●孵化●



寄る辺ないみなし子を、手元に置いとくだけのつもりだったのに……

身の振り方がわかるまで、妹分として置いとくつもりだったのに。
ただそれだけの……俺の人生の上を、ただ通り過ぎてくだけの。
係わり合いなど、なんらもつハズのない存在だったのに……。
いったいどうして、こんなコトになっちまったんだか。



身近に第三者を置くことなど稀だった俺なのに、
香を手元に置いてからというもの、毎日がドタバタ。
人の生活のいちいちに干渉しやがって、やりにくいったらありゃしねぇ。
それなのに、気付けばすんなりと俺の中に入り込み、
その駆け引きが、その存在が愛おしく思える日がくるなんて。
愛おしい……って、何だよ、それ。
そんな感情、俺の中にあったのかよ。



中途半端な位置関係をハッキリさせたくて、
CHのパートナーとして認められたくて。
銀狐とのやり合いに、一人で出向いてった香。
最後の最後で手は出したが、それなりのモンになってきてるのには、驚いた。
そして何より、その成長を喜ばしく、
微笑みをもって見つめていた俺自身に、何より誰より、驚いた。



あれは……そう、盲腸の入院騒ぎの時。
まゆ子の勘違いから、浦上が香を望んでるってんで、
表の世界に帰す時が来たと……そう思った、あの時。
身を引き裂かれるように苦しかったのは……
心臓を撃ち抜かれたかと思うほどに、息が出来なかったのは。
誰にも言えない、俺だけの秘密。
危険極まりない、生と死が常に隣り合わせのこの世界から、
足を洗わせるいい機会だったハズなのに……。
行き先知れずだった香への想いに……
俺の中で、香がどれだけのものになっているかに気付かされた、一瞬だった。



絵梨子さんとの一件では、見事なまでに育ったその肢体を、イヤというほど堪能させられたっけ。
日頃からその身体つきのよさを知ってはいたが、香の手前、あえて口には出さずにいた。
それがお前、あんな際どい水着姿で目の前を歩かれたら、俺のもっこが反応しないわきゃねぇーだろ?
それなのに、そんないっぱしの大人の女ぶった姿を見せたあとに、呆気なく薬物かがされ、
子供のように無邪気に寝ちまうんだから……ったく、手に負えねぇ。



それを仕事中だからってんで、俺は痛いほどに反応する"それ"をなだめながら、
泣けなしの理性を動員して、無理矢理抱き上げてったんだぜ?
偉いと思わん?
表彰モンだろ。
少しは見直してもらわなきゃ……なぁ?



海坊主との一件では、つらい思いをさせちまった。
真実を話せば話すほど、お前が俺から遠ざかっちまいそうで怖かった……なんて。
らしくもないが、言い訳に過ぎんな……すまん。
そして海原との一件で……俺はようやく、共に生きていく決意を固めた。
どうしようもなく待たせちまったよな……呆れたか?
それでも、お前が共に戦う道を選んでくれた……正直、うれしかったぜ。



そして思いがけず……柄にもなく。
愛の告白なんかをしちまう展開となった、奥多摩での、あの日のことを。
俺は生涯、忘れることはないだろう。
愛する者……そんなセリフを口にするなんざと、思ったけど。
嘘偽りない、俺の正直な気持ちだった。
そしてそんなセリフを口にしてる自分が、この上なく幸せな気持ちになってることに……
我ながら、驚いちまった。



そして今……"あの日"のセリフをねだる香を軽くかわしながら、
その豊かなまろみを帯びた肢体をゆっくりと味わっていく。
「ねぇ……いいじゃない。もう一度っ」
「もう一度?欲張りだなぁ、香ちゃんは」
くすりと笑いながら細腰をつかみ、つながったままの身体を軽く揺すれば。
「なっ……!!ち、違うでしょっ、もうっ!!」
と、ぺちりと頬を叩かれた。
その拍子に、白くたわわな乳房がふるりと揺れるのが、
やけに扇情的に見えるのなんざ……わかっててやってんのかね、こいつ。



「……ばーか。あんなんは、一度言やぁ十分なんだよ」
「……ずるい。女の側からしたら、何度だって言ってもらいたいのに……」
ぷぅとふくれるその頬を突きながら、小さくしわの寄った鼻先に軽いキスを落とす。
「その代わり、身体で十分、応えてやってるつもりだが……?」
「……もうっ。そーゆーんじゃなくて……っ」
柳眉を曇らせつ、また頬をふくらませる、子供じみた香が愛おしい。
そのくせ唇を重ねれば、こぼれ出る甘い吐息は、すでにいっぱしの女の"それ"で。
うっとりとした表情(かお)で唇をねだる様に、腰がずくりと疼くのを止められなかった。



「香……っ」
コトが始まれば、言葉は無用。
下から激しく突き上げる度、しなやかに揺れる白い身体。
こぼれ出る熱い吐息と、相手を想いあって呼ぶ、互いの名だけが、闇に響いた。
「リョ……リョウっ」
目を閉じ、柳眉を震わせながら腰を振る香は、艶やかな蝶のようだった。
少年のような殻から抜け出し、孵化したばかりの。
見えない羽を弱々しげに震わせながら、懸命に羽ばたこうとしているか弱げな蝶。



「……香……香っ」
美しく艶やかなその成長を愛しく愛でつ、
そのくせ、俺のもとからそのまま飛び去ってしまうんじゃないかと、一抹の不安が頭を過ぎる。
飛び去らせるものかと……逃がすものかと、素早く身体を反転させ、
ベッドに縫い留めた俺だけの艶やかな蝶に、劣情の証をさらに深く捩じ込んで腰を振るった。





END     2013.3.16