●Call●



気が付けば、きれいな花が咲き誇る野原の真ん中に、ただ一人立ちすくんでた。
右を見ても左を見ても、ただただ延々と続くだけの花畑。
目の前に川が一筋流れている以外は、何のへんてつもない、ただの平原。
建物ひとつ、ありゃしない。



はて、ココはドコだろう。
私ったら、どうやってココに来たのだろう。
どうして私以外、誰もいないの……?
次々と泉のごとく湧き出る疑問符を解決させるモノはなにひとつなく、ただただ時間だけが過ぎていく。



そういえば、今って何時?
今日って何日の何曜日だっけ?
ココまでくると健忘症にも酷過ぎる。
誰一人いない不安は、次第に恐怖心へと変わり。
特に寒いワケでもないのに、思わずぶるりと身体を震わせた。



……と、目の前に広がる、そう幅があるとも言えない川向こう。
そちらにも延々と続く花畑の遥か向こうに、微かに人影らしきものが見え。
それがゆっくりと近づいて来た。
だぁれ?私の知ってる人……?
何故私がココにいるのか、その他たくさんの疑問に答えてくれるかしら……と、
まだ顔も、男女の判別すらもつかない人影がコチラへと近づいてくるのを、
じっと息を詰めて待ち続けた。



しばらくして、その人影の輪郭がようやく見えるようになったけど。
それでもむせ返る程の花霞に遮られ、その表情まではようとして知れない。
でも、大きいとも小さいともいえないその身体つきに、
この人は私になんら危害を与えるような人じゃない……と、
言葉では言いようのない、直感めいたモノを感じて。
ふ……と、それまで張り詰めていた緊張感を緩ませた。
そしてそうこうする内に、その人影が私に向かってゆるりと手を挙げるのが見てとれた。



…………?
花霞に遮られ、その手がコチラへ来いと呼んでいるのか、
向こうへ行けと振り払っているのか、その判別もつきはしない。
えぇい、ままよ!!と、この人に危険はないと判断した自分の直感を信じて、
目の前に広がる、その川の、たいして深くはないその流れの中へと、
足を踏み入れようとした、その瞬間。



……香……香っ!!



背後から聞こえる私を呼ぶ声に振り向けば、優しく力強い、
そして愛しさにあふれた懐かしい声か降って来た。
「香………香っっっ!!!」
「……リョウ?リョウ!!ドコにいるの、リョウ……っ!!」



振り向けど、姿は見えず。
しばらく目を凝らして、後方へと続く花霞の彼方に、ようやくその声の主の姿をみとめた。
「………リョウ!!」





懐かしく愛しい人の笑顔に、ほぅと気が緩み、そちらへと駆け出して行こうとするものの。
目の前の、川向かうにいる人影をどうしたものかと、考えあぐねて。
しばし躊躇しているその間に、川向かうの人影はただ一度だけ、
名残惜しそうに振り返りながら、ゆっくりと花霞の向こうへと消えて行った。



あの人ならすべての謎に答えてくれそうだったのに……と軽く落胆の吐息をつけば。
背中に感じた声…も、その姿も消えていて。
「……リョウ………?」
また一人きりにされた不安感に耐え切れず。
もう頼るべき人はいないのだ……とばかりに、へなへなとその場にしゃがみ込んでしまった。
「………リョウー……っっっ!!!」








………香……っ!!



花霞と同じように朧げな、先程までのそれとは違う、
耳元で響くあまりに大きな声に目を開ければ、思いがけずのリョウのドアップ。
何事っ?!と思う間もなく、「このバカ、やっと目を覚ましやがった」と、悪態と共に額を小突かれた。
そのセリフも、その行為の理由もわからなく、
どうやら自分がベッドに寝かされているらしいと気付くものの。
そもそものその理由さえも、わからない。



だってリョウの声が花畑の向こうへと消えて行ったのは、今さっきのコトなのに。
淋しさと、一人残された絶望感から、声を枯らしてリョウを呼んだのは、今さっきのコトなのに。
すべては……すべては夢だったって言うの……?



と、文句を言いながら消えたリョウと入れ代わりに、かずえさんが現れて。
いつものように敵に捕まってしまった私は、何とか一人で脱出しようとして階段から転げ落ち、
頭を打って気を失っているトコロをリョウに助けてもらったのだとか。
でも打ち所が悪かったのか、教授宅に運ばれたものの、
三日三晩、意識が戻らなかったのだと告げられた。



あぁそういえば……と思うものの、先程の夢とが混在して、記憶はあやふやで。
「まだ目覚めたばかりだもの、仕方ないわよ。落ち着けば、その内ゆっくり思い出していくでしょ」と、
かずえさんが優しく笑ってくれた。
「それにしても、リョウの口の悪さったらないわ?少しは心配してくれたっていいのにね」
先程小突かれたコトを思い出してぷぅと頬をふくらませれば。
「あら、それは違うわよ香さん」と、たしなめられた。



「冴羽さんは香さんが意識を失ってる間、片時も離れずに、ずっとずっと傍にいたわよ?
口ではケンカばかりだけど、やっぱり香さんのコト大事なのね」
いいモノ見させてもらったわvと、面白いオモチャを見つけた子供のように、かずえさんがふふふっと笑う。
それに対比するように、私の頬はみるみる間に赤く染まった。



そうすると、あの花畑を遮っていた川は、いわゆる三途の川というヤツだったようで。
そして危うくそれを渡りかけていた私を、リョウが呼び戻してくれたんだ……。
あの川向かうに消えていった、あの人は、顔こそキチンと読み取れなかったケド。
少し淋しそうな……少し落胆したような。
そして少し呆れたような顔をしていたような気がする。
そう……きっとあれはアニキだったんだ。
久々の再会に喜びつ、早くもコチラに来てしまった妹(わたし)を悲しんで。
そして私を呼び戻したリョウの声に……それに私が従うと、わかってて。
そして少し、呆れ顔だったのかな……。



「また来るわね」という声を残し、かずえさんが部屋を出て行って。
一人取り残されて、そのまままた、うとうとと睡魔に襲われる。
次にリョウが来たら、さっきの夢の話をしてみよう。
きっと信じちゃくれないだろうケド……それともくすりと、笑うかな。
そんなコトを考えながら、穏やかな気持ちで目を閉じた。




END    2008.5.13