●感謝のキモチ。●



いつもどおり街をぶらつけば、気軽く声を掛けてきたり、視線を合わせて片手をあげたり。

何らかのサインを確認して、今日一日、特に変わったコトがないのを見て回る。
それが何てコトはないが、俺の日課というか……仕事ってワケだ。
今日もそんな挨拶を確認しつつ足を進めていたのだが、
夕方近くになると、やたらあちこちから声が掛かった。



「リョウちゃん、こんなトコロでうろうろしてちゃダメじゃん、今日は早く帰ってやんなきゃ」
「とっとと帰んな、香ちゃんが待ってるよ」
「あらやだ、まだこんなトコにいるの?リョウちゃんたら、何やってんのよぉ~」
「早く帰ってやんな。香ちゃん泣かせたら、承知しねぇよ?」
「…………」



常なら人の顔見りゃすりよって、あわよくばたかろうってぇ厚かましいヤツばかりなのに、
今日この日に限っては、どいつもこいつもうるせぇばかり。
その理由をわかっちゃいるが、それと肯定して飛んで帰るのも癪だし、
何より、こっ恥ずかしいコトこの上ない。



「ばぁ~か。何言ってやがる」
と、うそぶいて、軽くいなしていくものの、暮れゆく町並みを目に留めれば、
足は自然と、ある方向へと向かって行く。
そのクセ、いつもならまだドコと定めるでもなく街中をブラついてる時間なだけに。
逸る気持ちをひた隠し、周囲にそれと知られぬように、ゆったりと足を運ぶ。
……と、その道筋に建つ店先に、ふと思い立って。
ふむ……と、ひとつ頷き、足を踏み入れ。
らしくもなく、小さなそいつを手にして帰った。



「……遅いっ!!こんな日くらい早く帰れないの?」
アパートに帰れば、玄関の前、いつものように仁王立ちする彼女の姿。
「へぇへぇ、すんませんね~」
と、うるさい小言を気にもとめず、ズンズン歩くその後ろを追ってキッチンに向かえば、
いつもの食卓が一変し、中央には小さいながらも、香手製のバースデーケーキ。
そしてその周囲を彩るかのように、これみよがしに並ぶのは、御馳走の数々。
チラと視線を走らせるだけで、いつものそれより、ひと手間もふた手間も掛けたらしいそいつら。
泣く泣く節約してた常の結果が今日のこれか……と思うと、
笑っていいんだか怒っていいんだか……なぁ?(苦笑)



急かされるように席に着くや、とくとくと注がれたワイングラスを手渡され。
「お誕生日おめでとう、リョウ」
そう言って、にこりと笑ってグラスを合わせる香は、眩しいくらいの笑顔をよこす。
思わずこちらまで微笑んじまうそれに「……さんきゅ」と返し、こほんとひとつ、咳払いをした。
「香……?ほい」
と、後ろ手に持ち帰った小さなブーケを手渡せば、大きな茶色い瞳をぱちくりとしばたく。
「……な、なぁに?今日は私じゃなく、リョウの……」
「……あぁ、わかってる。いや、その……こいつは、誕生日作ってくれたお礼……ってヤツだ」
「お礼……?」
意味がわからないと首を傾げる様は幼子のようで、思わずくすりと笑っちまった。



「……誕生日ってのは、祝ってもらうだけでなく、産んでくれた母親に感謝する日なんだとさ」
「あぁ……そういえば、何かでそんなコト言ってたわね。そう考えるのも、確かに納得だけど……」
「俺には母親がいない……っつーか、わからないから。
だから、そのぉ……何だ。誕生日を作ってくれたお前に、ささやかな気持ち……ってワケだ」
「……っ!!リョウ……っ」
らしくもなく花束なんぞを買い、らしくもなく、感謝の礼を口にする……。
まったく、これが泣く子も黙るCITY HUNTERかと情けなくなるが、
嘘偽りがあるワケもない、素直な本音だった。



「こんな俺に誕生日を作ってくれて……一緒にいてくれて、ありがとな、香」
「そんな……私、何にも……。何もしてないのに……」
ゆっくりと、戸惑いがちに言葉を紡ぐ香。
ふるふると頭を振る香の目に、きらきらと光るものが見え隠れ。
その一際大きな粒が転げ落ちそうなところへ指を差し向け、己の口にそっと運んだ。



そう……こいつは、そういうヤツなんだ。
自分が考えもせずにやってのけたコトが、俺にとって、どれだけ重要か。
俺が、それをどれだけ嬉しく思ったか……ありがたく思ったか、なんて。
そんなコト、これっぽっちも思っちゃいないんだろう。
それこそが香らしさなんだろうがと、くすりと笑みがこぼれる。



「これからも……ずっとずっと、リョウのお誕生日は私が祝ってあげる」
「あぁ……お前にだけ祝ってもらえりゃ、十分だ」
頭を振ってくしゃくしゃになった茶色い髪を撫でつけて、
そのまま、まぁるい頬から顎へと伸ばした手をそっと傾ける。
「……お誕生日おめでとう、リョウ」
「……さんきゅ」
互いの瞳にその姿を見留めあい、くすりと微笑みあって唇を重ねれば、それは香手製のケーキより甘く。
何度も欲しくなる甘さに、時を忘れ。
食卓の手料理の数々が冷めるのを気にもとめず、貪るように唇を重ねあった。




END    2012.3.26