●secret chocolate●



「前から言ってたけど、明日はショーの打ち合わせでお昼前から絵梨子が来るからね」
そう宣告されちゃぁ、らしくもなく早起きして、朝からアパートを飛び出すしかないだろう?
頼み事ひとつのつもりが、ふたつになった……なんてのは、まだかわいい方で。
そのひとつがとてつもなく厄介で……なんてのが、常なんだから、
まだもっこり請求出来る冴子の方が、マシだってーの。
絵梨子さんにもっこり請求しようものなら、すぐに香に筒抜けで、
スマキだのハンマーだのこんぺいとうだの、どんな仕打ちが返ってくるか、わかったもんじゃないよな。



「ほんじゃちょっくら、出掛けて来るわ~」
「……あら、お昼は?」
「ん~……タコんトコあたりで、適当に食って来る。絵梨子さん、夕方くらいまで居座るのか?」
「居座るって……まぁ、それくらいかかるかしらね。いってらっしゃい」
常ならなにごとかのお小言を食らいそうなモンだが、今日はさすがに静かに送り出される。
絵梨子さんの依頼はいつもすったもんだだから、香も見逃してくれてるのかと、肩をすくめて雑踏の中へと繰り出した。



「あら……冴羽さん?」
立春を過ぎたとはいえ、未だ寒風吹きすさぶ中。
美樹ちゃんにしつこく言い寄りすぎたのが祟ったのか、メシを食ったらすぐタコのヤローに追い出され、
ちっと舌打ちしながらも、頑張ってもっこりちゃんに声を掛けてた俺の背中に、よく知った声がふりかかった。
「……絵梨子さん?なんだ、もう打ち合わせ終わったのか?それともまさか、これから……?」
おいおい、ンな長く掛かるのかよと、軽いめまいにも似た症状に陥った俺に、絵梨子さんが小首を傾げて返事を返す。
「打ち合わせ……って、何のコト?」
「……へっ?今日はウチで、次のショーの打ち合わせすんだろ?だから逃げて来た……って、ごにょごにょごにょ」
思わず口を突いた言葉に慌てて視線を反らせば、絵梨子さんはますます不思議顔。
そして、「……あぁ!!」と、納得したような笑みを浮かべた。



「ねぇ冴羽さん?その打ち合わせ……って、香が言ったんでしょ?」
「……あ、あぁ……」
「で、冴羽さんは私が来るからって、慌てて逃げ出した……と」
「……ん~そのぉ~……」
「そしてショーのコトになると何も見えなくなる私が居座るであろう日中、
夕方くらいまでの時間を、今日はどうにかして外で時間をつぶそうと思った……」
「……ま、まぁな」
「……やぁだ、冴羽さんたら。あなた香に、まんまとやられたわね♪」
「……へっ?」



くすくすと笑う絵梨子さんは、おかしくてたまらないとばかりに、
しまいには街中のいい歳こいたオバちゃんよろしく、俺の背中をべしべしと叩きだした。
「……もうっ、にぶいのね。冴羽さん、今日は何日?」
「……んぁ?今日は2月13……」
「……ね?明日は……ほら、例の日よ♪」
「……ほへ?」
13日の次は14日で、2月の14日といえば……ん?
「……バレンタイン……?」
「そうっ!!やぁだ冴羽さん、もしかして完全に忘れてたの?」
忘れてたもなにも、絵梨子さんという厄介ごとから逃げるのに必死だった……なんて本音を言ったら、
この人いったいどんな顔するんだろうな。



「だからね?香としては、チョコの準備をしてるトコを、冴羽さんに見られたくなかったのよ。
それでなくたって、寒さから街中にもっこりちゃんが少ないとか言って、冴羽さんたら引きこもりだっていうじゃない。
冴羽さんに内緒で準備したい香にとっちゃ、そりゃぁ迷惑な話しよね」
「……は、はは……」
確かにここんトコ、寒さ続きでもっこりちゃんもガードが固く、なかなかナンパが成功しなくてアパートで腐ってたのは事実だが……。
だからって、何も絵梨子さんをダシにしてまで話しを作るか?



「……怒らないの。これも冴羽さんを想う、香の心なんだから。
一緒に暮らしてて、それでも内緒にして渡したいなんて……それだけ想われてるんだから、幸せ者と思わなきゃ。
そんなかわいい香の乙女心、わかってあげてちょうだいな♪」
「あ……あぁ……」
くすくすと笑いながら人の背中をぺしぺしと叩く姿は、お節介おばちゃんにしか見えなくて……とは、
たとえ口が裂けても言えやしないが、俺に気どられぬよう、秘密にしたかった香の気持ちもわからなくもないし。
俺の苦手とする絵梨子さんを盾にした気持ちもわかる、となりゃぁ……ため息しかないだろう。



「でも私を隠れみのにしたくらいなんだから……香ったら、相当手のこったコトしてるんじゃないかしら?
ふふふ……これは楽しみね、冴羽さん♪」
目元・口元、ともににたりと上げて笑う姿は、まさに悪魔の微笑みで……
明日のバレンタイン以降、問い詰められるのは必定のようだった。
あぁ……俺のまわりには、どうしてこう悪魔的な女の子ばっかなんだろう。
前世なんて信じちゃいないが、何かよほど悪いコトでもしたんだろうかと、疑いたくなっちまう。
でもまぁ……たった一人、かけがえのない彼女がいてくれるのならば、
この世も捨てたモンじゃないのかな、と。
未だにたにた笑いの絵梨子さんをよそに、そっと口元を緩めるのをとめられなかった。




END    2018.2.11