●睦言。●



「……なぁ」

「……なぁ……に?」
熱く激しい営みのあと、甘い吐息を吐きつつ、子供のようにすりよってくる香が愛おしい。
仰向けになった俺の胸に耳をあて、とくとくと動く心音を確認しているようなのは、
日頃、その身を危険にさらして心配させているせいかとも思い、ちくりと鈍い痛みを感じた。



けだるい身体を寄せ、安心したように瞳を閉じる香の、
汗で額にはりついた茶色の髪をゆっくりとかきあげてやれば。
「……ん?」と、うっすらと目を開けて、話しの先をうながした。



「いや……さ。お前……どうして俺、だったんだ?」
「……へっ?」
思いがけない問いだったのか、すっとんきょうな声が返ってきて。
行為のあとの余韻も吹っ飛ぶような、鳩が豆鉄砲くらったようなその表情(かお)に、
思わず口元をほころばせてしまった。



「考えてみれば、直接じゃないとはいえ、俺とかかわったから、槇村は死んだ。
いわば俺は、アニキを殺した男だぞ?憎んで当然、だろ?」
「……そんな……そんなこと、考えたことも……」
茶色の瞳にはっきりとした、戸惑いの色が揺れている。
幾度となく重ねたキスのおかげで朱く腫れた唇を、きゅっと噛み締め。
何等嘘偽りはないとばかりに、いつものように、まっすぐこちらを見返してきた。



「ただ……ただ、傍に居たいって思ったの。
アニキのことは関係なく、ただ"私が"、リョウの傍にいたかったの。それだけじゃ、だめ……なのか、な」
「……いや」
いつになくまっすぐに見つめてくるから、返す言葉も見つからない。
何より、思ったコトを口にするのが苦手なのは、お互いさま。
その茶色い瞳が、言葉に出来ない想いを雄弁に物語るから……痛いほどに、伝わるから。
だからもう、何も言えなかった。



「……ねぇ?」
「……んぁ?」
「リョウは……どうして私だったの?」
「……へっ?」
お返しに、というワケでもなく、素直にそう思ったらしく。
いつになくきまじめな表情(かお)で、じっと見返された。



「お荷物にしかならない、アニキからの預かりもの、でしょ?
リョウほどの腕をもつ人にとって、素人中の素人の私なんて、
邪魔なだけじゃない……足手まといな、だけじゃない」
幾度となく耳にした彼女自身の負い目が、切なくその朱い口を突く。
晴れてこんな関係になったのに、どうやらその腹ン中には、まだいろいろと燻るものがあるらしかった。



「そりゃぁその……なんだ」
「……ん?」
「お前でなきゃ、ダメだったんだよ。お前でなきゃ、"俺が"壊れちまうトコロだったんだ……」
熱い行為のあと、感情が高ぶっていたせいも、あるのだろう。
胸に抱く愛しい重みに、感じ入るものがあったのだろう……。
いつになく素直な想いが口を突き、いつもならそれを留めようとするブレーキも、
今日は何等、動きを見せなかった。



「………」
「……ん?」
らしくもなく熱のこもったセリフを吐いたせいか、照れ臭くてしかたない。
こそばゆい鼻先を照れ隠しにかく俺を、上下する胸板の上から香がじっと見つめてくるが……
その瞳が、どうにもおかしな色合いを見せた。
「あんた……あんた、まさか、銀狐?!」
「……はぁ?!」



……おいおい。
確かにらしくないセリフを吐いたが、冗談と笑うかと思いきや、
まさかその正体を疑ってくるたぁ、さすがの俺も、涙がちょちょ切れたぜ。
「……お前ねぇ。言うに事欠いて、今、この状況で言うセリフか?」
先程までの熱い行為を……互いの身体がひとつに溶け合うかと思った、あの瞬間を。
お前は俺と他のヤローとの区別もつかないままに"ヤレる"のかよっ!!



「だっ……だって……」
いつにない剣幕に慌ててふるふると首を振るが、
まさかと一瞬でも思ったのは、隠しようもない事実なワケで。
あまりのショックに、聞いたセリフが脳内をこだまする。
おいおい、確かにらしくもないコト200%だったが、お前にそんなこと思わせるようなセリフだったか?!(爆)



ふぅと荒いため息をつけば、おずおずと香が唇をよせてくる。
「だって……リョウがそんなコト、言ってくれるなんて……。
でも、うれしかった。ねぇ、もう一回、言ってみて?」
「……やだね」



誰がンなセリフ、何度も吐くかっての。
照れ隠しも手伝って、その茶色い髪がふわりと揺れる小さな頭を、
己の表情(かお)が見えないよう、ぎゅっと抱き込めば。
「……ケチ」と、鼻先をつままれた。
「はいはい、俺はケチですよー」



言葉に出来ない分の気持ちは行動で返そうと、逃げる舌を追い掛け、
熱くねっとりと奪うようなキスをすれば。
香も俺の意図を察したように、おずおずとかわいい舌を絡めてくる。
そんな一生懸命な香が愛おしくて、抱き留めた身体を反転して組み敷けば、
ふわりと華のような笑顔が返る。
それを了承の返事と解して、まだ先程の汗の乾き切らないままに、互いの身体を性急に重ねた。




END    2014.3.16