●スタートライン●



クロイツ以来、久しぶりに大きな組織を相手にしてのドンパチの結果。

肋骨3本の骨折に銃創5発という手土産を引きずって帰り、教授宅に強制入院。
ここ数日で熱も引き、ようやく人心地つくことが出来るようになった。



「………リョウ?」
音を立てないようにそっととはいえ、ノックもせず無遠慮に部屋へ入ってくる図々しさに苦笑する。
未だ力の入らない身体をベッドにもたれさせながら、「…起きてるぜ」と、返事をすれば。
それでも少しは心配していたのか、その目元に走っていた緊張感が和らいだ。



「よぉ……生きてたか」
「まぁ……な」
「………ったく……相変わらず、運のいいヤツだ」
手近なスチール椅子を引き寄せて笑いながら、負け惜しみとばかりの捨てゼリフを吐くミック。
その変わらない性格に、生きて帰れた喜びを噛み締める。



「正直………」
「…………?」
「今回ばかりは正直……もう、ダメかと思ったよ」
いつになく弱気なセリフに、俺自身、驚いて。
そしてそれ以上に驚き、その碧眼を大きく見開いた悪友がふっと笑った。
「ふ……ん?カオリを悲しませないように…って、神様の思し召しだったってか?」
「…………さぁな」
こんな仕事をしている俺たちが、神なんてモノを信じているワケも無くて。
それを知っててのこのセリフに、互いに視線を合わせ、苦い笑みを浮かべ合う。



「それで………リョウ?」
「……………?」
「死ぬかもしれない………そう感じた瞬間(とき)。お前の頭に、何が過ぎった……?」
生と死の狭間を渡り歩いて来た俺たち。
そんな中でなんてモノを、一瞬たりとも感じた方が負けで。
常に生き延び、戦い続けていくために、心の中から抹殺したもの……それが、死への恐怖だった。
それが今回のコトで、その抹殺したはずの感情をまざまざと感じ。
あまつさえ、もうダメかと思った俺……。
スイーパーを廃業したとはいえ、まだまだコッチの世界に生きる男として。
その心に過ぎったものを、参考までに聞いておきたい………そんなところか。
そんな図々しい悪友に苦い笑みをこぼしながら、
そんなコトを素直に話し合えるヤツの存在を、ありがたいものと感じた。




「もうダメかと思った時…………」
「………………」
「今まで言いたいコトを何ひとつ言えず、伝えたいコトを何ひとつ伝えられない。
後悔ばかりの人生だったな………って、さ」

「……………そう、か………」
「…………あぁ……………」



危ない橋を、幾度となく渡って来た俺の人生。
恐れるものなど…後悔することなど、何ひとつ無かったクセに。
これが俺の人生の最後の瞬間になるかもしれない……そう思った瞬間(とき)。
心に浮かんだのは………ずっと傍にいた、彼女への想いだった。



二人の長い沈黙を、ミックのため息が破る。
「……じゃぁ、話は簡単……だな?」
「…………んぁ?」
「こうして今、生きることを許されたのなら……するべきコトはひとつ……だろ?」
「……………………」
「もうすぐココに、カオリが着替えを持って来るコトになってるんだ。
これ以上、後悔したくなけりゃ……そこで覚悟を決めるコト、だな」

「ミック…………」
「………ん?オレって、いいダチ……だろ?」
そう言って、おどけたウインクをよこす。
かつてはパートナーとして組み、ともに死線を越えてきたからこそ、互いの気持ちを分かり合える……。
そんなヤツの存在が…思いが、ありがたかった。
「…………サンキュー、ミック……」



程なくして、ミックの言ったとおり、着替えの入った紙袋とお見舞いの花を手にした香がやって来た。
ヤツから俺の状態を聞いたのか、熱で朦朧としてた意識の中、
心配そうに俺を見つめていた表情(かお)とは違い、ホッとしたような、穏やかな笑みを浮かべていた。

「リョウ………大丈夫?」
「あぁ……今回はお前にも、ずいぶんと心配かけたな。……すまん」
「そんな……リョウが無事に帰って来てくれた……それだけで、私は十分よ」
「香…………」
「……ふふ、なぁ~んてね/////」
珍しくその心から素直に出た言葉だろうに。
香は照れて、その言葉尻をいつものように軽く流した。



「今回ばかりは…………」
「……………?」
「今回ばかりは……正直、もうダメかと思ったよ」
「…………リョウ!!」
「これで死ぬかもしれない……そう思った時。
俺の人生はチャランポランで、後悔ばかりだったと、改めて思ったよ」

「そ、そんな……。リョウはいつも、自信満々で。
そ、そりゃぁ確かに、もっこりばかりだったけど、仕事はいつも確実で……」

「そんなコトじゃぁ無いんだ」
「……………?」
「そんなコトじゃぁ無いんだ。お前のコトだよ、香……」
「………わ、私………?」



何時に無くマジな瞳を逸らすことなく、これまたマジな話を口の端に上らせる俺に。
香の表情に、戸惑いの色が浮かぶ。



「槇村から託された大事なお前を……こんな、汚い世界に引きずり込んじまった」
「そんな……これは、私が望んだコトだもの。リョウのパートナーとして、リョウの傍にって、私が……」
「そして……お前の気持ちを知りながら、ずっと気づかないフリをしてきた……すまないと思ってる」
「………リョ………」



二人がともに避けてきた……見て見ぬフリをしてきたコトに触れて。
香の頬が赤く染まる。
「死ぬかもしれない……そう思った時。お前の顔が浮かんだんだ。
そしてお前の気持ちに応えてやらなかったコトを、ひどく悔やんだ。

俺はこのまま死ぬかもしれない………。だが、もし万が一、助かることが出来たら。その時は………」
「…………その時……は……?」



互いの視線が、絡まり合って。
言葉にしなくても伝わる、息も出来ないほどの熱い何かを、その中から読み取る。



「その時は……俺のガラじゃぁ無いが。素直になってみるのも、悪くは無いか………って、ね」
「………リョウ………」
頬を染めた香に、隠し切れない照れくささを残して、ふっと微笑んで。
その細い腕を掴み、何時に無く真剣なまなざしで、潤んだその大きな瞳をじっと見つめる。
「香………。俺は………俺、は……」
「………よ、リョウ」
「……………?」
「……いいよ、リョウ。私……その言葉だけで、十分だから。その言葉だけで…十分、幸せだから……」
「…か、お………」
「リョウがそう想ってくれてただけで……私は十分、幸せだから……」
大粒の涙が止めどなく、後から後から、上気した頬を伝う。
泣いてるくせに、その表情(かお)は美しく優しい笑みをたたえ、俺を見つめていた。



「香…………」
そんな香に、どうしようもない愛しさがこみ上げて来て。
握っていた手首を、くいと引き寄せる。
「あ……」とバランスを崩した香が俺の胸に手をついて、思わず顔をしかめた。
「…………っ、つぅっ!!」
「あっ!!……ゴメンっ!!」
慌てて飛びのこうとする香の腕を再度掴んで、今度はそっと、胸に抱き寄せる。
「………これくらい、大丈夫さ」
そしてそのまま、香は包帯の巻かれた俺の胸に頬を寄せた。



……と、胸に熱い雫を感じて視線を落とせば。
香の頬を伝った涙の粒がほろと零れ落ちて、胸の包帯を湿らせていた。
鼻先で優しく揺れる甘い匂いを放つ茶色のくせ毛を掻き揚げて、
想いの通じ合った者同士が通わせる、穏やかな笑みを交し合う。

そう………言葉にしなくても、俺たちの想いはちゃんと通じ合っている……。
心の奥底から、ほんのりとあたたかなものに包まれていく幸福感を噛み締める。
そして次に、互いが何を望んでいるのかをその瞳から読み取って。
二人……ゆっくりと瞳を閉じて、唇を重ねた。



香との甘やかな瞬間(とき)を過ごした後。
彼女と入れ替わるように、ミックのヤツが飛び込んで来た。
「リョォォォ~ッッッ!!!まったく、お前ってヤツはぁぁぁ~っっっ!!!」
と、叫びながら、軽くとはいえ包帯を巻いた胸や腹にジョブを食らわせてくる。
「……ってっ!!ミック!!ケガ人相手に、何しやがるんだ、お前っっっ!!!」
「お前がバカだからに決まってんだろっ!!あそこまで盛り上げといて、
何だって“愛してる”のひとことが言えないんだ、お前はっっっ!!!」

文句を言ったら、その倍の勢いで…そんなセリフとともに、またもや腹にパンチを食らった。



「い…っっっ!!!痛ぇよ、ミック!!ンなコト言ったって、仕方ないだろ?
香のヤツが、言わなくってもわかるって言うか……って、おい。ちょっと待て、ミック。
何だってお前が、俺たちの会話の内容を知ってんだよっ!!」

腹の痛みに耐えながら頭を働かせれば、どうにも腑に落ちないヤツのセリフ。
まさかと思って問い詰めれば、“今更何を言ってやがる”……というように鼻息荒く、
両手を腰に当てた、ふてぶてしい態度。




「ふん……っ!!ひねくれ者のお前の、一世一代の告白になりそうだったからさ。
記念にと思って……ホレ。ココに盗聴器を仕掛けておいたのさ♪」

そう言って、ミックはサイドテーブルに置かれた時計をひっくり返して。
隠していた“それ”を、これ見よがしにチラつかせた。
「おっっっ……おまっっっ!!!////」
「……で……な?隣りの部屋でテープに録音してたってワケよ。
なのにお前ってば、カオリの言葉に流されて。肝心の告白すら出来ねぇでやんの。
……ったく、情け無いヤツッッッ!!!」

「~~~~~っっっっっ!!!!!/////」



このバカ天使は、親友のような顔をして、平気でこういうコトをしてきやがる。
しかし、ヤツの仕掛けたのが盗聴器だけだというのに、少なからずホッとした。
例の………は、どうやら知られて無さそうだった。



「でも……よぉ、リョウ?」
「……………ンだよ」
「お前がカオリを抱きよせた後……何も喋ってねぇけど、何だか妙な雰囲気を感じたんだが……。
お前、カオリに何かしたのか?」

「………っるっせーよっっっ////」
スイーパーを廃業したとはいえ、その妙な感のよさに、自慢のポーカーフェイスが少し出遅れた。
それにヤツが気づいたかどうかは知らないが、「ふふ……ん?」と、楽しそうに笑って。
クルリと踵を返して、部屋の扉を開けた。



「お……おい、ミック……?」

攻めの一辺倒から急に態度を変えた、その不可解な行動にいぶかしんで声を掛ければ。
ニヤリと意地悪そうな笑みを浮かべて振り返った。
「お前に聞いたところで、ガードは固そうだからな。こうなったら直接、
嘘のつけないカオリに聞いてみるまでさ。じゃぁな~♪」

「~~~~~っっっっっ!!!!ミック、お前ってヤツは~っっっ!!!」
痛む身体を押して布団を跳ね除け、枕元に置いたままのマグナムの激徹を起こす。
…が、とたん、鋭い痛みが胸に走って、ベッドに倒れこんだ。
「………っっっ!!!」
「バーカ。ケガ人は大人しく寝とけって。さぁカオリ、今行くからね~っvvv」



部屋の扉を閉めた向こうから、さながらスキップでもしているような、軽やかな足音が遠ざかって行く。
あの嘘のつけない香が……先ほどの二人の甘やかな時を、果たしてどこまで隠し通せるか。
……い、や……。
それは無理な話だろう。
そうすると、残る答えはひとつっきりで………。
「………ったく。当分、表は出歩けねーな………/////」
これから起こるであろう、悪友たちの好奇の目と、遠慮という言葉を知らぬ質問攻めになるであろう日々を思って。
一際苦い笑みをこぼして、未だ痛む身体を、そろそろとベッドに横たえた。




END    2006.3.16