●茶色い化け物のアイツ●



「……だーっ!!どうしてチョコが無いんだよっ!!」

固くにぎりしめた拳を振り回しながらつっかかってくるのは、同居人の男。
毎年頭を悩ませる、バレンタイン。
お菓子メーカーに乗せられるワケじゃないケド、
意匠をこらしたかわいらしいチョコの数々は、見ているだけでうれしくなっちゃう。
もちろん、相手に贈るのがメインなんだけど、
最近は自分用に買い求める女の子たちが多いってのも、頷けるわ。



そんな中、世間一般で言うトコロの"女の子"の部類に、
一応とはいえ仲間入りさせてもらってる私。
職業柄、日頃からたくさんの人たちにお世話になってるので、
結果、バレンタインのチョコレートも、そんなお礼の意味も兼ねたものになってくる。
だから、日頃から何かと迷惑ばかり同居人をもつ身としては……
必然的に、その数量もそれなりのモノになるわけなのよ。
だからこの時期、我が家の家計は火の車なのっ!!(泣)



それなのに、ドコぞのバカは毎年のように、
お向かいの悪友と貰ったその数を競うコトしか、頭になくて。
「ねこまんまで15コだろ?コスプレ壱番街で、12コ。
もっこりハーレムナイト☆にゃ新人ちゃんが入ったから、ん~……18は手堅いか?」
ひぃふぅみ……と、世にもおバカな計算のために指を折っていくのが、
天下一のスイーパーだなんて、誰も思うまい。
「だーっ!!あともう10コはないと、万が一ってコトになりかねぇ。
あのエセ天使に負けるなんて、出来るかっつーのっ!!」
「…………」
鼻息荒く向かいのマンションに視線を走らせるそれは、確かに凄みが効いてるケド……
向ける相手が違うでしょーがっっっ!!!(爆)



「……あ、そうだ、香っ」
「……ん?」
「ほいっv」
と、満面の笑みで両手を差し出してくる男。
ワケがわからず、「……ん?何?」と小首を傾げれば。
「何って、何だよ。チョコだよ、チョコ。バレンタインのチョコレート!!まだお前の、貰ってなかったじゃん?」
"これでもう1コだろ……?"と、宙を見上げ、また指折る男に、呆れて文句も言えやしない。



「……ないわよ」
「……へっ?」
「だから、無いって言ってるの。今年はアンタにあげるチョコは、無いの」
「またまたぁ~冗談ばっかり。ほれ、数かぞえてんだから、早くよこせって」
ほらほら、と、そのでっかい掌を差し出してくる。
この図々しさは、いったいどこからくるんだか。



「だーかーら。無いモンは無いのっ!!」
「……え~っ!!∑(゜□゜||)」
人をここまで小バカにしといて、何を驚くことがある。
「なっ……なんで?!だってお前、毎年……」
今にも掴みかからんばかりのリョウを制しながら、
このバカにはここらで少しお灸が必要かと、小さく息を吸い込んだ。
「……あのね?あんたのそーゆー態度が気に入らないのよっ」
「……へっ?」
「人がせっかくつくったチョコレートを、ただの人気取りのカウント用にされちゃ、たまんないわよ。
あんたいったい、何様のつもりなのよっ」
「かっ……香しゃん……?」



毎年、我慢に我慢を重ねてた小さな怒りの、
たまりにたまってた勘忍袋が、とうとう限界に達した感じだった。
「毎年毎年、どんだけの思いでチョコ作ってると思ってんの?そんなバカげたミエのためじゃないわよ」
「ミ、ミエって、そりゃぁチョコの数は、男にとっちゃぁ、一大……」
「……黙んなさいっ」
まだぐだぐだ文句を言うそれに、いつになく怒りを含ませた低い声でそれを遮る。



「あのね?チョコを貰った貰わないで一喜一憂するのはわかるケド、
そのカウントのコマにされたんじゃたまらないって言ってるの。
靴磨きのテツさんも、情報屋のサブさんも。
アンタが迷惑かけてる飲み処のみんなだって、ちゃんと"ありがとう"って、言ってくれるわよ」
「……な、なぁーんだ。お礼の気持ちがなかったって、怒ってんだな。
悪かった、悪かった。ありがたくちょうだいするんで……ほいっ」
「…………」
えへらえへらと、しまりのない顔で笑いながら、なおも両手を差し出してくるバカ男に、
言葉を掛ける気力も消え失せたわ。



……ぺしっ☆
バカの耳に念仏で、これ以上かける言葉もないモンだから、
ほいと気軽く出された掌を、黙ってぺしりと叩いてやった。
「……ってぇっ!!何すんだよっ!!」
「だーかーらー。アンタってば、人が言ってるそばから……っ」
と、さらに文句を重ねようとして、意気消沈。
ここまでくると、もう何も言えやしない。



「いまさら下手な感謝のそぶり見せたって、無いモンは無いのっ!!
今年のバレンタインのチョコは、あ・り・ま・せ・んっ!!」
「しょっ、しょんなぁ~っっっ!!!∑(゜□゜||)」
見れば顔面蒼白、まるでハンマー食らったのと同じくらいの、涙顔。
ふーんだっ。いくら落ち込むんだって、その手には乗らないんだからっ!!
「お……俺だけのじゃないよな?今年はチョコ全部……ドコにもやらないってコトだよな?」
すがるような、子犬みたいな涙目をよこしてきて、ちょっぴり良心が咎めたケド、
ここで甘やかしてはと、あえて心を鬼にする。



「いいえ、みんなにの分は用意してあるわ。日頃、お世話になってるんだもの」
「……っ!!そっ……それじゃぁ、チョコの数争いをしてた、俺とミックだけ……」
「いいえ、ミックのもあるわ」
と、乙女にあるまじき行為だけど、ふんっと鼻息あらく突き放せば、
ドデカい身体がみるみる内に萎み、まるで地球の裏っ側まで行っちゃいそうな落ち込み方。
そしてぱたりと膝をついたかと思えば、床にひっくり返って、ばたばたと四肢を振り回した。
「いっ……いやだっ!!俺のだけチョコが無いだなんて、嫌だーっっっ!!!」



「…………」
まるで駄々っ子のようなその姿に、誰も当代一のスイーパーを重ねる人はいないだろう。
まったく……たかがチョコひとつで、何をこんなに一喜一憂するのやら。
普段は何かとやり込められがちだケド、今度からは、バレンタインのチョコをエサに、
少しは言うコト、聞かせられるかな……なんて、ひそかに計算したのは内緒の話し。
でもまさか、チョコひとつでココまでみっともない姿をさらすとはねぇ~。
ホントは普段の悪いトコロを反省させたら、ご褒美として喜ばせてやろうと思って。
クリスマスのプレゼントみたく、ベッドの中に隠してあるんだけどなぁ……。(苦笑)



「ヤダ、ヤダ、俺だけチョコくんないなんて、嫌だぁ~っっっ!!!」
じたばたと、床が抜けるほどに暴れるバカで愛しい男の姿を横目に見つつ。
事実を告げた瞬間、ヤツがどう反応するかなと、こっそり笑みをもらす。
それにしても、チョコひとつで、ココまでの落ち込み方するなんて……。
バレンタインのチョコ、恐るべしっ……ねっ?




END    2013.2.13