●カーテン●



道を歩いて肩が触れたぐらいで喧嘩を吹っ掛けて来るなんざ、日本のチンピラもたいしたこと無いが。

コトを大きくしては面倒とばかりに、手近な建物の片隅に身を潜めた。



どうやらそこは、ハイスクールのようで。
学園祭らしい盛り上がりに相反し、建物の端の端であるこの辺は、至って静かだった。
……と、忍んでいた部屋に近づく気配を感じて、ふと緩んだを再度張り詰める。
慌てて部屋の隅に身を隠して身構えるのと同時に、ガラリと大きな音をたてて扉が開いて。
スラリとした細身の、やけにきれいな顔立ちの少年が入って来た。



「あー……まったくもう、絵梨子のヤツぅーっ!!」
その言葉遣いとは裏腹に、声の調子は柔らかく。
線の細い少年と思ったのが、実はボーイッシュで、ひどく中性的な少女だったのだと気がついた。



「こんなん着せて……私に似合うワケ無いじゃない。もう、バカ……」
……と、今にも泣き出しそうに眉を細めて手にしていたのは、持参した紙袋から取り出した白いドレス。
まだブツブツと文句を言いながらも、紺色の制服と白いシャツとをストンと脱ぎ落として。
そしてそれを身にまとい始めた。



雪のように白い肌に、すんなりと伸びた手足。
胸は薄く、その硬そうな腰つきは、まだ丸みも整ってはいない。
とはいえ、ドレスをまとう物憂げなその顔は、既に一人前の女の“それ”で。
後数年先にはすこぶる美女になるであろう……そう予感させる少女だった。



「………誰っっっ?!」
忍び込んで来た時と同様に開け放たれた窓から、少し強めの風が吹き込んで。
少し埃臭い、色褪せたカーテンが、風をはらんで翻る。
それに目をやった少女が、眩しそうに目を細めて。
部屋の片隅……差し込む強い陽の陰の中に身を隠していた、俺の姿を目に留めた。



ふわりと風に翻るカーテンの中、無防備にさらされた肌を庇うように、少女は白いドレスで胸元を覆う。
けれどそんな恥らいの仕草に相反し、その中性的な顔立ちの真ん中にある大きな瞳が、ギリと俺をにらみつけた。
その攻と防とのギャップがひどく魅力的で……陽に茶色く映し出される大きな瞳に惹き付けられた。



日本に来てまだ日が浅く、ヒアリングに不自由は無いものの、
日本語を自在に操るには、まだいささかの無理が生じて。
自然、口を吐いた言葉は……英語だった。
『怖がらなくていい……何もしやしないよ』
「……………」



ふわり………
風に翻るカーテンが、互いの姿を隠したり現したり。
その中で二人、互いの瞳の奥底を覗き見るかのように。
言葉も無いままに、ただじっと見つめあう。



言葉はわからないながらも、気持ちだけは伝わったようで。
校内に忍び込んで身を隠す、見ず知らずの怪しげな男に何かをされるのでは
……という危機感は感じなかったのだろう。
彼女の身体からほんの少しながら警戒心が薄れ、
その大きな瞳に込められていた力も、ふ……と緩められた。



「あ、あの、あなた……?」
少女が戸惑いがちに口を開けかけた時、扉の向こうからパタパタと忙しない足音が聞こえて。
「香ぃ、まだなの~?」
と、苛立ち紛れの声が近づいて来た。
「も……もうすぐよ、絵梨子。もうちょっと待って?!」



ほんの少しの間だとて、少女に目を奪われていた己に思わず苦笑する。 
たかだかチンピラから身を隠すだけだったのに、ちょいと長居し過ぎたようだった。
ここらが潮時か……と、彼女の視線がついと外れた瞬間、開け放ったままの窓に身を躍らせた。



「あ……ちょ、ちょっと、あなた……っ!!」
少女が振り返って、その茶色の瞳が何かを言いたげに、翻るカーテン越しに俺を見つめる。
その戸惑いがちな大きな瞳に、にこりと笑って。
『そのドレス……似合ってるぜ。大丈夫、俺が保証する』
と、ウインクひとつを投げてやった。


「香ぃ~?早くしないと、もう時間よぉ~?」
『………香……か』
少女に呼びかける声が、もう目の前に迫っているのを耳にしながら。
未だ降りしきる、眩いばかりの灼熱の陽の光の中。
その響きのよさを胸に転がしながら、足早に建物を後にした。




END   2006.9.16