●Moonlight●



昼間は相変わらずうだるような猛暑が続くが。

朝晩は、しんと冷えた空気がふと頬を撫で、秋がもう近い、と思わせる、晩夏。


先日までは、短い生を謳歌するかのように、夜中までも鳴き交わしていた蝉も、
さすがにここ数日の、初秋の雰囲気をはらんだ空気の中では、ひっそりと息をひそめている。



そんな、もう、午前にならんとしている真夜中の街を、
おぼつかない足取りで進む、男。



「どうすっかね」


吐息とともに漏れたつぶやきに混ざる、強いアルコールの薫り。

その身体から漂う、きつい香水の薫り。


一見したところ、ただの酔っ払いとしか見えない、その足取り。


-だが、勘のいい者ならば、男のその、強く昏い瞳の奥には、
ひとかけらの酔いの陰も見えないことに気づくだろう。



…もっとも、男の瞳を真正面から捉えられる者などめったに存在しないため、
そんなことを見破れる人物がいるとも思えないが…。



男の目が、古いアパートを見上げ、-その上階の窓から漏れる光を捉えると、
口元が自嘲するかのように歪む。



ことさらに、身体をよろけさせながら、階段を乱暴に音を立てながら上がって行き。


「たっだいま~~♪りょうちゃんのご帰宅ですよ~~♪♪♪」


わざと、軽い声を上げながら、玄関のドアを開く。


『またツケをつくってきたのか、このもっこり大将!!』


幻聴とともに、ハンマーをふりかざす彼女の幻覚までも見え。


「ごめんなさ~~~い!!!」


思わずその場で土下座するが。
…覚悟した痛みは、一向に降って来ない。


「………香?」


寝ちまったのか?


表情を引き締め、先ほどまでの覚束ない歩き方はどこへやら、
酔いなど微塵も感じさせない足取りで、中へと足を踏み入れる。



-彼女は、そこにいた。


リビングの窓辺。フローリングの上に膝を立てて座り込み、
窓にもたれかかって、ぼんやりと外を見つめている。



手には大ぶりのグラス。
満たされた中身は、血のように赤い液体。


「…おまぁ、飲んでるのか?珍しい」


「-あ、撩お帰り」


こちらを見もせずに、ただそれだけをつぶやき。
彼女は、一心に外を見つめ続ける。


「…何見てるんだ、熱心に」


ゆらり。
グラスの中の液体が揺れる。


「お月見」


彼女のかたわらには、1/3ほど中身の減ったワインボトル。


「どうしたんだ、これ?」


「絵梨子にもらった。ショーでイタリアに行ったおみやげって」


撩も飲む?と、無造作にグラスを突き出される。


「お前の飲んでたグラスでいいのか?」


「かまわないよ」


あたしはもうだいぶ飲んだから、と返される。


(おいおい……)


間接キスになるだろう、とは、あえて言わない。


-お前の飲んでたグラスでなんて飲めるか。


いつもの照れ隠しも、今日は言える雰囲気ではなくて。


-自分の方を見ずに、ただ月を仰ぎ見る彼女が、儚く消えそうで。
グラス越しに、そっとその横顔を盗み見る。


(いったい、何を考えているんだ?)


いつもは、考えていることをすぐに映し出す、隠し事のできないその表情が。
深い憂いを湛えているように見えて。


-紅い液体に、染まっていくように見えた。


「…香?」


口の中が、からからに渇く。


知らず、グラスの液体を無造作に流し込んでいた。



「不思議よね…」


不意に香が、ぽつり、とつぶやく。


「自分で光っているように見えるけど、本当は自力では光れない。
-太陽が無くなったら、月も輝きを失うの」


まるであたしみたい。


口には出さない。


自分で立っているように見えるけど、実際には、アニキに、
-そして、撩に支えられて立っている。


……支えが無くなったら、……


浮かんだ考えを振り払うように、頭を振る。


「撩」


それでも、こんな静かな、狭間の夜は。


ワインの酔いと。
月の光の魔力で。


-少しは素直になれるのだろうか?


「あたしは、そんなに頼りにならない?」


あなたが、飲みに行くふりをして、裏の仕事に行ってるのは、知ってるのよ。


告げることばは、前進なのか、崩壊なのか。



「あなたにとって、あたしはやっぱり、足手まといの素人でしかないの?」


ゆっくりと振り返り。


俺の目を、まっすぐに見据えて言った。


その彼女と。


『あんたには、新しい相棒が必要でしょ』


涙も見せずにそう言い切った、彼女の姿が重なる。


…そうか。
不意に目の前が開ける。


「…お前は、もうとうに覚悟を決めていたんだよな」


俺の傍にいることに。
共に闇に染まることに。


…いつまでも、煮え切らなかったのは、ただ俺だけで。


光らせてもらっていたのは。
光をこれほどまでに望んでいたのは。


-俺の方だったんだ。


「香」
ごまかしは、もう、必要無い。


「…全部、聞いてくれるか」
そう告げたのは、男。


「…その前に、その腕の手当ての方が先よ」


ふわりと微笑んだのは、女。



月の魔力で。


終わったのは、曖昧な関係。


ワインの酔いで。
始まるのは、新しい二人。


そんな、静かな晩夏の夜。




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リンク記念にと、里村さんから素敵なお話をいただきました。


危険な仕事をしていればこそ…命を落とすかもしれないからこそ、
それを打ち明けるきっかけをなくしてばかりで。
互いに言えずに、そして聞けずにいるままの二人。とっても切ないですよね。
でもワインの酔いと、月の光の魔力とに捕らわれて。
二人、今日は素直に向き合える…そんなトコロでしょうか。
これから始まる新しい二人…さらに最強のコンビニなること、間違い無しでしょうねっv


あったかく切なく、心に響くお話ばかりの里村さんのサイトへはコチラからv
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……というワケで、強請り倒して続編をいただいてしまいました。
思い叶った夜から幸せな翌朝までの3編、あわせてお楽しみ下さいませv


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