埒にも、いつの間にか許可なく私の胸の前に回された太い腕をきゅっと抱き寄せ、そう願えば。
まるで私の考えがわかってるとでも言うように、がっしりとした太い腕に、きつくきつく抱き寄せられた。



「……で?この後処理をどーすっかは……わかってんだろ?」
そう言って、何気にお尻に固いモノを押し付けてくるんだから、デリカシーのカケラもありゃしない。
けれど、どうしようもなく愛おしく大切なその人が、世界中で、ただ一人。
私だけを求めてくれているコトが、この上なく幸せで……嬉しくて。
それでも、そのままなし崩し的にされるのも、ちょっぴり癪で。
私を抱きすくめる腕を引き寄せ、指と指とを絡めあい。
ふ……っと笑ったリョウを尻目に、唇に寄せたその小指に、小さくきりりと噛みついた。




END    2011.12.30