●Birthday is……●



朝からそわそわしていた香が昼間からキッチンにこもり、何事かと思いきや。

リビングまで漂ってくるオーブンの低い唸り声と、
それとは真逆の甘い匂いに、思わずくすりと笑っちまった。
そう……今日は3月26日。
香がつくってくれた、俺の"誕生日"だった。
ド忘れしてたワケじゃぁないが、なんせ誕生日なんてモノと縁が出来たのは、つい最近。
早々慣れるってぇモンでもないだろ。



それでも何となく浮き足立ちながら、手にした新聞をバサリと広げれば、
自然と鼻歌なんぞが出てきやがって。
まったく、どうしたもんだか……と、苦笑しながら視線を走らせれば、小さな記事に目が留まった。
南米の小さな山あいの村に、民間の旅客機が墜落。
紙面の端っこにひっそりと載る記事に、俺の目が吸い寄せられるように留まる。
そして俺の中の何かが、かたりと小さな音を立てた。



打ち付ける激しいスコールと、その後に訪れる茹だるような湿度を含んだ熱気。
息を殺して前へと進む俺たちの前に、突如として現れる野猿たち。
キッキと喚きながら草むらを分け入ってくるそいつらに神経を逆なでされたり、
軍部との持久戦では、そんなやつらから木の実を奪って食いつないだコトもあったっけ。
激しい銃撃の中、散っていった仲間たち。
記憶に残る、あの頃呼び交わした名前は、はたしてヤツらの本名だったかどうかは……
今となっては、もう検討もつきゃしない。



自分の名前さえ、歳さえわからないようなひよっこが生きていくには、過酷過ぎる世界だった。
一人前の男しか求められない中で、懸命に生きようと、あがき、もがき……。
その揚句、出来上がったのが、この俺だ。
そうすることが、当たり前にしか思わなかった。
そうする以外の"なにか"があるなんて、知らなかった……。



そして気付けば、何とか命をつなぎ、平和大国・日本に流れ着いた。
生まれ故郷だなんだと言ったって、アイデンティティーのカケラも無い俺にゃ、
なんの感傷も郷愁も、感じやしない。
かの国とは比べものにもならない小さなドンパチでザコどもをかわいがり、
身体を動かすのがせめてもの楽しみだった。



この国の何がいいとか悪いとかってのは、イマイチわからんが、
今、こうして目をつむり、人の気配読むのが楽しくなってるってのは、なかなかいいモンだと思う。
気配は殺すもの、察知したら有無を言わさず攻撃するものと思って育ってきただけに、
他人の気配を愛おしく思える日が来るなんざ……
そっと寄り添ってくる気配を読み取り、思わず微笑んじまうことなんざ。
こっ恥ずかしい話しだが、奇跡だよな、やっぱ。



「じゃぁ~ん♪」
と、恥ずかしげもなく、真っ赤なイチゴにくわえ、
"お誕生日おめでとう"なんてプレートにが堂々と乗っかった、
クソ甘いケーキを出されてドン引きするが。
さすがにこれを拒否ったら、今日は簀巻きで屋上からぶら下がるのは必須だと学習済み。
「……ったく、ガキじゃぁあるまいし」
と、渋々という体で口に運んでいくものの、
俺と香の出会った年のワインが出されたりと、なかなか心にくい演出に、思わず苦笑した。



ひいふぅみぃ……と、香と出会ってから、二人、
出会った年の数を指折り数えていけば、思い出話しは尽きることなく。
あんなこともあった、こんなこともあったと、
その時々のことを昨日のように思い出しては、話に花を咲かせていった。



そして軽く酔いのまわってご機嫌の香の口を己のそれで塞ぎ、誘うように舌を絡めれば、
目を閉じうっとりとした表情に、腰に熱い高まりがこもる気配。
今日は俺の誕生日。
それを望んだトコロで拒絶されることはないだろうと思いつつ、
日頃の情けない習性で、一応、かたちばかりのおうかがいを立ててみれば。
「くー…………」
と、気持ちよさそうな寝息が返ってきた。



「……おーい……香ちゃん?」
唇や頬にいくらくちづけようが、軽く肩を揺すろうが、
返ってくるのは静かでおだやかな寝息ばかり。
おーい……よりによって、今日この日に寝落ちって、ありっすか?



「まったく……手に負えないお嬢さんだコト」
茶色いくせ毛をかきあげれば、酔いにほてった熱気が少し逃げたのか、満足そうに微笑んで。
それを見て、思わずつられて口元をゆるめちまうあたり、さすがの俺も重症だ。
……と、ふいに低い振動音が聞こえてきて、
ソファに放り投げといたジャケットのポケットから、携帯電話を取り出せば。
これまた珍しく、NYのマリーからのコールだった。



「Hello?リョウ?」
「……なんだよ、こんな時間に。何かあったか?」
あっち(NY)はまだ朝っぱらだと素早く計算し、
そんな時間にわざわざ国際電話をかけてよこした相手をいぶかしむ。
……と、そんな不穏な雰囲気を吹き飛ばすように、
けらけらとしたアルトの笑い声が聞こえてきた。
「やっだ、違うわよ。ただの挨拶よ、挨拶」
「……?」



ホントは夕べ、電話したかったんだけど、仕事が忙しくてね」

「……相変わらず、忙しくしてんのか?」
世に知られたトップモデルの名を捨てて、風の噂に、小さなウェブショップを始めたと聞いた。
もとが一流モデルだっただけに、そのセンスのよさが買われ、なかなか繁盛してるようだ。
「ふふ……おかげさまで、ね。
ねぇ……そっちはまだ、ぎりぎり26日よね?」
「……お、おぅ」
「……HAPPY BIRTHDAY、リョウ。
あなた自身はそうは思わないかも知れないケド、
あなたは幸せになる資格のある人だから……。それだけ言いたかったの」
「……さんきゅ」



香が俺の誕生日を作ってくれた、あの日……。
香を表の世界に帰そうとしたマリーと、俺の生い立ちを知った香と。
重苦しいまでの緊張を孕んだ、あの日のことが思い出された。
「夜中に電話してお楽しみの邪魔をするのは、マナー違反かと思ってね。
どうやらカオリさんと、うまくいってるみたいじゃない?」
「……ミックか」
海を隔ててしばらく顔を合わせないばかりか、最近連絡もなかったくせに、
こんな情報だけはいち早く海を渡るらしい。
それもこれも、お節介で厄介な、向かいの金髪ヤローが原因らしい。
くっそ……あとでどんな仕置きをしてやろうか。(怒)



「でも……リョウ?」
「……んぁ?」
「あなたったらいろんなトコロが規格外なんだから……少しは自重しなさいよ?
誕生日だからって、あまりカオリさんに無理させないようにね……?」
「……ばぁーか。自慢のもっこり使おうにも、ウチのお嬢さんは酔っぱらって、
俺をおいて眠り姫になっちまってるよ」
ソファの上、俺の膝に頭を乗せて、香は気持ちよさそうに寝息を立てている。
茶色い髪をかきあげてやれば、その幼さが際立ってくすりと笑った。
「……そうなの?あらあら(苦笑)」
ふふふと響くアルトに、つられてこちらも小さく微笑んだ。



「じゃぁ、今日のところはさみしくひとり寝ってトコかしら?」
「……いんや。あったかい湯たんぽ抱えて、ベッドでゆっくり休むさ」
「……もうっ、あなたって人は……(笑)
じゃぁ、お楽しみを邪魔しないよう、失礼するわね。Bye、リョウ」
「Bye……サンキュー、マリー」



静かになった携帯電話をテーブルに放り、眠り姫を深く抱きこむ。
まったく……これっぽっちも起きる気配がねぇや。
ホントはこのまま、むちゃくちゃにしてやりたいが……
さすがに香を傷つけるワケにもいかない。
壊れるほどに愛してやりたい反面、大切に……
何より愛しいものとして、懐深く抱き込んでやりたい気持ちもあって。
そんな相反する感情に押され、こぼれるのはため息ばかり。



今日は俺の誕生日……。
ホントなら、何を望んでもよく、そんな俺を香も受け入れてくれるはずなんだが……。
まぁ、手の込んだ料理に、ケーキやらワインまでと、
ここまで支度したんだから、お疲れモードなのは考慮しよう。
それもこれも、俺を喜ばせようってぇ、香の気持ちだし……な。



「その代わり……明日は覚悟しとけよ?」
香が耳にすれば、目を剥いて怯えるようなセリフを、小さな耳にそっとささやいて。
あふれる思いの丈をこめた唇を、ふっくらとした香のそれに押し当てた。




END    2013.3.26