●所有の証……?●



パタン……というかすかな音をきっかけに、眠りの中から覚醒する。

あれは、玄関の扉が閉まる音。
「……リョウっ!!」
間に合うハズもないのに玄関まで走り、何者をも受け止めないような、
固く閉ざされた扉の冷たさに、また涙がにじんだ。



リョウが一人、行ってしまった。
夕方、ふいにリョウの携帯にかかってきた、冴子さんからの急な呼び出し。
日頃は冴子さんのそれを渋るハズのリョウなのに、
呼び出しの通話を終えた途端、重たい腰をあげたのは、それなりの理由なんだと思う。
でも……でも、今日はせっかくのホワイトデーなのに……。



「楽しみにしてろよ」だなんて、あのニブちんのリョウが、珍しく数日前から口にしてたから。
だから今日この日を、楽しみにしてた。
でも、「行かないで」なんて子供じみたコトも言えなくて。
ましてや、二人の仲を疑うワケじゃないケド、呼ばれもしないのに「連れてって」とも、言えなくて……。
武器庫に降りるリョウの背を見送って、そっと自分の部屋に引き上げた。
そしてやる瀬ない思いを胸に、枕に突っ伏して泣いてたら、いつの間にか眠っちゃったみたいで。
玄関の扉の閉まる音に慌てて駆け付けたケド、やっぱりリョウは、私に黙って。
何も言わず……行き先すら告げず、一人で行ってしまったの。



固く閉ざされた扉を前に、おいてきぼりにされた自分を目の当たりにして、心も身体からも力が抜けていく。
そんな行き場のないさみしさと痛みに軋む身体をずるずると引きずるように自室に戻れば、
開け放した扉の向こうに何かが見えた。
「…………?」



恐る恐る扉を引き寄せれば、それはまるで、模した当人そのままに、怠惰に寝そべるリョウちゃん人形。

言葉に出来ない想いを胸に、ひと針ひと針と縫い進め、
無断に出掛けておいてきぼりを食らわすふとどきなパートナーに対する思いを、夜ごとぶつけてきた"それ"だった。
その姿に似せて着させたジャケットも、日頃の八つ当たりをまともに受けて、かなりよれよれ。
そのくたびれた首元に、小さく光る何かが目についた。



「…………?」
いぶかしげに手を伸ばせば、それは小さなペンダントだった。
プラチナらしい細いシルバーチェーンにつながれた、同じくシルバーの、シンプルな平たいトップ。
そしてその表面には、流れるようにきれいな筆記体で刻まれた"R"の文字と。
その隣、小さくてもしっかりと自己主張する石が、煌めいていた。
チェーンに無造作に結び付けられた紙片を解けば、急いで書きなぐったような、アイツの文字で。
"happy whiteday~すぐ帰るから、いいコにしてろよ"と記されていた。
「……何、この俺様的な態度。それに……何なのよ、これ。まるでネームプレートみたいじゃない」



蛍光灯のにぶい光りを浴びつつも、己の存在をしっかりと主張する小さな石。
その余人を寄せ付けないような堂々たる存在感が、
まるで送り主の男そのもののようで、ちょっぴりにくたらしい。
「……だいたいね、人に贈るなら、贈る相手の頭文字を刻むのが常識でしょーが。
これじゃぁまるで、飼い主の名前を刻んだ、ペット用の迷子札じゃない。
まるで私が、あいつに所有されてるみたいじゃない」
そう言いつつも、その身も、心さえも。
まるごと全部、かの男に所有されてるのは、悔しいけれどホントのトコロで。
ふっ……と口元をゆるめて、吐息をこぼした。



"あの"照れ屋のリョウが、この街で、みなにその存在を知られているあのリョウが、
こんなの……いったいどんな顔して、買いに行ったのかしらね……。
その貴重な瞬間を見てみたかったなと、くすりと笑って。
細いチェーンに連なる小さな金具を、カチリと外す。
「……いいコ……って、何よ。ワケわかんない。でも……しょうがないから、貰っといてあげるわよ」
負け惜しみのセリフを吐きながら、開いた金具を首後ろでカチリとはめれば、
細いプラチナのチェーンが首筋にひやりとしたけれど、すぐに体温と同化して、
まるで始めから身体の一部だったようにしっくりと馴染んだ。



こんなのに騙されるワケじゃぁないケド、ちゃんと私のコト考えて、
らしくもなく、こんなキザなコトしてくれた。
その気持ちがうれしくて、冷たい廊下にぺたりと座りながらも、心の中がほんのりとあたたかくなる。
……と、そんな私を見つめるリョウちゃん人形の視線に気付いて、知らず、頬が赤く染まった。
「……早く帰ってきてよ?ケガなんかしてきたら、ただじゃおかないんだからっ」
未だにへらと笑うリョウちゃん人形の鼻っ柱を、ピンと弾いて。
誰かさんの身代わりにと、きつくきつく胸に抱きしめた。




END    2012.3.13