●spring kiss●



春一番が吹き、花粉もMAX。

桜前線ももうそろそろという頃、巷のヤローどもの動きが、そわそわと。
行きつけの飲み屋の常連たちも、「懐の痛い時期だから」などと、急に杯をセーブしやがって。
冴羽家の現状を棚に上げ、いったい何が起きてるんだ、世の不況もココまできたかとため息つけば。
「やっだ、リョウちゃん。3月の男性陣の懐事情っていったら、ホワイトデーに決まってるじゃないのv」
と、ゲイバー不夜城、ナオミ・ママの毛深い腕で小突かれちまった。



「あぁ……なるほど、ね……」
幾杯目かのグラスを傾けつつ、そういやそんなモノもあったっけ、と気付いてみたり。
「ン、もうっ!!リョウちゃんたら……そんないけ好かないコトしてると、香ちゃんに愛想つかされちゃうわよっ?!」
唇を突き出し、ぷぅとふくれ、かわいく拗ねたみたいだが……
剃り跡も青々しいごっついアゴを見せられちゃぁ、引き攣る口元を堪えるのが必死ってモンだ。



「ばぁーか。いまさら香に気ぃつかったって、何の得にもならねぇって」
口ではそううそぶいてみるものの、毎年この時期がくる度に、
胸の奥底にゃぁいつだって、"その日"を考えない日はない。
だって相手は、"あの"香だぜ?
いくらそれらしい関係になったからといって、我欲ってぇモノがからっきし無い女だから、
何をやっていいのか、皆目不明。
下手に見栄だして、アクセサリーなぞ贈ってみろ。
「ちょっと……これ、いくらしたのっ?!」
なんて、目ン玉ひんむかれるのがオチってモンだ。



だからというワケじゃぁないが、こうしてしばし、恥ずかしながら現実逃避。
あえて世間の"それ"を見て見ぬフリして敵の様子を探っている内に……
恥ずかしながら、ゴールは目の前。
ついに〆切寸前、てぇトコまできちまった。
「あぁ、もう……っ!!リョウちゃんてば毎年、これなんだからっ!!香ちゃんに同情するわっ?!」
未だ御託を並べ立てるナオミ・ママに、ふふんと鼻で笑ってみせて。
その実、内心は、どーしたモンかと、痛むこめかみにそっと眉をしかめた。



「ンなコト言ったって、だなぁ……」
ソファに寝そべり、端が擦り切れるまで世話ンなった愛読書を、何とは無しにめくりつつ。
そろそろどうにかしないとな、と、思ってみたり。
だが、物欲のない香に向かい、「ホワイトデーは何が欲しい?」だなんて、
ダイレクトに聞いたトコロで、まともな答えが返ってくるとも思えず。
「家計のコトも考えずに、何、無駄遣いしてるの。ンな余裕あるなら家計に回してよねっ!!」
と、ハンマー食らうのも、目に見えている。
「はぁぁぁ~………」
そんなワケで、またため息がこぼれるのだった。



そうこうする内にも、光陰矢の如し……と、昔の人はうまいコト言ったもので、
気がつきゃ今日は3月14日の、ホワイトデー当日となっちまった。
特に何を用意してるでもなく、特に何をねだられたワケでもなく。
このまま気付かないふりして、スルーってのもひとつの手か、と思うものの、
さすがにそれは、なけなしの男のプライドが許さなく。
えぇいっ!!こうなりゃ当たって砕けろだっ!!と、
リビングの観葉植物に、鼻歌まじりに水をやる香の背中に、わざとらしく「こほん」と咳込んだ。



「あー……。香?」
「……ん?なぁに、リョウ」
くるりと振り返った瞬間に、やわらかな茶色い髪が、ふわりと揺れて。
中性的な顔立ちの中、意外に長いまつげに縁取られた茶色の瞳が、俺の大好きな笑顔に色を添えた。
……やべっ。俺ってば、何、ときめいてんだろ///
「……なぁに?リョウ」
「い、いや、その……今日はホワイトデーだろ?
特に何って、思い付かなくて、さ。お前、何か欲しいモン、ねぇの?どっかメシ、食いに行くか?」
妙に意識しちまったのが照れ臭くて、思わず視線を外して、ぽりぽりと頭をかいてみたりする。
……あぁ、まったく、らしくねぇっ///
もうどーにでもしやがれと、半分やけっぱちになってた俺に、香は小首を傾げて、じっと見返すばかりで。
大きな瞳がぱちくりと瞬くのを見て、こちらも妙に緊張しちまった。



「……どうなんだよ。何かねぇのか?」
「リョウ……そんなコト、考えてたの?」
思いがけない返事に、ソファの舳先をとんとんと叩いていた指先が、ふいに止まった。
「……へっ?」
「なぁに?私が気にしてるとでも思ってたの?」
「そっ……そりゃぁ。だって、おま……」
「あのね?家の家計見てたら、そんなモン、何にも期待しちゃいないでしょ。
始めっから何か貰えるなんて、思っちゃいないわよ」
「……………」



ふんっと鼻息荒く、仁王立ちする香。
あまりにバッサリと斬られたモンで、俺としちゃぁ返す言葉もありゃしない。
だが……それじゃぁチョコを貰いっぱなしの、俺の立場ってぇモンが無いだろう?
さすがにそれじゃぁ、男が廃るってモンだ。
「そっ……そりゃぁ、確かにウチにゃぁ余分な金はねぇけどさ。じゃぁ、せめて掃除とか、皿洗いとか……」
まだ言うか、と、引き下がらない俺に、きれいな柳眉をあげて、呆れ顔。
そして何かよいことをふと思いついたように、ふっと笑った。



「そうねぇ……。どうしてもって、言うなら……」
「……ん?何だ?何かあんのか?」
ぐいと顔を向ける俺にくすりと笑って、おもむろに瞳を閉じた。
「………へっ?」
頭の上をクエスチョンマークが飛び交う俺に、香がくすりと笑って目を開ける。
「欲しいもの……なんだけど?」



そして花がほころぶような笑みをよこして、「ん」と、こちらに顔を寄せて、瞳を閉じる。
ぷっくりとふくらんだ形のいい唇が、俺を誘うように軽く開いていた。
「……香……?」
その意味するところを察すれば、口角が楽しげに、ふわりとあがって。
色づいた唇からちらと覗いた朱色(あけいろ)の舌が、また俺を誘うようにうごめいた。



「……ったく。安上がりなお嬢さんだ」
形のいい顎に手を添え、唇を重ねれば、ちゅ……っと、春らしい軽やかな音がして。
ふわりと笑った茶色い瞳と視線をあわせ、互いの額をこつりと当てて、笑いあう。
そしてまた、昆虫が花に誘われるように、唇を重ねた。
やわらかな陽射しが、カーテンの隙間から二人を見守るように照らしていた。




END    2014.3.11