●傷だらけのジュリエット●



香が姿を消した。
折しも3月26日、香が作った俺の誕生日だったから、多分あいつの大好きなサプライズで、
かくれんぼでもしているのかと思ったんだが……それもどうやら、違うようで。
朝の伝言板チェックに行ったまま、なかなか帰らず、
いったいどこで油売ってやがんだと、タバコをふかしながら新聞をめくる俺の横で、
香の知らない、もっこりちゃん専用の携帯電話がピリリと鳴った。



「……すまん、リョウちゃん。香ちゃんが……っ!!」
馴染みの情報屋の上擦る声に瞬時、眉間に皺が寄る。
興奮しているのか、間に入る息切れが耳障りなまでに聞きづらいのに苛立つのを我慢して。
肩で携帯を支えながらジャケットを羽織り、靴を履くのももどかしく、脚を押し込むように玄関を出た。



「人あたりのよさそうなヤツだったんですよ、まんま、道を聞くような素振りだったから……」
「香姉さんは優しいから、人から声をかけられやすいよなって、そう目を合わせてる間に……っ」
「"きゃっ"て、声がしたと思ったら、車のドアが勢いよく閉まって、そのまま物凄い速さで走ってきやがったんだよ」
アパートの前に集まったヤツらは興奮しまくりで、口角を飛ばし、
口々に煩いまでにその時の状況を身振り手振りを交えて伝えてくるが、
目の前で香を拉致られたのが口惜しいらしく、ヤツらの口元はギリと音がするほど噛み締められていた。



「落ち着け……あいつの服には、発信機がつけてある」
ガレージまで一足飛びに降りて、ポケットから愛車のキィを取り出そうとするが、
らしくもなく指先が思うように動かないのに、小さく舌打ち。
そうこうする間にも、香が掠われたのを聞き付けたヤツらがわらわらと押し寄せて来た。
みな香の身が心配なのはわかるが、正直、耳元でがなるのが煩わしい。
そんな些細なコトを気にするのは気が立ってるからなのかと、己のらしくなさに唇を噛んだ。



運転席に乗り込み、受信システムを作動させれば、新宿の街中をのろのろと動き回る赤い点滅。
道に迷っているのか、何か考えがあってのことかはわからんが、
その動きの緩慢さから、どうやら敵は新宿に詳しくないようで。
そうとなれば、自分の庭先から出させるような真似をしなくてもよさそうだ、と、ホッと小さく息をこぼしたのも束の間、
ポケットのタバコが空なのに気付き、忌ま忌ましげに舌打ちをした。



「ヤツらの車は品川ナンバーの黒のワゴン、横っつらに擦ったような長い傷がついてて、窓にはスモークがかかってたよ」
馴染みのヤツらからの情報を片手に、小さく点滅する灯りを追ってハンドルを切る。
よりによって、何も今日この日に、こんな騒動に巻き込まれなくても、と、思わず窓の外を上げ。
雨になりそうにない穏やかな雲の流れにそっと安堵の息をこぼし、
ハンドルを握る指先に力が入るのを止められないまま、逸る気持ちのままにアクセルを踏み込んだ。



街中をぐるぐると明滅する灯りを追い、どうにかヤツらのアジトらしい古びた雑居ビルに辿り着いた。
懐から頼もしき相棒のマグナムを取り出して気配を殺し、
ドアのひとつひとつを息をひそめて静かに開けていけば、とある扉を開けた瞬間、
「うりゃぁ~っ!!」というドでかい叫び声と共に、折りたたみのパイプ椅子が吹っ飛んできた。
「……香っ?!」
「……リョウっ!!」
寸でのところで避けたパイプ椅子がガシャリと耳障りな音を立てて、背後の壁にぶつかった、その後に。
力強く握った拳を振り上げて突進してきたのは……誰あろう、香だった。



「リョウ?ホントに?なんで……っ」
「お前こそ……って、ヤツらは?」
突然の香の登場に度肝を抜かれつつ、マグナムを構え直し、慌てて四方に目をやるものの、
ガランとした室内には古びたデスク以外には人ひとり、蜘蛛の子一匹、いなそうで。
「なんか近くのビルに親玉がいるとかで、出てったのよ。
あの椅子に座らされて縛られてたんだケド、そのまま黙ってるのも癪だと思って」
だから……とばかり、袖口に仕込んであった針金を弄びながら、へへっと笑う。
「あいつらもバカよね。身体検査も何もしないで縛ってくんだから。
天下のCITY HUNTERのパートナーが、何もしないでのんびりと待ってられるかっての」



ふふんと自慢気に鼻先をこするけど、その指先もその頬も、埃だらけ。
手首・足首には、痛々しいまでのロープ跡。
頬からこめかみにかけてうっすらと赤みを帯びているのは……ヤツらに殴られたせいか。
野郎……と、思わず視線が鋭くなるのを勘違いした香が、殊更申し訳なさそうに視線を反らす。
「ごめんね、リョウ。私……また、ドジ踏んじゃって。しかも今日は、リョウの誕生日なのに……」
悔しげに唇を噛む姿がいじらしくて、落ち込む肩をそっと抱き寄せた。
「……いや、よくやった。お前が無事なら、それでいい。それに……」
「…………?」
「約束だろ?誕生日は一緒に過ごす……って。まだ日付は変わっちゃいない。それで充分だ」
「……リョウっ!!」



飛び込んでくる柔らかな身体を抱き留めて、
甘い匂いのする温かな身体が今、腕の中(ここ)できちんと息づいていることを改めて確認した。
「……とにかくズラかるぞ。あとでヤツらには、それ相応の見返りを受けてもらう」
この街でCITY HUNTERに逆らえば……俺のパートナーに手を出せばどうなるかってコト、
その身をもって、しっかりとわからせてやろうじゃないか。



頷く香を先に立たせ、周囲に気を配りながら先へと急ぐ。
香が作った、俺の誕生日。
二人が出会い、そして再会した、二人の記念すべき今日この日が終わるまで、まだ数時間。
誰に感謝するってぇわけでもないが、香と二人。
ともに今日この日を過ごしていけることに知らず、口元をほころばせながら、
二人の帰りを煩いまでに待っているであろうヤツらであふれる、俺たちへの街へと車を走らせた。




END    2016.3.25