●CANDY MOON●




「ほんじゃぁちょっと、行って来るわ」
そう言って、引き受けた少しばかり厄介な仕事の助っ人にミックを選び、二人して出掛けたのは先週のこと。
残された側としては、心に走る不安を隠しつつ、かずえさんと二人、
互いの部屋を行き交いながら、毎日のように愚痴をこぼしてた。
いわく、私(香)でなくミックと二人で出掛けたってのは、実は美女絡みの仕事なんじゃないか、とか。
今頃は私たちに内緒で、男どもでウハウハしてるんじゃ……とか、ね。
でもそんな愚痴でも言わないと、不安でやってけなかったってのが、正直な気持ちなんだけどね。



そしてそろそろいい加減、精神的にも限界かという、ある日の夕方。
ひょっこりと、ミック一人だけ帰宅したの。
その身体はうす汚れ、ひどく疲れては見えるものの、ケガひとつない姿にほっと安堵のため息をこぼしたのもつかの間。
続く後ろに誰もいないのをみとめた瞬間、私の瞳に雲がかかった。
「大丈夫だよ、カオリ。リョウは最後の細かいコト、片してから来るってさ」
「……そう」
それなら二人のお邪魔しちゃいけないし、リョウがミックと同じようなカッコで帰るなら、お風呂と着替えも準備しなきゃだし、と、
ちょっぴりさみしい心に蓋をして、急ぎ足でアパートに帰ったの。



けれどその日……夜更けになっても、リョウは帰らず。
どうしたのかな、何かあったんじゃ?でもミックは、たいしたことないって言ってたし……と、思いはめぐり。
心なしか深いため息をつきつつ、ベランダから外を覗けば、お向かいの窓はぴったりとカーテンが閉じられてて。
久方ぶりの熱い逢瀬を楽しんでいるであろう友人たちに、ふっと微笑みを浮かべつつ。
その反面、未だ帰らない男への妬みと、哀しい独り身のさみしさが身に染みる。
薄雲をまとったまぁるい月に、まだ帰らない想い人の姿を重ねて、小さく吐息をもらした。



「遅いんだから……もうっ」
「……ただいま」
ふいに背後から低い聞き慣れた声が降ってきて、振り返る隙も与えられず、そのまま後ろから抱きしめられた。
「……リョウっ!!」
「そんなに待ってたんだ?」
くすくすと楽しそうに笑いつつ、両腕はがっちりと私をホールドして、放さない。
私が振り返ろうともがくそれさえ楽しんでるようで、
くすくすと笑うたび、抱きしめられた背中に、細かな振動が伝わってきた。



「ちょっ……いい加減、放しなさいっ」
「やぁ~だね。待ちくたびれたカオリンをなだめてやんないと、あとでどうなるか怖いもん」
離すものかと、抱き寄せる腕がぎゅぅと力を増す。
と同時に、汗の臭いとホコリ臭さと……何より身近く感じたリョウのにおいに包まれて、身体の力がほぅと抜けた。
「べっ……別に、あんたを待ってたワケじゃないわよ。月の満ち欠けって遅いなぁって……」
言い訳にも程があるというのはわかってるケド、これ以上、まともな言い訳が思いつかなくて。
精一杯の強がりを見せる。
「ふーん……?まぁ、いいけどね」
後ろから抱きしめられ、その表情(かお)すら読めないけれど。
絶対納得してないってのが……にやりと意地悪そうに笑ってるらしいのが、その声音で知れた。



「もう……っ、わかったんならいいでしょ?ほら、汚いから早くお風呂入って……」
「んー……もう少し。今回はリョウちゃん頑張っちゃったから、エネルギー不足なのぉ~」
そう言って、ぎゅぅと力が増したと思ったその瞬間、首筋に感じる熱い吐息。
そしてそのまま、慣れたぬくもりが、私の感じるところを熟知した唇が、我が物顔でうごめいていくから……
思わず声がもれるのを、止められなくて。
「……んっ……」
それを耳にしたリョウが、にやりと笑うのを背中で感じた。
「そっかぁ~カオリンも“その気”になったんだ。ほんじゃぁ一緒に風呂、入ろーぜ♪」
と、反論する間もなく軽々と抱き上げられた。



「ちょっ……リョウっ?!」
せめてもの反抗にと、目の前の厚い胸板に拳を打ち付けるべく上を向いた瞬間、
ふいに近づいてきた微笑みに唇をふさがれて。
口の中に、ころんと甘さが転がった。
「ホワイトデー……遅れちまったけど、な」
「リョウ……」
帰らぬバカ男に気をもんだホワイトデーだったけど、時計の針は日付を越えてしまったけど……。
無事に帰って来てくれたなら、それだけでしあわせなの。
「……お帰りなさい、リョウ」
口の中、小さなキャンディの甘さを噛み締めながらそう言えば、
他の誰にも見せられない……私だけに見せてくれる、大好きな笑顔を返してくれた。




END    2015.3.14