●アリアドネ・アリアドネ●



夢を見た。

幼い頃の夢だったような気がする。
遠くからあたしを呼ぶ声。懐かしい声。今はもういないやさしい人たちの声。



「香は甘えん坊だなぁ」
いつからアニキなんて呼ぶようになったのだろう。
幼い頃は違う呼び方をしていた。
いつもあたしのことを一番に考えていた。
自分よりもあたしのことを大切にして、自分を大切にしないまま逝ってしまった。
目じりがきゅっと下がって、皺ができる。もう見ることの出来ない笑顔。
あれはいつの笑顔だったのだろう。
あたしからぼろぼろと失われていくもの。抗えない喪失感。



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夢の名残が消えない。
ぼんやりと頭を枕から引き剥がせば胸元から足へと長く伸びた体が見える。
足の先が遠くて、膝を立てて引き寄せた。毛布の下、立てた膝の間に空間ができる。
ぽっかりと欠けた空間がとても寒い。
ぴったりと埋めてしまいたくて膝をきつく合わせた。
毛布を肩の上に引きずりあげて、体を包んだ。
まだ、耳の奥に木霊していた。
猫背の後ろ姿。
俯き加減に微笑んで、眼鏡を押し上げる。優しい仕草。



ぶるぶると頭を振った。髪の毛が頬にまとわりつく。
寒い。
背筋がゾクゾクして鳥肌が立つ。



毛布を頭からかぶって、ベッドからでた。夢の気配が息づいているこの部屋から逃げ出したかった。
部屋のドアを開け、廊下に出る。
ふっと意識が霞んだような感じがして、立ちつくした。
まばたきをすると暗い視界が帰ってくる。
立ちくらみ、かな。
そっとふれたドアのノブは冷たかった。
くらくらするのはなぜだろう。
ドアを閉めないと。
き、と音を立ててノブを回し、扉を閉めた。



毛布をずるずる床に引きずりながら裸足で歩く。
見上げても天井は真っ黒く固い石のようで、暗闇が静かに充ちて冷ややかにあたしを受け入れる。
ここからどこに行けるんだろう。
廊下は果てしなく続く迷路の暗さ。
遠くは暗く上も下もわからない闇の底。
このまま帰れなくなったらどうしよう。
そこであたしは自分のつま先を見つめた。
うなだれ床に視線を落とす。
ああ。
そういえばもう、あたしには帰るところは無いじゃない。
帰るところは無くなってしまった。
迷宮の入り口は閉ざされてもう開かない。
奥へ奥へと進むしかない。
じわじわと冷たい手があたしを沈めようとしていた。
泥の中を進むように重い足を鈍く動かした。歩けばたどり着けると思った。それがどこかはわからなくても。



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「・・・・・・遼、一緒に寝ていい?」
遼は少し目を開いて
「・・・・・・いいけど」
あたしの格好に驚いた様子だった。
毛布をすっぽりと被って、雷に怯えた子供のように縮こまっている。
あたしは結局遼の部屋の前に立っていた。
その扉はあたしの前に突然現れたような気がした。
自然にその扉に手の甲を打ち付けていた。
そうするのが一番いいような気がしたから。
遼のがっしりとした大きな体は、開いた扉をすっかり塞いでしまって、部屋の中は判然としない。
見上げれば広い肩がのしかかってくる。
強靭な首の上にのった顔はちょっと憂鬱そう。
突然の訪問、歓迎されないだろうとは思っていたけれど、少し胸が痛くなる。
伏せられた目がけぶってあたしを見下ろしている。
長い前髪が片方の視線を遮っていた。
「部屋の中、いれて」
遼はくしゃりと前髪をかきあげた。
のぞく瞳が濡れて光る。
包み込む目ではなくて射抜く瞳。
夢の残滓が膜になってその衝撃をやわらげる。
「・・・・・・いいけど、抱くよ」
言葉は自然に旨に納まった。
胃にぐっと重みが加わったような気がしたけれど、あたしの唇は無謀に答えていた。
「・・・・・・うん」
遼の体と扉の間にできた小さな隙間をくぐって、暗い部屋にするりと滑り込んだ。
瞬間、遼の腕を指がかすめた。
かすかに触れた指が火傷をしたように熱い。
部屋の中は煙草と、アルコールの甘ったるい匂いがした。
「お前、寝ぼけてんだろ?」
後ろから投げかけられた言葉にも、
「うん」
同じように答えて、肩から落ちかけた毛布を引き寄せた。毛布は寒さを少しだけ慰めてくれるから。
 
ベッドのに辿り着く前に後ろから伸ばされた腕に毛布を剥ぎ取られる。
眠りの名残を奪われて、この部屋の空気は薄い寝巻きを透過して肌を突き刺す。
後ろからきつく抱きすくめられる。首筋に遼の吐息が熱かった。
「あ・・・・・・」
思わず漏れた声はしんと音のない部屋に頼りなく響いた。
絡まる腕から身を捩って抜け出すと遼は、
「抱かれに来たんじゃないのか」
とからかうように言った。
「違うってば。ただ一人で寝るのが嫌なの・・・・・・」
「お化けでも見たのか」
茶化す遼を尻目に四角い祭壇の如く鎮座するベッドに滑り込む。
ほのかなぬくもりと嗅ぎ慣れた同居人の匂いがする。海のような森のような匂い。青くて冷たい匂いがする。
「寒いの・・・・・・」
遼の熱が恋しくて、その胸元に頬をすり寄せた。



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遼の厚い掌が肩甲骨の辺りを撫でる。丸くやさしく撫でる。
指は背骨をひとつひとつくすぐり、徐々に下に下りていく。パジャマのウエストを潜ろうとしてはぐらかし、また背中をなぞる。
触れるか触れないかの指が囁きのようだった。
下腹にこもり始める熱に霞んでいた頭がぼんやりとしてくる。
遼の腕の重みが眠りの重石になって淵に沈んでいく。
広い胸に寄せた耳から聞える血液の流れる音と、静かな呼吸。
遼の顎がこつんとあたしのつむじにぶつかった。
「・・・・・・甘えていいんだよ」
鼻の奥がつんとする。
思い出の羅列。
頭の中をぐるぐるとまわる懐かしい人たちの顔。遠ざかるエコー。
ぐにゃ、とベッドが歪んだような気がした。
遼の固い背中に腕を回して体を押し付けた。足を遼の足に絡ませる。
そうしてやっと空漠とした感覚に充足がやってくるような気がする。
あたしの中には底のない穴があって、それを満たせるのは遼しかいなかった。
まるで広大な迷宮のようにあたしの地下に広がる虚無。



体がさみしいのは心がさみしいから。



「しよ・・・・・・?」
埋めて欲しかった。
この両足の間の欠落を消して欲しかった。
あたしが迷い込んだ迷宮に、遼も迷い込んで欲しかった。
「いつもこんだけ素直だったら楽なのにな」
と、遼は言ってから、
「正気だったらこうはいかねぇか・・・・・・」
自嘲気味につぶやいた。
あたしは充分正気だと言い返そうとしてやめた。きっと正気じゃないんだろう。遼がそう言うのならきっとそう。寝る前に飲んだお酒のせいかもしれない。最近よく眠れなかったからかもしれない。
そういえばどうして最近眠れなかったのだっけ。
あたし、遼と喧嘩した気がする。
ううん、いつものように、一方的にあたしが爆発しただけ。
でも、それはどうして?
うまく思い出せない。
わかるのは両足の間の寒さだけで。熱を打ち込んで欲しかった。あたためて欲しかった。



大きく肌蹴たシャツの間から遼の素肌がのぞく。
滑らかで熱い肌に手を遣わせて、キスをした。
乾いた皮膚の感触がして、舐めると遼がぴくりと体を揺らした。いたずらの成功にのどがこくりとなる。ちっちゃな胸の飾りに歯を立てた。
「どこで覚えて来たんだよ・・・・・・?」
甘えた子供みたいに遼の肌を舐める。
いいって言ったじゃない。
仰向けになった遼の上に乗る。乗って遼の体に唇を這わせる。
固い肩の筋肉や、喉の窪み、太く浮き出た鎖骨、顎はほんの少しざらりとしていた。
薄い唇の横を通り過ぎると、遼の唇が追いかけてきた。
「ん・・・・・・!」
ねっとりと舌が押し入ってくる。ゆっくりと摩擦する。上顎をくすぐられるとたまらなく腰が揺れた。遼の舌を口の中の全部で味わう。歯で、舌で、粘膜で記憶する。
「ん・・・・・・ふ・・・・・・!」
翻弄されて息が苦しい。遼が唇と唇の間で笑いの雑ざった声で言う。「随分と情熱的・・・・・・」
息があがったのはあたしだけ。ふざけないで。
いつもそんな風に茶化してはぐらかして。違うでしょ。
遼が望んでいるのは、本当はそういうことじゃないんでしょう?
「もっと・・・・・・」
あたしはあなたがもっと欲しいの。
上から見下ろす遼の顔は知らない人の顔に見えて、胸が痛んだ。
あたしの知らない遼の顔。
きっとたくさんある遼の影のひとつ。
すっと彫刻刀で掘り込んだような切れ長の目が水晶みたいにあたしを映している。
その顔を両手で挟んで、自分から深くくちづけた。
舌を噛み切って飲み込んでしまいたいくらいだった。



遼の体は熱い。筋肉が熱を生むのかもしれない。腹筋の割れ目に舌を這わせていくと、立ち上がったものがある。
あたしの体に入る遼の熱。
吸い寄せられるように唇を寄せて、そっとキスをした。
遼が短く息を吐く。
こんな醜い肉の塊が愛しいなんてあたしは正気じゃない。くびれを丹念に舌でなぞり、根元から丁寧に何度も舐めあげた。少し躊躇って、口の中に先端を含んだ。失敗してあたしの歯が掠める。
ごめんね、痛くない?

唇と舌だけで包み込むのは難しかった。
一度始めてしまえば嫌悪感など微塵もなかった。
どうすれば、遼に優しくできるか、それだけで頭が一杯だった。
唾液が乾かないうちに、舌を動かして撫でていく。
精一杯奥まで飲み込めば、開かれた喉が吐き気を訴えた。
それでも止めなかった。
「ふ・・・・・・」
これがあたしの中に入るんだ、と思った。
あたしの寒さを癒し、風穴を塞ぎ、翻弄する。
欲望という名前でくくられた人間のアーキタイプ。
夢中で舌を動かした。
膨れ上がる硬さと質量が確かに遼がここにいる証のようで、苦しさと切なさに涙が滲んだ。



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あたしは欠けた部品で、どこにも当てはまらない。
ひとつだけ仲間はずれのパズルのピースみたいで、どこにも入れない。
ただ遼だけがあたしを満たしてくれる。
あたしはそれでやっと安心する。



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「く・・・・・・」
眉をしかめた遼の顔。
大きな手があたしの頭を引き寄せる。深く入り込んでくる欲望の分身。嘔吐感をこらえて、遼の欲望を愛撫した。
なんでもしてあげたいの。
あたしにできることならなんでも。
それで遼が悦くなってくれたら、もうほかにはなんにもいらない。
たとえ遼が何をしても、それは変わらないのよ。
「サンキュ・・・もう、いいよ」
「ふ・・・・・・っ」
開放されて空気が肺に流れ込む。けほ、と軽くむせた。
「無理しちゃって・・・・・・」
無理なんかしてない。あたしがしてあげたいの。遼にしてあげたいの。
あたしの気持ちを読み取ったのか、遼は苦笑した。
そしてあたしの口元を指で拭って、顔を傾けてキスをした。
頬が熱くなったのが、わかった。



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この深い迷宮からいつでも出られるように、あたしたち一本の白い糸を握っていたはずなのに。
いつしかその糸は赤い色に染まってしまってしまった。
そして手の中から糸は消え去って。
もう迷宮の外に出ることはできない。
奥へ奥へと手探りで迷い込んでいく。
躓いて、転んで、罵り合って、でもずっと一緒に。
結んだ糸がお互いの手首に食い込んでも。
それでもいいの。
それでもいいと、思えるように、あなたを好きでいられるように、あたしはそうなりたい。



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リョウがあたしの足の間に手を伸ばす。下腹を撫でさすり、下へと降りていく熱い手のひらに背中が撓る。
辿り着き、まわりのやわらかな肉の感触を味わってから、長い指がゆっくりと入ってくる。つるつるとした爪から関節の節までまるで見えているみたいにはっきりわかる。
あたしはあたしが遼の指を包み込むのを見た。
赤く花弁が幾重にも重なる狭い井戸の中にあたしが落ちていくのを見た。
深く指は侵入して、ゆっくりと抜け出ていく。その繰り返しに腕と上半身の力が抜ける。遼の上に倒れこんだ。
ベッドのスプリングよりも固い、あたしの躰よりも熱い、遼の躰の上にあたしは頬を寄せる。



ただそれだけのことで、あたしは泣きたくなる。
「ふぁ・・・!」
ベッドに押し倒されて、体制が入れ替わる。
「お前も気持ちよくしてやるよ・・・・・・」
遼の声はかすれて低く、それだけで体の奥からあふれ出たような気がした。
「あぁ・・・あ・・・!」
指は鋭く快感を引き出していく。敏感な肉の芽を摘み上げ、殻を剥いて容赦なく攻め立てる。
遼の上にくたりと見を委ねて、すっかりあたしの外側が遼にくるまれる。
内側に入り込んだ指と、外側を占める体温、その全てが遼以外の何者でもない。
あたしの中に食い込んでくる。
「や・・・だぁ・・・・・・んくっ・・・!」
抉る指が増える。中指から、人差し指を足して、親指が突起を強く刺激する。
それは大きく開かれる恐怖よりも、しみ込んでいく安堵感に似ていた。
「だ・・・め・・・!」
ぶるりと身震いして、遼に訴えた。
「・・・・・・どうして」
低い声が鼓膜を振動させる。それだけで極めてしまいそうになる。
だめなの、まだだめ。このままじゃいやなの。
ひとりにしないで。
「い・・・・・・いれ・・・て・・・・・・?」
溢れ出す悲しみをせき止めて、一緒に行けるとこまで行こう?
遼と一緒に行きたいの。
連れて行って、この世で一番暗いところへ。



遼はあたしの言葉を聞いて、目を細めた。やんわりと寄せられた眉と、水分を湛えて鏡のように光眼差しは、夢を見たのか、遠い過去を思い出したのか、手の届かない憧れに惑わされたのか、あたしの瞳を反射して揺れていた。
今、この瞬間あなたが思ったこともわからない。
それでも遼はあたしをきつく抱きしめた。
ひとつになろう。
うまく言葉が出てこなくて、ただ強く抱き返す。
遼はちょっと体を離して笑った。
「俺の台詞、全部お前がとっちゃうんだもんな」
あたしもちょっと笑った。
視界が滲む。
あたしたち、一緒の気持ちで抱き合ってる?
「足、あげて・・・・・・」
大きく両足を割り広げて、遼の腰が入ってくる。
硬い先端が足の間に押し付けられる。熱い。触れた部分から溶けていくような気がする。くっと体が緊張する。
「あぁ・・・はっ・・・・・・」
待ち望んでいた瞬間に背中が弓ぞりになる。
押し広げて入ってくるものが愛しかった。
あたしの欠けていた部分にぴたりとはまる遼の体。
欠けていた熱を遼がくれる。ぐっと最奥まで満たされる。下腹が熱くなる。
あたしの中で遼が脈打ってる。深く挿してからゆるゆると引き出す。
すがるようにあたしの体が遼を締め付ける。
行かないで。
「あぁ・・・・・・!」
遼が見えない。潤んでぼやけた視界に遼の顔を探す。今どんな顔をしているの?
遼。
「どうした・・・・・・?」
「・・・・・・あ・・・」
嗚咽が漏れそうになる。
お願い行かないで。ひとりにしないで。置いてゆかないで。
口にする前にキスが降ってくる。雪のようにキスが降る。あたたかい雪。
ここにいる。確かに繋がってる。
欲望と欲望で解け合ってひとつになる。
「どこにも行かないよ・・・・・・」



どこにも行かないで。
ひとりにしないで。



おとうさん、おかあさん、おにいちゃん。
どこにいくの。
あたしをおいていくの。
おいていかないで。
ひとりにしないで。
もうひとりはいやなの。
さみしいのはいや。
ひとりはさみしいの



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遼はゆっくりと動き出した。
あたしの顔の両脇にひじをついて、近いところからあたしの目を覗き込む。
ずっと遼の顔を見ていたい。遼も同じ気持ちなのかな。
「すっげぇ、気持ちいいよ・・・・・・」
ため息のような遼の声。低くビブラートのゆれる声。「ほん・・・と・・・・・・?」
「あぁ・・・、気持ちいいよ・・・・・・」
うれしい。
強くしがみついた遼の背中に汗が浮いている。それを人差し指ですくって、そっと口に運んだ。
「あたしも・・・・・・」
遼のくれるもの。
悲しいこと、嬉しいこと、辛いこと、喜び、涙、痛み。
受け入れた部分が痺れたように熱い。
さっきまでの寒さが嘘みたいに熱く充たされる。
遼の動きは緩やかになったり激しくなったり波のように押し寄せる。さらわれて沈んでいく。
でもひとりじゃないでしょう?遼もいっしょにきてくれるでしょう?
遼だけは、あたしをひとりにしないでしょう?
見つめ合って激しく腰を打ちつけあって。
最期の瞬間まで遼の顔を見ていたい。
額に浮いた汗と、忙しない息づかい、滑稽で切実なあたしたち。
ただお互いだけを瞳に映して、色んな汚れにまみれて、ずっと一緒にいたい。
遼がのどを反らした。
「あ・・・あぁ・・・!」
頂点はゆっくりとあたしの意識を飲み込んだ。



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真っ暗な夜の闇。
どちらが岸でどちらが沖か。
波の間でゆらゆらゆれる。
光はなにも見えないけれど、あたしは不思議と安心してる。
ひとりじゃない。
遼がいる。
迷宮の出口に続く糸はもうこの手にはないけれど。
もう戻れないけれど。
それでも、遼がいてくれればそれでいい。
遼がいてくれれば、それでいい。



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やさしく髪をなでる感触に目を開いた。
「遼・・・・・・」
「お前、さ・・・・・・」
柔らかく笑みの形になった続く言葉を探して、苦笑に変わった。
額にかかる前髪をそっと指で払いあげ、生え際をくすぐる遼の指はあたたかい。
「遼」
名前を呼んで首筋に抱きついた。長く頑丈な腕が抱き返してくれる。
強く強く抱きしめられて、あたしは引いていく熱に切なくなる。
この熱が永遠のものであればいいのに。



何度でも埋めて。
遼であたしをいっぱいにして。
どこまでも迷い込んで。
暗く深く、遠い迷宮の最奥に。
どうして忘れていたのかしら。
迷宮に足を踏み込んだのはあたし。
扉を閉めたのも、あたし。



あたしはあなたを責めない。
あたしはあなたをひとりにしない。
あたしはあたしから逃げない。
そして迷宮は開かれる。
どちらが導くのでもなく、いつの間にか開いているような、そんな風に日々がやってくる。



あたしはそのまま遼に守られて夢もなく眠りについた。
やがて訪れる凶暴な朝と、失われる熱のため。
そして閉ざされた迷宮と暗い過去を悼むために。




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