●春の街角●



温暖化と言われつつ、気付けば身を縮ませるばかりの寒さが続いてたような気がしたけれど。
ようやく吹き付けるような北風も落ち着いて、肩の力を抜いて街中を歩けるようになってきたと思ったら、
いつの間にやら、季節はホワイトデーとなっていた。



相思相愛の誰かさんが姿を消してからというもの、特に今日この日を意識するコトはとんとなくて。
署内のおやつがわりと家族向け以外には、街中で尻尾を振りつつ、金髪碧眼の悪友と、もらえるチョコの数を競争するバカな男……
仕事の時はえらく頼りになるクセに、それ以外ではどうしようもない友人に、ほんの気持ちばかりのものをあげてるくらい。
もちろんお返しなんてもらえるハズもなく……もとからこれっぽっちも、気にしちゃいないんだけどね。



一方の新宿の街中も、気づけば身を寄せ合うようなカップルばかり。
ホワイトデーのデートなのか、そちこち、どことなくざわめいて。
そして顔見知りの情報屋とかまでが、何だかそわそわとした顔でうろついていたりする。
「あぁ……どうりで、ね」
それはどこまでも愛想よく、周囲の細かいところまで気働きのいい香さんのせい。
えらくヤキモチ妬きの誰かさんだけにしておけばいいものを、
街中で親しくしてる情報屋や、誰かさんのツケを大目に見てもらってる繁華街など。
お義理の義理の、またその先にまで気を配るから……。
そしてそれが、嫌々ながらのお義理ではなく、心からの笑顔とともに手渡されたりするモンだから。
街のみんなはいろいろと勘違いして、浮足立っちゃうのよね。



むろん、彼女の胸に住まうただ一人の、最強の誰かさんに勝てるハズもなく。
そもそも、その誰かさんへの香さんの深い愛情を知っているから、立ち向かうようなバカな真似をするコトもないんだけど。
それでも香さんからチョコをもらったコトがうれしくて……なにがしかの御礼がしたいという気持ちは、とめられなくて。
ホワイトデーの今日この日、香さんがいつもの伝言板チェックに来るのを、今か今かと待ち続けている人でごった返していたみたい。
そのくせ、いつも定時に見回るハズの伝言板チェックにも、花のようにほころぶ笑顔で歩く姿も、街中のどこにも見当たらなくて。
街のみんなが香さんを探して、ざわめき立っていた。



カララン……と、来店を合図するカウベルの音が、春の空気にどこか柔らかく響く中、
悪友たちの集う喫茶店に足を向けても、いつもの二人の姿は見当たらなかった。
「こんにちは~」
「あら冴子さん、いらっしゃい」
「……いつものでいいのか」
「えぇ、お願い」
相変わらず無愛想な店主にくすりと笑いながら、いつもながら魅惑的な微笑みを浮かべる美樹さんに声をかけた。



「今日はリョウたち、まだ来てないのね」
「えぇ。さっき香さんから連絡があって、何だか冴羽さんが熱出したとかで、今日は一日、家にいるらしいわよ」
「熱ぅ~?あのリョウが?はぁ……ん、珍しいコトもあるものね」
「……鬼の撹乱、だな」
香り高いコーヒーを差し出しながら、私たちの会話を聞いてないようでしっかりと聞いていたファルコンが、ぽつりと言った。
「……まぁ、本当のトコロはどうだか知らんが、ある程度はあいつの計画の内だろう」
「……計画?」
ヤケドしそうに熱いコーヒーを口に含みながら首を傾げれば、楽しそうにくすくすと笑う美樹さんが後を引き取った。



「ほら……今日はホワイトデーでしょ?」
「えぇ……それが?」
「香さんていい意味で、誰構わず愛想振り撒きの人じゃない?
新宿の街中の、知り合いみ~んなに挨拶したり、こないだだって、普段の挨拶と同じように、み~んなにバレンタインのチョコを配ったり。
それが冴羽さん的には許せないんでしょうね、先月のバレンタイン、眉間にもンのすごいシワ寄せてたもの」
「あぁ……」
それはわからないでもない。
何たって香さんと言えば、ある意味、天然に近いトコロがある人だ。
惚れた女がバレンタインに、いくら義理とはいえ、自分以外の男たちに、たくさんのチョコを配り歩くなんて……
男の機微なんてモノ、これっぽっちも考えたコトなどないのだろう。



「ヤツとしては、今日だけは香を拘束しときたかったんだろう。
何たって街ン中にゃ、チョコのお返しを渡そうと香を待ち構えてる輩であふれてるんだからな」
「今日だけは、自分だけの香さんでいて欲しかったのよ。
ふふ……口下手な冴羽さんには、こうするしかなかったんでしょうけどね」
くすくすと笑いながらサービスのクッキーを差し出してくる美樹さんは、いたずらっこを見つけた母親のように楽しそうで。
一方のファルコンも、にやりと口元を緩めていた。



「なるほどねー。誕生日やクリスマスのプレゼントなら遠慮されるかもしれないケド、
チョコのお返し……なんて言われたら、拒否する理由もないものね」
「そこがヤツらの抜目ないトコロであり、あいつ的には許せないボーダーラインなんだろう」
同じくらい長い付き合いとはいえ、それはさすがに男同士でわかりあえるトコロがあるのだろう。
ふむと、わかったように小さく頷くファルコンに、美樹さんと二人、笑いながら肩をすくめた。



「じゃぁ今日は、下手にお見舞いなんていかない方がよさそうね」
「そうね、明日にはいつもどおり、ピンピンした姿で歩いてるでしょうから?」
「そしてまた下手なナンパして、香に追っ掛けられてるんだろう」
その姿がありありと見えるようで、美樹さんと二人、あちゃぁ~……と頭を抱えた。
香さんも苦労するケド、その迷惑かけてる件の男は、決して彼女を不幸にはしないだろう。
傍目からどう見られようと、二人仲良くやってるようだし……。
「まぁ、結局は相思相愛。犬も食わない何とかってヤツなのよね」
くすりと笑う小さなため息を、来客を告げるカウベルの音が軽やかにさらっていった。




END    2016.3.14