●太陽は知っている●



目が覚めたら隣は蛻の殻だった。あたしがベッドから出て行こうものなら腕を掴んで、
そのまままたシーツに縫いとめてしまうくせに。まだ夜明け前、あの男が起きるとは到底思えない時間だ。
しかし起きたというなら向かう場所はそこだった。

アパートの屋上、そこで撩はかすかに明けなずむ空を眺めていた。
いつも昼夜を問わず喧騒に包まれた眠らない街、ここ新宿も今だけは束の間の静寂に包まれていた。
そして総てが群青色の薄明かりに覆い尽くされていた。昨夜脱ぎ散らかした服を掻き集めてきたけれど、
夜明け間近のこの時間ではさすがに肌寒かった。そして、撩の眼は遠くを見たまま。

「なに黄昏てるのよ」

こんな撩の横顔を見ているとたまらないほど不安になる。
どんなに近くに寄り添っても、その奥底までは窺い知ることはできない、あたしには。
闇の中にいる撩はあたしの知っている撩じゃない。あたしには手の届かない、遠い存在のような気がして。
まるで彼の姿をこの街の闇が包み込んでしまったかのようだ。

「黄昏てなんかないさ。それに今の時間帯は黄昏じゃなくて『かはたれ時』っていうんだぜ」
「かわたれどき?」
「ああ。こんな薄明かりだけじゃ相手が誰だか判らない。だから『彼は誰時』っていうのさ。
ちなみに黄昏時ってのも『誰そ彼時』ってのが語源らしい」

と言ってあたしの冷たい肩を抱き寄せた。
ああ、でもこんなに近くにいるのに撩が、撩の心が見えない。こんな闇の中では。

0606

ビルの谷間から黄金色の太陽が顔を出した。その光ははっきりと撩を映し出していた。



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彼女と出会う前、その頃の俺はこんな夜明け前の闇の中にいるかのようだった。
白か黒か、あるいは無数の灰色かのモノクロームの、無彩色の世界。そこには怒りも憎しみさえも存在しない。
無感動なまま、ただ徒に時間だけが過ぎていく、そんな毎日だった。

色とは一定の光の波長。人間は物に反射した光の波長からその色を感じる。

この世界に鮮やかな色を与えてくれたのは、香という光だった。
今まで俺が見落としてきたものに光を当て、その色を気付かせてくれた。
焼きたてのトーストとコーヒーの芳香、季節を告げる落ち葉のかさかさとした足音、
そしてこの薄汚れた街にも等しく昇る黄金色の朝日。

香の表情にも、さっきまでの夜明け前の闇のような憂いはもうなかった。

「ねぇ撩、もしかしてこの太陽、二人占めかな?」
「何でだ?」
「だって、この街でわざわざ朝日を眺める人なんているかしら」

そうだな、ここの住人はむしろ太陽の光を怯えるかのように暮らす連中ばかり、かつての俺もそうだった。
香に出会わなければこの美しさを知ることもなかっただろう。

香の顔もまた朝日を浴びて色とりどりに輝いていた。
くせのある色素の薄い髪は赤銅色に輝き、生まれたての太陽の光を乱反射させていた。
透き通るように白い肌は寒さのせいか照れなのか、頬だけが薔薇色に染まっている。
その頬にそっと手をやった。

ああ、なんてこいつは綺麗なんだ。

今までに出会ったどんな女も、今の香の前では色褪せて見えた。
決して太陽の下でも恥じ入ることなく、逆にそれに負けない光を放っている。
いや、俺にとって香こそが太陽なのだ。香と出会った瞬間、永久に明けない夜に光が差したのだから。

俺という闇夜に朝をつれてきた、それに報いる言葉はいくら探しても見つからない。だから――

「香」
「撩?」

言葉を紡ぎだす唇を、朝の空気を震わすことなく直接唇へと重ね合わせた。
こうすることでしか俺の想いは伝えきれそうにない。不意の口付けにも香は腕の中でそれを受け止めた。

不器用な俺の感謝の言葉は、太陽だけが知っている。



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リンク記念にと、游茗さんから頂いてしまいましたv
朝日が昇るあやうげな感じを表に出して。
それでいて、言葉に出来ないリョウの想いは、太陽だけが知っている…と。
ラスト、太陽がこっそりウインクしてるように思えたのは私だけでしょうか?(笑)
でもそんな、誰それ構わず照らし出す天空に輝くモノよりも。
リョウの隣りでにっこりと笑っている香こそが、何より彼の太陽なのでしょうね。
あぁ、ごちそうさまですっvvv



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