●chocolate of word●



日中は少しばかり春めくものの、未だ時折、身を斬るような冷たい風に見舞われる、2月の14日。

いわゆるバレンタインの、その夜だった。
いつもの通り、情報収集という名のもとに出歩いて、
夜っぴいて帰宅したリビングで、帰りを待ち受けていた香に呼ばれ。
「……こっ、これっ!!」
と、いつになく緊張感漂うあいつから渡された"それ"を、恐る恐る開いてみれば……
出て来たのは、慣れ親しんだハンマー型のチョコレート。
おいおい、その漲る緊張感はこれのどの辺に?と、ツッコミを入れかけ、再度視線を落とした、その矢先。
思わずみっともないばかりにあんぐりと口を開け、目を見張ったのは……
それに刻まれたふたつの文字だった。



"本命"




……本命って、書いてあるぞ?
いやいや、俺の読み間違い?
もうあっち(NY)より、日本での生活のが長いクセに、まだ漢字の読み間違いなんかしてんのか、俺?
いやいや、やっぱりこれは、誰がどう見たって、"本命……ほんめい"と書いてあるワケで。
その意味するトコロは、あ~っと、そのぉ……。
もしかして、もしかしなくとも……そゆコト……?



「え~っとぉ……」
「……っ///」
どう対処すべきなのか、どう応えて欲しいのかと考えて、つと言葉を発すれば。
"そりゃ大袈裟でない?"と言いたくなる程、香がぴくんと、身体を震わせた。
おいおい、たったこれだけのセリフにこの反応。
もしかしてもしかしなくても、コレって正真正銘。
ウソのカケラも、冗談のカケラもありゃしない、本気(マジ)な話かよ。
そりゃぁ俺だって、もしかしたらいつかは……とか、柄にもなく思っちゃぁいたが。
予告も何もなく、いきなりコレって……うっわぁ~……。
おいおい、マジでどーすりゃイイんだっ?!(爆)



目の前で真っ赤になって俯いてる香を見てるだけで、こちらへと伝播する異様なまでの緊張感。
香のそれへ、こちらが何らかのリアクションを返さねばならぬ立場だというだけで、
俺ン中のその度合いもMAXになってきやがった。
ちきしょう……いったいどうすりゃイイんだ?
こんなコトなら、精鋭抱えた一師団を相手にした方がまだマシだぜ。(泣)



だが……香をココまで追い込んだのは、外ならぬ俺自身。
海原との一件や海坊主と美樹ちゃんの結婚式で、
互いの気持ちをそれとなく伝え、それとなく察しあってはいたのだが。
実際問題、キチンとしたカタチでない、宙ぶらりんな関係であるコトには変わりなく、
そのあやふやで曖昧な関係が、香を一層不安にさせてきてたのだろう。
香の俺への気持ちは、当の本人がいかに隠そうとしたトコロで、誰がどう見ても一目瞭然。
俺にべた惚れなのは、周知の事実。
そしてその上に胡座をかいてた不遜なヤツが……この俺なワケで。
今更ながら考えてみたって、その態度はデカすぎだろう。



そんな香が忍耐強く、今まで自分から何らかのアクションを起こしたりしてこなかったのは、
ひとえに"俺"って男を知ってたから。
俺の生い立ちを知り、俺という男の成り立ちを知り。
愛する者を……失いたくない"家族"なんてぇモノをつくるような、そんなヤツじゃぁない、と。
そう、わかっていたからなんだと思う。
逆を言えば、そんなにも俺のコトをわかってくれている……そうとも言えるのだが。
だが香って女は、"私が"と、自分からしゃしゃり出るような女じゃぁなくて。
変なトコロで一歩後ろへ下がる、古風な一面を持ってるんだ。



だから今日まで自分を隠してこれたんだろうし、俺もそんな香に甘えてきちまった。
だが香にしても、こういう行為に及ぶまで……さすがに我慢の限界だったんだろう。
俺たちはそれくらい、際どいトコロを歩いてたってコトだ。
だが……いつまでも、いけしゃぁしゃぁと逃げてはいられないワケで。
人一倍照れ屋な香が、ありったけの勇気をもって、こちらへと……俺の方へと一歩踏み込んでくれたのなら。
さすがに男として、逃げるワケにゃぁいかんだろ。
そこまで香に甘えたかぁないし、そこまで香に辛い思いをさせたかぁないからな。



「……香……」
頬から耳から、首筋まで真っ赤に染めたまま俯く香に、小さく呼び掛ければ。
「……っ///」と、身体を震わせて応える姿が、いじらしくてたまらない。
「香……?」
それでも俯いたままの香に、再度呼び掛ければ、怖ず怖ずと、
今にも泣きそうな、どこか怯えたようなその顔をゆっくりとこちらへ向けた。
「香……?」
先立つ照れ臭ささをどうにか押し込めて笑みを浮かべ、
眦に浮かび始めたきれいな水滴を、そっと指先で救う。



勢い余って"本命"なんて文字を刻んだコトが今更ながら悔やまれるのか、
勢いつけて手渡したまではいいが、その返事にどう審判が下されるのか。
きっと生きた心地がしないのだろう。
その目元、口元が、切羽詰まったように小さくひきつっていて。
そんな香らしくない表情に、思わずくすりと笑ってしまえば。
まるでからかわれたのかと勘違いした香の大きな瞳が、瞬時、見開いて。
今にも泣き出しそうな、絶望的な悲しみの色に染まってく。
「……リョウ……?」
「……あぁ、悪い悪い」



そうそう、こいつは結構、変な勘ぐりをする女だった。
日頃は明るい性格のくせに、何かあっちゃぁ、悪い方へ悪い方へと、
ネガティブに考えちまうヤツだった……気をつけなきゃな。
こんな俺の一挙一動にかわいく反応されちゃぁ、こちらとしてもお手上げ。
ミックやタコのヤローに言われるまでもなく、大事にしてやらなきゃと思う。
泣かせてなるものかと、思う。
今更ながら、こいつがかけがえのない女なのだと、改めて認識させられちまった。
まったく……俺としたコトが、ここまで骨抜きにされるなんざ、な。
でも、そのくすぐったさが心地よいから、まぁ、いっか……。



「香……」
その茶色の髪にそっと手を伸ばし、やわらかな感触を楽しみながら、くいと引き寄せ。
羞恥と怯えの入り交じって落ち着かない、その大きな瞳を覗き込む。
「ありがと……な」
照れ臭さを隠して微笑みながら、珍しく素直な感情を口にして。
緊張からか、額に張り付いた茶色いくせ毛をそっとかきあげ、唇を寄せれば、
大きな瞳から、きれいな雫がぽろぽろ落ちた。



そのいとけない表情(かお)にたまらなくなって、額に落としたそれを頬に移し。
長いコト迷いに迷った、何度諦めようとしたか知れない……
恥ずかしながら、そのやわらかな感触を夢にまで見た、きれいなピンク色の"それ"に、視線を落として。
思わずごくりと息を飲んで、顔を傾け、
そのふっくらとした唇へ狙いを定め、己のそれを寄せようとした瞬間。
「うれしい……」
と、あふれる涙を拭いもせず、そのまま香が抱きついた。



「………」
ふいを取られた気まずさを隠しつつ、胸に飛び込んできたやわらかな温もりをぎゅっと抱きしめ。
くしゃくしゃの泣き笑いする顔さえも愛おしくて、
胸元にふわふわと揺れる、茶色い頭のてっぺんにそっとくちづければ、
思わず振り仰いだ香の視線とぶつかって、二人、にこりと笑いあう。
「………」
「………」
言葉にしなくても、微笑みあうだけで心があったかくなる幸せを実感し、
流れのままに顔を傾ける、その瞬間……すっと腕の中から抜け出す香。



「……あのね?ささやかなんだけど、バレンタインのご馳走、用意してあるの」
ほら、早く……と、ジャケットの袖口をくいとつまんで、キッチンへと引っ張る香。
とはいえ、長年胸に秘めた想いの丈を、今、ようやく……と思ったそれを、
一度ならず二度までもかわされて、さすがの俺も、意気消沈。
だが、子供のように袖口を引っ張る香と、その真っ赤に染まった、美しく艶めいた横顔にくすりと笑う。
まぁそんなギャップこそが香らしいんだが……
いったいいつまで、この鈍チン相手にすりゃいいんだか、なぁ……?



今までちょいとそれらしい雰囲気になっても、真っ赤な顔して逃げ出すほど、ウブでオクテだった香。
そんな香相手に、どうしたモンかと躊躇してたが……"本気"だなんて、
お前から堂々と告白されたからにゃ、もう手加減無しだぜ……?



そうと決まれば、まずは腹ごしらえ。
バレンタインのご馳走を、ありがたくいただいて。
それから先は、どうなるか……なぁ?(笑)




END    2013.2.13