●その先に●



「だからぁ……ゴメン、て、言ってるでしょ?」
幾度となく謝罪の言葉を口にしたケド、リョウはずっと不機嫌なまま。
言葉もなく、ぷぅとむくれて、後ろの私を返るコトもしないで、黙々と前を歩いて行った。



コトの起こりは、依頼を終えての帰り道。
緩やかな山道の途中で、あろうことか車がエンスト。
ウンともスンとも言うコトを聞かず、さすがのリョウでもお手上げ状態。
CHの名に恥じるコトとはいえ、これじゃぁ致し方なしとJAFに連絡するものの、不運というのは重なるモノで。
あいにくとすべての車両が出払ってて、代車の用意も出来ないとのコト。
「それじゃぁコイツはココに放ったらかしか?俺たちゃ、どーすりゃいいんだ」
とリョウが詰め寄れば、携帯電話からか細い声が漏れ聞こえ。
「あのぉ……そこから山道下ったトコロに事務所があるので、こちらで鍵をお預かりします。
また、少し先に在来線の駅があるので、そこからお帰り下さい。
交通費はおって御自宅まで納車する際、お支払いいたしますので……」
これ以上、何を言ったって始まらず、ココでどうこうしたって何等始まるワケもなく。
「……ちっ……」と、忌ま忌ましげに舌打ちしたリョウが、面倒くさげにハザードを立てて。
何やらブツブツと悪態つきながら、バタンとドアを閉めてロックして。
「しょうがねぇ……行くぞ」と、有無を言わさず前を歩き出した。



「ちょっ……待ってよ、リョウっ!!」
先日の仕事中、かなり奮起してくれたミニは修理に出してて、今日の足は私の愛車フィアット。
どんな車だって乗りこなせるリョウだけど、やはりミニへの思いはひとしおらしく。
久々に遠出したフィアットが山中でエンストなんて起こしたモンだから、口にこそ出さないケド、かなり不機嫌……おかんむり状態。
それもこれも、日頃の私の管理不行き届きってコトになるワケで、どうにも弁明の余地は無し。
「あのぉ……エンストしちゃってゴメンね?」
「……………」
「車のメンテ、してなかったワケじゃないのよ?ただほら……このトコロ、珍しく依頼が立て込んだじゃない?
それで慌ただしかったっていうか、そのぉ……」
「……………」
「……ごめんなさい」
いくら言葉を重ねたトコロで、立て板に水……いやこの場合、種馬の耳に念仏。
とにかくどう言葉をつくしたトコロで、だんまり無口なコトにはかわりなく。
こちらとしては、その鉄壁を誇る大きな背中に、ただただ謝るだけだった。



「……リョウ?ホントに悪かったと思ってる……反省してマス」
「………もういいよ」
それまでこだまのひとつも返ってこなかった背中から、ふいに言葉が返ってきて。
空耳かとばかりに視線をあげれば、決まり悪そうなリョウの苦笑いとぶつかった。
「俺も大人げなかったよ。お前に腹を立ててたワケじゃないんだ。今回の依頼がどうも……な」
「あぁ、三千代さんのコト……」
「…………ん」
今回の依頼は、金貸しだった亡父が借金のカタに取り上げた"あるモノ"を、元の持ち主に返して欲しいというコトだった。
元の持ち主は、依頼人たる三千代さんの元婚約者。
当の質草は、贈られるハズだった婚約指輪となれば……裏に隠された内情は、かなり込み入ったモノ。
それに指輪の持ち主だった、三千代さんのかつての婚約者はすでに病死。
三千代さんも病魔に侵され、あと少しの命と聞かされたら……今回の依頼、何とも言えない、重苦しさばかりが残ってしまった。



「三千代さん、持ち主に返す……なんて言ってたケド、本当は最期に一目、会っておきたかったんだろうね」
足元に転がる小石を蹴りあげれば、我先にところころ転がり落ちていく。
それはまるで、先程三千代さんの頬を伝った涙のようだった。
「……だな。それが男も死んじまってたってんじゃ……やり切れねぇだろ」
「"仕方のないコトです、気にしないで"……って、無理して笑ってたケド。本当は辛かったろうね」
「………………」
もうこれ以上は何も言いたくないとばかりに、リョウがぶるりと首を振った時、
緩やかに続いていた山道が終わり、町の中央へと続くメイン道路が見えてきた。



「さて……と、これでやっとウチまで帰れるってか。……ったく、後々まで面倒臭ぇ依頼だったぜ」
JAFの事務所で所定の手続きを済ませて車のキィを預け、折よくホームに滑り込んできた電車に乗り込めば。
がらんと空いた車両のボックス席にどかんと腰を下ろしたリョウが、ふぅとため息をつきながら、対面するシートに足を伸ばした。
「ちょっ……リョウ!お行儀悪いわよ!!」
「誰も乗ってねぇんだ。それくらい、イイだろ?」
確かにオフシーズンの片田舎のせいか、人っこ一人いないケド。でも……。
「今更グダグダ言うなよ。お前だって疲れてんだろ?新宿までかなりあるし、このままじゃ、ケツが痛くなっちまう」
言うだけ言い放ったリョウは、好みの角度を得たとたん、気持ちよさそうに大きく伸びをした。
「……ほら……お前も。起きてたってしかたないだろ?遠慮せずに寝ちまえって」
まるで自分の家のように寛ぐリョウを、どうかとも思うケド。
それでも、普段歩き慣れない山道に、常とは違う筋肉が使われたのか、どことなく身体が重くって。
それでもリョウみたいに傍若無人には振る舞えなくて、失礼して"うーん"と大きく伸びをして、リョウの横にすとんと滑り込み。
やがて訪れた睡魔に、ゆっくりとその指導権を明け渡した。



何度目かの駅を出発した際、カーブがきつかったのか、思いの外大きな音がして、ふと目が覚めた。
「……ん……ココ……?」
乗り慣れない電車に、思わず"ココはドコ?"状態。
ぐるりと周囲を見回すけど、小さなビルがある他は、民家と木々ばかり続く車窓では、現在地を確認する術は何等見当たらなくて。
しばしキョロキョロしてる私の頭が、ふいに大きな手によってがっしりとホールドされた。
「……まだ先ゃ長いぜ。も少し寝とけ」
普段眠りが浅いせいか、リョウは一応、ココがどのあたりかは把握してるみたい。
「でも………」
と言葉を紡ぐけど、"いいから、いいから"と、まるで子供を宥めるように私の頭を抱え込み、その厚い胸板に押し付けた。
すっかりリョウの懐に包まれてしまったケド、その温もりが心地よくてホッと肩の力が抜けていった。



…でも……三千代さん、気丈な人だったな。
形見になっちゃったケド、あの指輪は、彼との強い絆を確認する確かな縁(よすが)として。
三千代さんがその生をまっとうするまで、彼の代わりに、ちゃんと傍にいてくれるんだろうな。
そう考えたら……何だかちょっぴり、羨ましい。
リョウと私も、そんな固い何かで結ばれてる……?
これから先、ずっとずっと、一緒だという証……。
そんな確かなモノは無いけれど、リョウを想う気持ちだけは、ずっとずっと変わらない。
リョウが私の前を歩いてる限り、私の進む道の先にいる限り。
私はずっと追い続けてくんだわ。



目には見えない長い長いレールが、ずっとずっと続いてる。
まだまだ先は遠くって、何も見えはしないのだけど。
その先がリョウへと続いてるのなら……たとえ石ころだらけの道だとしても、ひどく険しい道のりだとしても。
私はそのレールに従って、転んでも何をしてでも歩き続けてくから……。
だから……リョウ?それ以上、遠くにいったりしないでね……?



せめて今、どのあたりにいるのかくらいは確かめたかったケド、
依頼が片付いた安堵感と、山道を下った疲労感には勝てなくて。
がたんごとんと規則的な音と振動の中、すぅとリョウの匂いを胸いっぱい吸い込めば、とたんに訪れる心地よいけだるさ。
リョウの傍なら、何も怖くないと瞳を閉じて、とろとろと再び襲い掛かってきた睡魔に、ゆっくりと身を任せた。




END   2010.3.16