●白いドレスの女●



夕食後、コーヒー片手に愛読書を愛でるという至福の時間。

それを不粋にもけたたましいベルで打ち破ったのは、絵梨子さんからの電話だった。
楽しそうに話す香の横で、明らかに眉をしかめる俺に、香が苦笑する。
仕方ないだろ?絵梨子さんの電話は、いつだってモデルやら何やらの厄介ごとばかりなんだ。
たまにゃうまい話しのひとつでも持って来てくれっつーの。
シッシッとあからさまに"断れ"のサインを送る、その横で。
「……え?うわぁ~すごいじゃない。そういうコトなら、喜んで参加するわ」
と、香は嬉々と胸を叩いて電話を切った。


「……どーゆーコトかな、香クン」
あんなに"断れ"のサインを送ったってのに、満面の笑みで快諾たぁ、いったいどういう了見だ?
お前だって絵梨子さんにゃ、散々な目にあってんだろと詰め寄れば。
「あのね?今度の卒業講演に、絵梨子が選ばれたんですって」
「んぁ~?卒業講演?」
あ、そっか……と、学生経験のない俺にわかるように説明した香によると、
春、新たに社会へと巣立つ母校の卒業生たちに、すでに社会で活躍している先輩たちが
その卒業を祝い、エールを贈るために講演を開くコトを言うのだとか。


「……で?そいつに絵梨子さんが選ばれたってコトか」
「うん」
「それってすごいコトなワケ?」
「そりゃぁね。数ある卒業生の中から、社会で活躍してるって選ばれたんだから、名誉なコトよ」
「ふ~ん……?」
人の話しも聞かず、いつもひと悶着起こす、トラブルメーカーの代名詞とも言える、"あの"絵梨子さんがねぇ……。
「それでね?やっぱりデザイナーって職業だから、話しだけじゃ何だからって、簡単なショーをするんですって」
「ひょっとして、さっきの任せとけってのは、その……」
「うん。モデルの誘いだったの。母校に凱旋だもんね。親友として、私も助けになりたいじゃない?」
「…………」
呆れて物が言えやしない。
「高校からの夢を叶えて、世界的デザイナーになったんだもんね。絵梨子ってやっぱりスゴイ。
信じてれば夢は叶えられるものなんだって、卒業生たちにも、いい励ましになるわ~♪」
などと、子供のように目をきらきら輝かせてる香の横で、俺はそっと肩をすくめた。


「ほんじゃ、お友だち同士、仲良くやってちょーだいな」
厄介なドタバタ絡みでないなら、まぁいいだろうとソファに寝転び。
また愛読書に視線を落とした俺に、怒気を含んだ香の声が降り懸かる。
「何言ってんの。リョウも手伝うのよ?絵梨子んトコ、再来月にショーを抱えてて、てんやわんやなんですって。
だから講演会には、必要最低限のスタッフしか手が回せないんですって」
「はぃ~……?!(泣)」


絵梨子さんを敵に回して勝てるハズもなく、マネージャーというありがたくもない肩書の雑用係を拝命して。
絵梨子さんのオフィスから会場たる高校へ衣装や小道具などの運び込みやら、
空き教室を利用しての控室設置など、散々にこき使われた。
簡単な挨拶のあと、絵梨子さんは母校での思い出話しを交えながら、デザイナーを熱く夢みていた自分を語り。
いずれ世界進出するコトも視野に入れ、苦手だった英語にも力を入れたなど、その熱弁は優しい言葉でわかりやすく。
それでいて時折、失敗談などのジョークを交えたそれは、ガキどもの胸にもストレートに伝わったらしく、
講演は至って和やかに進んでいった。


「では、私の努力の成果を見て下さい」
ぺこりと絵梨子さんが頭を下げたと同時に、壇上にはきらびやかな衣装をまとったモデルたちが並び。
それぞれの衣装の特長やそれをデザインするに至った思いなどを述べていく。
中でもやはり一番人気は、ラストにウエディングドレス姿で登場した香だった。
学校の講堂というコトで丈の短い、かなりカジュアルな仕上がりの"それ"だったが、
かすみのような真っ白なウ゛ェールをかぶってゆっくりと歩いて来る様に、
講堂のあちこちから歓声と羨望のため息がこぼれ。
将来有望なもっこり予備軍のガキどもはまだいいのだが、
ニキビ面で盛りのついたガキどもやら、思わずゴクリと息を飲む男性教師どもには、正直ムカついた。


俺の手配がよかったのか、講演もショーも拍手喝采のもと、無事終了。
散々な雑用係の精一杯の楽しみとばかりに、ショーの後、もっこりモデルちゃんたちの着替拝見をと、
控室に忍び込もうとすれば。
すべてを見透かした絵梨子さんの命を受けたスタッフマネージャーの松田ちゃんに、
首ねっこ捕まえられて廊下に放り出されちまった。

「先生から目を離すなと、キツく言われてますので!!」
「しょ、しょんなぁ~……(泣)」
もっこりちゃんたちが着替え終わって控室を後にした頃、ようやく許しを終えて中に入れば。
「じゃぁ来た時同様、衣装と小道具たち、オフィスまでよろしくお願いしますね」
と、にっこり微笑んで、松田ちゃんも控室を後にした。


「くすん……リョウちゃん、さみしい……」
せめてもと、もっこりモデルちゃんの残り香を噛み締めながら衣装を畳んでいくけれど、
それも虚しくなって、作業途中でほっぽり出して。
「何だよ……くそっ」
と、部屋の片隅、窓から降り注ぐ日差しがまぁるいひだまりを作ってる場所に足を投げ出せば、とたんに睡魔に襲われて。
「ふん……知ったこっちゃねぇな」
と、そのまま惰眠を貪った。


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「じゃぁ、駐車場で」
「うん、わかった。後でね」
夢うつつの中、遠くに聞こえる会話を耳にすれば。
続いてガラリとドアが開いて、誰かがパタパタとスリッパを響かせながら、忙しなさげに室内に入って来た。
午後の強い日差しと、着替えスペースのために乱雑に端に寄せられた机やらの影になって、
どうやらむこうからは寝そべるこちら側は見えないらしい。
いったい誰だと思いながら、机の間から首を覗かせようとした矢先、聞き慣れた声が降ってきた。
「あぁ~っ!!リョウったら、全然片付けてないじゃない!!
仕事放ったらかしにして、いったいドコで何してるのよっ!!」


…………。
声の主を確認して、余計、出るに出られなくなっちまった。
講演もそれに続くショーも大成功の内に終わったのだが、
トリを飾ったウエディングドレス姿の香はやはり人気の的だったようで。
講演の後も絵梨子さん共々、デザイナー志望の女子高生やら、
世界的デザイナーを卒業生にもって鼻高々の校長やら教師たちに囲まれ、
引っ張りだこだったのだが、ようやく開放されたらしい。
積み上げられた机やらの間から覗き見れば、片手でふわりとふくらんだ裾を軽く上げ。
校内というコトで、ドレスに合わせて履いていたショー用のパンプスを脱ぎ、もう片方の手にした香。
その姿はまるで、舞踏会から逃げ出して来たシンデレラのようだった。
そんな姿に一瞬見惚れつつ、
"だいたい仕事って、何だよ。俺は絵梨子さんの下働きじゃないっつーのっ!!"
と、悶えてみたり。
そのクセ、それと文句を言えない我が身の辛さが身に染みた。


「……さて。とっとと着替えちゃおうかな」
そんな俺の気持ちも知らずに、何度経験しても気が張るというショーを終えた安心感からか、
香がうーんとひとつ、伸びをする気配。
どれ、ココはひとつ、向こうから死角になってるのをいいコトに、
イキナリ声を掛けて驚かせてやろう……と、変な悪戯心に火がついて。

くるりと背を向け、まったくの無防備となったその背中に声を投げかけるべく、
積み上げられた机の上から、ひょいと首を覗かせて……思わず、息を飲んじまった。
デコルテの大きく開いたドレスから、その細い首には少し重たげなネックレスを外し。
次いでチーという音と共に、襟元から背中へと続くファスナーが、白く細い指によって器用に下ろされていく。
そのファスナーを下ろす様すら艶めいてるのだが、
それに続いてあらわになった白い背中と、細く頼りない肩の美しさに、思わず言葉を無くしちまった。


音もなく、上質のシルクがきれいなドレープを描きながらストンと床に落ちたのをきっかけに、らしくもなく動揺。
思わず傍らの机に手をついた拍子、カタンと音を立て。
それに気付いた香が、「……誰っ?!」と、脱ぎ捨てたドレスで前を隠しながら振り向いた。
女としてはあまりに無防備な格好なのに、CITY HUNTERのパートナーとして、
変わらず強気な視線を向けてくるのが好もしい。
そんな中、掻き合わせたドレスを握る細い指が小さく震えてるのがいじらしかった。
「……誰っ?!」
少し怒気を含んだその声は、語尾がかすかに震えている。
降り注ぐ強い日差しに視界を奪われ、音の主を探して陰になったこちらへと目を細めるが、なかなか見つからない。
見つめてひそめる眉の先に、苛立ちが見てとれた。


「……リョウっ!!」
これ以上怯えさせちゃぁさすがに可哀相かと、机の合間をぬって姿を見せれば、
その特長たる大きな茶色い瞳をこの上なく見開いて。
俺の姿に安堵したて、強張る肩からふっと力が抜けたのもつかの間、すぐにギュッと強いにらみを返してきやがった。
「ちょ……っ!!アンタ、こんなトコロで何、油売ってんのよ!!」
「何って……ショーの後片付けだけど?」
「後片付けなんて、何もしてないじゃないっ!!」
周囲に取り散らかしたままのドレスらは、カバーもかけられないまま放置され。
アクセサリーやら靴を納めるトランクも、その大きな口をあんぐりと開けたままになっていた。


「だぁってぇ~……。リョウちゃん一人で、もう疲れちゃったぁ~」
「疲れた、じゃ、ないわよっ!!」
思わず普段通りにハンマーを召喚しようとして両手を振り上げた、その瞬間。
手にしたドレスがはらりと落ちて、ドレスに響かないようにと誂えた、きれいなビスチェ姿を披露するコトに。
「ひゅうっ♪香ちゃんたら、ナイス・サービス♪」
「……き……きゃぁ~っ!!」
己のあらわな姿に気付いた香が、顔を真っ赤にしてしゃがみ込み。
それでもドレスを引き寄せ、身を被いながらも、キッとにらみつけてくる。
「リョ……あんた……っ!!」
次にくるであろうお小言を聞く気も無いし、言わせる気もさらさら無く。
くるりと振り返って、傍らの桟に手を着き、そのまま外へと身を躍らせれた。


「ほんじゃね~香ちゃん。絵梨子さんによろしくなぁ~♪」
迫り来るハンマー第2弾を回避すべく、早咲きの桜に囲まれた校庭を一目散に駆け出せば。
「……リョウのバカー……っ!!」
というセリフと共に、恥じらいハンマーが飛んで来て。
足元に転がってきたそいつを寸でのトコロでかわして振り向けば、
舞い散る花ふぶきの中、窓辺の香が、片手でドレスをかきよせながら、拳をあげて叫んでいた。
「……ったく……せっかくのドレスが、台なしだろ」
色気も何もあったもんじゃない……とうそぶきつ。
"そのドレス……似合ってるぜ"
と、かつては素直に言えたセリフを、今は小さく呟いて。
一陣の風に目も開けられないほどの花ふぶきの中を、くすりと笑みをこぼしながら駆け出して行った。





END    2011.3.22