●クリスマス・ケーキ●



「どうもありがとうございました」
ぺこりとお辞儀をする女性。じゃぁねと香が手を振るのを合図に、リョウは愛車をスタートさせた。




ストーカーの撃退が依頼だったのだが、その男が新興暴力団の下っ端で、
麻薬密売に関わっていたコトから
話がややこしくなった。
結局は冴子の手を借り、コトが一件落着した今は、もうクリスマスイブの夜遅く。

あと数時間で、日付が変わろうかというところ。




「あー疲れたぁ…。何だかんだと、結局冴子さんにお願いしちゃったわね。申し訳なかったなぁ…」
「いいんでない?あいつにゃ貸しが、山ほどアルわけだしぃ~?」
「…まったく、アンタって人は…。ふ、ふわぁぁぁ…」
文句を言いつつも連日の疲労がピークに達し、香は思わずあくびを漏らす。
「まぁ手間取った分、帰ったらゆっくりしよーぜ?」
「そうね、さすがに私も疲れたわ。
でも…せっかく準備したクリスマス用の食材、冷蔵庫に眠らせておくのもなー。

ケーキだって作るつもりで、フルーツだのトッピングだの、ちゃんと用意しといたのよ?
そもそもケーキの無い
イブなんて、何だかなぁ…」




口惜しそうな香。
しかしその瞳はゆっくりと閉じられ、しばらくすると、穏やかな寝息が聞こえてきた。

「…クリスマスイブ、か…」
街に煌めくイルミネーション。
特別な日にと着飾った恋人たちが、クリスマスソングの中を寄り添って歩いて行く。

その中を、赤い小さな車が静かに走り抜けた。




キィと音を立て、クーパーがガレージに停車する。
「おい、香。着いたぞ」
眠り姫の頬をぺちぺちと軽く叩くと、香はようやく目を開けた。
「あ…私、寝てた…?」
「あぁ、ぐっすりとな。…ったく、いいご身分だ」
「ごめーん。でも少し寝たら、気分がすっきりしたかな。
このまま寝るには少しお腹空いてるし…ねぇ、リョウ?

すぐに出来るから、軽いスープくらいなら食べられるよね?」



車から降り、玄関へと続く階段を上がる香。
その前を歩いていたリョウが、ふと思い出したように足を止める。

「あぁ、そうだな。…っと、悪い。タバコ切らしてたんで、ひとっ走り買ってくるわ。その間に作っといてくれ」
「え?ちょ、ちょっと、リョウ!!」 
香の言葉も待たず、一段抜かしで階段を駆け下りると、冷え込むイブの街にリョウは姿を消した。
「タバコなら確か、買い置きがあったはずだけど…?」
いつまでたっても、どこか掴みどころの無い男だと、軽くため息をつく。
「それともまさか…疲れも忘れて、イブの街でナンパじゃないでしょうねぇ…?」
その可能性を否定出来ないのは、悲しい事実。ハハハ…と乾いた笑いを浮かべ、再び階段を上った。




コトコトと美味しそうな匂いを立て、小鍋はスープを煮立たせている。
仕事で帰りが深夜になった時など、少しでも疲労を回復させ安眠出来るようにと、
簡単に食べられる
スープを冷凍庫に保存していた。
小さく刻んだ野菜は程よくくたくたになり、ミルク煮にしてあるので
胃には優しい仕上がり。




「こんなもん…かな」
軽く焼いたクルトンと香りつけのパセリを浮かべ、スープは完成。
ヤケドしそうに熱いスープをテーブルに運び、香は軽くため息をつく。
「それにしても遅いな…リョウのやつ、どこまで行ったのよ…?」
と、ガチャリと音を立て、リビングのドアが開いた。




「うぅ~さみぃ~っ!!!」
「リョウ!!どこまで行ってたのよ。だいたいタバコなら買い置きが…」
「…ホイ、みやげ♪」
「…え…?」
クイと差し出されたのは、近くのコンビニのビニール袋。
「な、何よ、これ…」
「ん~?いいから開けてみ?」
しげに袋を開くと、中から現れたのは…




「…クリスマスケーキ…」
「そっ♪」




コンビニの、いわゆるおやつサイズのケーキではあるが、
MERRY CHRISTMASのプレートも、ご丁寧にメレンゲ仕立てのサンタクロースも、
可愛らしくちょこんと飾られている。

「お前がケーキの無いイブなんか…って、散々文句、言ってたからな。
今回はお前を危険な目に合わせちまったし。

まぁ、その…。俺からの侘び…ってやつ…?」
「リョ、リョウ…」




自らもヤクに手を染めたストーカーが最後のあがきと、ナイフを振り回して依頼人に襲い掛かった。
ヤクのせいでムチャクチャに振り回すナイフから依頼人を庇った香は、
怪我こそしなかったものの、
その袖先をザクリと切られてしまったのだ。
ナイフをよけ切れなかった香は自分の不甲斐無さを恥じ、
自己嫌悪に陥ったというのに。
それなのにこの男は、そんな自分の身を案じていてくれたのか…。




「まぁ、こんくらいのサイズなら、寝る前に食っても太らねーだろ?」
あいかわらずイヤミは忘れない。でもその口調も、自分に向ける眼差しも、限りなく優しかった。
「あ…ありがとう、リョウ。すっごく嬉しい。…ねぇ?せっかくだから半分こ、しよ…?」
「おう。あ、俺、サンタもーらいっ♪」
照れくさいのか、熱々のスープをガツガツと食べ始める。
でもその耳がほんのり赤いのは、外の寒さの
せいだけではないようで…。
思わず、笑みがこぼれた。




ツリーもプレゼントも無いけれど、こうして共にクリスマスを過ごせる。
何事も無く、一緒にいられることの幸せ。

それが一番のプレゼントなのだと思う。
「ふふ…、いいよ」
向かい合う席に座り、スープをすすり始める香の答えに、訝しげな目を向けるリョウ。
「あ…ん…?めっずらしいコトもアルじゃん?」
「いいのっ!!さ、熱いうちに食べちゃお?」




窓の外にはちらほらと白いものが舞い始め、空気はぐんと冷え込んでくる。
しかし、小さなケーキを真ん中にスープをすする二人の周囲は、暖かな空気に包まれていた。




「たまにはこんなイブもいいよね、リョウ…?」




END   2005.3.16