●イチゴ日和。●



珍しく仕事続きだった、我が冴羽商事。
厳しく寒い冬のような慎ましい日々を乗り越えて、
ようやく春らしい、穏やかな生活が訪れたってぇ感じだ。



とはいえ、日頃ゆるゆるとしていた生活をしていたところ
寒暖厳しい山間の中での仕事が続いたもんだから、
帰って来た早々、疲れがたまっていたらしい香が風邪をひいちまった。
毎日グダグダと生活してた俺と違い、帰宅早々、たまってた洗濯やら掃除やら、
空っぽの冷蔵庫を埋めるべく買い出しに出掛けたりとまめまめしく動いてたもんな。
これは少し、手の抜き方を教えないとってぇコトか。



そんなことを考えながら、香に促されて出向いた伝言板チェックは、相変わらずのなしのつぶて。
まぁ珍しくまじめに仕事しまくった後だから、仮にXYZが書かれていたとしても無視してたかも。
切羽詰まった”それ”なら話は別だが、文字面からその人となりや感情は読み取れる。
とりあえず、少しは休養したってバチは当たらないだろう。



「帰ったぞ~……って、起きてるか?」
寝ていると思い、玄関に続いて私室のドアをそろりと開けて小声を掛ければ、
思いの外、しっかりとした声が返って来た。
「……おかえり。伝言板、どうだった?」
「安心しろ、何もなしだ」
「それはそれで悲しいんだけど……こんな時だから、まぁ、いっか」
くすりと笑うが、ゆっくりと身を起こしたその肩がぶるりと震えた。
「ばーか、あったかくして寝てろ。咳は治まってきたようだが、まだ熱、あんだろ?」
「うん……ガラガラ声も治まって来たけど、時折、深い咳が…っ」
と、横を向いて俺から顔を背け、傍らにあったタオルで口元を覆い、げほげほと咳きこむ香。
小さな背中が苦しげに震えるさまが痛々しい。
「……大丈夫か?ほら、水飲め」
そう言ってベッドサイドに置いていた水のボトルを差し出せば、おいしそうに喉を潤した。



「タコも美樹ちゃんも心配してたけど、今は休養が大事だろうって、見舞いには来ないってさ」
「うん……その方がありがたいわ。もし移しちゃったら、それこそ申し訳ないし」
「で、教授んトコに顔出してみたんだが、あいにくとアメリカでの国際会議に行っちまったらしくて、留守だったんだ。
それで……それならって、留守番してたかずえちゃんから、特製風邪薬ってのを貰って来たんだが……」
「……いい。悪いケド、遠慮する」
かつて彼女の調合した薬のいろいろで散々な目を見て来ただけに、
こちらを思いやってくれてのこととはいえ、そいつを口にするのはためらわれる。
それが”特製”ってんなら……なおのコト。
「……だな。そう言うと思って、市販の風邪薬買っといた」
「……ありがと~」
ホッとしたように取り出したパッケージを開け、
用量を確かめながら手のひらに錠剤を落とす香に、慌てて声をかける。



「……あ、ちょっと待て。空きっ腹に薬は悪いだろ」
「え~……?でも、特にお腹空いてないし……」
「そういうと思ってな……ほら、これ食え」
そう言って、取り出したもうひとつのビニール袋を開ければ、甘酸っぱい香りが漏れ出した。
「うわぁ……イチゴ?しかもすっごく大きい……でも、どうして?」
「お前、風邪ひいたとたん、周囲のコトに無頓着になるな。今日は3月14日……何の日だ?」
「……あ、ホワイトデー?」
「……まぁ、そういうコトだ。実入りのいい仕事もあったことだし、ちょいと贅沢なメシでもと思ったが……」
「……ううん、イチゴがいい。これで十分」
透明のプラスチックケースから、一際大きな真っ赤な一粒を手に取って、
窓から差し込む光にキラキラ輝くイチゴを見つめるその瞳は、子供のように輝いていた。



「……っと、ちょっと待て。お前、意地汚いなぁ」
そのまま口の放り込んでしまいそうな香の指からイチゴを回収してケースに戻し、
ぷぅと子供のようにふくれる香の鼻先を摘まみながら、くすりと笑う。
「今、洗って来てやっから、待ってろ。ミルクとか砂糖とか、いるか?」
「……いい。それだけ大きかったら、かなり甘いよ、そのイチゴ」
「……だな。店の親父も、そう言ってた。じゃぁ、あったかくして寝てろ」
「はぁ~い」
部屋のドアを閉め、キッチンへと足を向ける。
昨日よりは良くなってきてるようで、それと知られぬよう、ホッと肩の力を抜いた。



ホワイトデーだのなんだのと言ったが、香はイチゴの意味を知っているだろうか……。
イチゴの花言葉は「尊重と愛情」、または「幸福な家庭」。
裏社会などと縁のないまま育ってきて、必死に俺について来る姿が愛おしい。
そして今や、一匹狼を気取っていたこの俺の、
大切な家族といえる存在になっている……唯一無二の、大切な存在だ。
「イチゴなんかであんな笑顔よこすなんざ……ホント、安いオンナだな」
心にもない軽口を叩くけど、窓ガラスに映ったその表情(かお)に……
得も言われぬほど幸せそうに微笑んでいる己の姿に、気まずそうに微笑み返した。




END    2019.3.20