●たとえばこんな、約束も●



気がつけば、ふわふわとした柔らかな空気の流れる中、一人、ぼんやりと立ち尽くしていた。
周囲には人っ子一人いない、何だか薄い靄のかかった、よくわからない景色。
そんな中、どこからか小さく、水の流れる音がした。



「……………」
周囲の様子がわからない中、身の危険を感じて懐のパイソンに手をやるが、
何等それらしい空気も気配も感じられず。
ふぅと小さく嘆息して、懐から手を放した。
「……リョウ?」
少し離れたトコロから聞こえる、何だか懐かしい声に振り向けば。
いつの間にか足元に小さな川が流れており、声はその向こう側から聞こえてくるものだった。



「リョウ……お前、何だってココにいる?」
「槇ちゃん……?」
見れば薄汚れたコートを身にまとう猫背の男……見知ったその姿は、誰あろうかつてのパートナー・槇村だった。



「……なんだ。また香と喧嘩したのか?」
「いや、それはまぁ……ってか、香と喧嘩したくらいで、こんなトコ来るかよ」
「……ん?その様子じゃ、ココがどこなのかわかってるようだな」
「……まぁな。お前がいるってコトは、ココっていわゆる……三途の川ってヤツだろ?」
「ふっ……相変わらず察しがいいな」
「察しってか、この状況じゃぁ……な」



気付けばいつの間にやら、周囲にはむせ返るような花々が咲き乱れ、
清廉な流れがちろちろと、決して早い流れでもないが、ゆったりと流れていた。
嘆息しながら周囲を眺める俺を見て、薄汚れたコートの肩を揺らしながら、くつくつと笑う姿が懐かしい。
あぁ、俺の知ってる槇村だ……と、こんな時なのに小さく笑みをこぼした。



「……で?その名を轟かせたCHともあろうお前が、何だってココに来た?」
「んーっと……確か、だな……」
と、バカどもとのうろ覚えなやり取りを、ぽつりぽつりと思い出しながら口を開けば。
さもありなん、と、コートの肩が小さくあがった。
「海坊主と一緒にいたなら……今頃は、教授のところに運ばれてるんだろうな」
「……だろうな。で、わけのわかんねぇ器具に繋がれてたりして」
依頼人を庇い、仕掛けられた最後の爆弾の爆風に、吹き飛ばされた。
たいした威力があるわけでもなかったが、無理な体制から依頼人をかばったのが悪かったんだろう。
打ち所が悪かったのか、そこから先の記憶がないあたり、どうやらそれが、"ここ"にいる原因らしい。
頭を打って意識が戻らないのなら、脳波だの何だのの計器につながれてるであろうコトが推測された。



「相変わらず無茶ばかりしてるんじゃないか?
お前もいい歳なんだから、そろそろ腰を落ち着けたらどうだ」
「……ふんっ!!万年ハタチのもっこりお兄さんに、歳なんて言葉はなぁ~いっ!!」
ふんっと鼻息荒く仁王立ちする俺に、さもありなんと槇村が苦笑した。
「あのな、そういう意味でなく……」
「……わーってるよ」
馬の耳に念仏の俺にはかける言葉もないかと苦笑するばかりの槇村に、こちらも無言で笑みをかえす。
どれほど年月が経とうとも、無言のままにわかりあえる関係が心地よかった。



「それじゃぁ話しは早いな。向こうで心配して泣き崩れてる香を、早いトコ安心させてやってくれ」
「……ふんっ。泣きすぎて、お多福みたいな真っ赤な顔してんだろうな」
「心配してるのも、泣いてるのも……それだけお前に惚れてるってコトだろ。
まぁ兄としては……複雑な心境だが」
小さくため息をつきながら、ごにょごにょと言葉尻を濁すあたりが槇村らしい。



「ふーん?リョウちゃん、もてもてだからなぁ~。女を泣かす天才だもんなぁ~」
「……バカ言ってないで、とっとと香のトコロに戻ってやれ。二度とこっちに来るんじゃないぞ?
もし今度、足を踏み入れるなら、その時は……」
「……その時、は?」
「その時は……それなりの覚悟で来るんだな 」
鬼のような形相の槇ちゃんが、ふっと口元に笑みを浮かべたのは、一瞬のこと。
すぐさま腰にものすごい衝撃を感じたと思ったら、見る間に落下していく俺の身体。
先程までいたトコから足蹴にされたのだと気づき、落下しながら見上げた"そこ"には、
槇ちゃんがにやりとした笑みを浮かべて片手を挙げていた。



このまま元の世界に戻った時、このやりとりの記憶は残ってるのかな。
槇ちゃんとこんな話をして来たんだぜと、土産話しをしてやりたいところだが、
なかなかそのまんまを話せる内容でもないワケで。
とりあえずは、涙でぬれた香の頬をぬぐってやるかと、ふっと小さな笑みをこぼした。



END    2018.3.16