●桜幽玄●




淡く色づく花びらが、夜風にはらりと舞い落ちる。
風の吹くまま、流れるままに、薄く頼りない花びらが舞っていく。
桜の花は、どうしてこうも、もの悲しいままに散っていくのだろう……。



「圧巻……だな」
「うん、そうだね……ホント、すごい」
どっしりと地に根を張る、大きな大きな桜の木。
その武骨なままの姿とは正反対に、伸びゆく枝々には淡くきれいな薄紅の桜がたわわになって。
細い枝先に咲くところは、重たげに枝をしならせるほど。
そして少し冷え込んだ夜風に舞って、花びらがはらはらと舞い散るさまは……まさに幽玄。
この世のものとは思えないほどの美しさに、リョウと二人、しばし言葉を忘れて立ちすくんだ。



「まぁどうせなら?ここに酒があれば、文句も無いんだけどな」
「……バカ言わないの。こんなきれいな桜の前で、お酒なんて無粋でしょ。
ただただ、自然が見せてくれる美しさに、ありがとうって思わなくちゃ」
腕を組み、ふんぞり返るように桜を見上げる相変わらずのリョウの頭を、軽く握ったゲンコツでポカリと叩く。
普段、新宿のごみごみした街中で過ごしていることも、時に命の危険に見舞われながら生きていることも……。
そんな日常のすべてを忘れさせてくれるほどに、夜風に舞い散る桜は美しかった。



「それに、今はそんなコト言ってるヒマ……」
「香さぁ~ん?冴羽さぁ~ん?休憩時間は終わりよ~」
言葉にならないほど美しい夜桜の前で、妙にしんみりとしていたリョウと私の背中に、美樹さんの無情なまでの声が降りかかった。
「……タイムリミット……か」
「……うん……そうだね」
二人、思わず肩をすくめて苦笑を漏らせば、続いて海坊主さんの野太い声が響き渡った。
「……リョウっ‼‼いつまでもサボってんじゃねぇ。早く仕事に戻れっ‼‼」
「……ったく、タコのヤツ、情緒ってモンがねぇなぁ……。
わーってるよ、うるせぇんだよ、タコっ‼‼」



そう……ここは新宿の桜の名所たる、新宿御苑。
折しも季節はほのぼのとした暖かさに見舞われて、桜は満開。
日中はものすごい人だかりだったんだけど……さすがに今は閉苑後で、人っ子一人おらず、ひっそりとしていた。
そんな中、何故私たちがいるのかといえば……すべては冴子さんからの、お達しだった。
「あのねぇ、あなたたち?確かに新宿の街をテロリストから守って……戦場にしないでくれたのは、ありがたいんだけど。
だからといって、これを放っておけるワケはないでしょう……?」
最新AI武器の威力を見せびらかすように、新宿の街でドンパチを仕掛けてきたのは、幼馴染だった御国さん。
昔はあんなに素直な笑顔を見せてくれてたのに、どうしてあんな風になってしまったのか……
それはもう、いまとなってはわからないし、知りたくもない。
そしてリョウはその敵に見事に打ち勝ったんだけど……その戦闘の場となったここ、新宿御苑は、見るに堪えない姿となった。
「幸いにも、桜の咲くエリアは被害を免れたからいいけれど……
これから新緑の季節になったら、木陰で涼む人も増えてくるでしょう。
それまでに、見るも無残になった枝葉の剪定と、このデコボコの地面をどうにかしてちょうだいねっ♪」



そう言って、冴子さんに大きなシャベルやら土を運ぶ一輪車やらを用意され、
リョウと私、そして海坊主さんと美樹さんのペアに別れ、”改修工事中に着き立入禁止”と区画された中、
夜な夜な復旧作業に追われる日々を送っているの。
「やれやれ……あとどんくらいだぁ~?」
「うーん……だいぶ落ち着いたから、あと数日ってトコロよね。あぁ、長かったわ~」
冷え込む夜半、コートだの防寒対策をしっかりしてたのは、はるか遠い昔かと思えるほどに、今は深夜を回ってもほの暖かい。
ホント、春だなぁ……と、しみじみ感じる季節になった。
「あのね、リョウ……毎日こんなんだからさ、そのぉ……今日のリョウの誕生日……」
「……わぁーってるって。冴子にこき使われて、日中は死んだように眠ってる毎日だもんな。それどころじゃねぇだろ。
まぁ、あと数日ってトコみたいだし……お前の誕生日に、一緒に何かうまいメシでも食いに行くか」
「ありがたいけど……それでいいの?」
忙しくても、毎年何かしらのお祝いをしてきただけに、今年はそれが出来なかったのが悔やまれる。
そんな私の気持ちを察してか、リョウからあたたかな笑みが返された。



「あぁ。今日のトコロは、二人で花見が出来たってコトでいいんじゃね?
それに……一緒に過ごすこと……だろ?」
「……うんっ‼‼」
リョウから向けられる笑みひとつで、こんなにも浮足立ってしまうんだから、情けない。
でも、それが何よりの幸せだと思えるのも……本当のコト。
とりあえずは、この広い新宿御苑を、街のみんなに愛される本来の姿に戻してあげなきゃ。
そしてまた、リョウと新しいスタートを切れる春になれますように……。
そんな願いを込めながら、山ほどの土を乗せた一輪車を、よいしょと押し上げた。




END    2019.3.26