●煩悩百八つ●



「…ほら、リョウ!さっさと行くわよ!!」
「ふわぁ~い……」
年の瀬も押し詰まりまくった、大晦(おおつごもり)。
今年もあと数時間というトコロで、「ねぇ、リョウ。除夜の鐘、突きに行こうよ」と、誘われた。
このクソ寒い中、何好んで出掛けにゃならんと思ったが、反論の余地もなく、ズルズルと。
しょーもないコトに付き合わせやがってと思いつつ、
間違ってミックなぞに声を掛けでもしたら大変とばかりに、渋々という体で、寒さに重くなった腰をあげた。



喧騒渦巻く新宿にありながら、ビルの合間にひっそりとたたずむ近所の寺は、
小さいながら由緒も格式もあるというしっかりしたトコロで。
時代とともに移り行くこの騒々しい街に、今もしっかりと根付いていた。
普段なら、せわしなく動く人の目にあまり留まらないトコロだが。
さすがに新年をあと数時間後に控えたとあっちゃぁ、その静けさはドコへやら、と。
参道から溢れ出た人々が、境内の周囲をぐるりと囲む石垣に沿って並んでいた。
「うわぁ~……覚悟はしてきたケド、すごい人出ね」
呆気にとられる香に苦笑しつつ、周囲をうかがえば、長い列の中には、見知った顔も、ちらほらと。
新宿の顔と言やぁ、聞こえはいいが。
飲み代を積み重ねてきてる店の店主たちにゃぁ、間違っても顔を合わせたくない。
香が隣にいる、今、この瞬間に、ンなコトばらされてみろ。
俺は新年早々、愛情いっぱい年越し特大ハンマーを食らうコト、間違いナシだ。
そんな周囲の手痛い視線から少しでも逃れようと、ぐるりと巻き付けていたマフラーで口元を被った。



ごー……ん………


すでに鐘を打つのは始まっていたようで、境内脇に設けられた受付に聞けば、すでに定員に達したとの答えが返ってきた。
「え~?せっかく楽しみにして来たのにぃ~……」
意気消沈とばかりに、香がぷぅと頬をふくらませた。
「……ったく、しょうがねぇだろ?俺たちが来んのが遅かったんだから、諦めろ」
「でもぉ……」
唇を突き出してむくれる様は、まるで小学生かと思うほど。
ホント、いつになったら年相応になるんだか。
まぁ、それがこいつの魅力でもあるんだが。
「……しかたねぇ、せっかく来たんだ。足を伸ばして、初詣と行くか」
「………え?」
「いいから……ほら、来い」
まだふくれっ面で長蛇の列を睨む香の腕を取り、人波に逆らって参道を逆流した。



眠らない街・新宿で年を越そうと考える騒々しい輩の波をかいくぐり、足を運んだのは、これまた馴染みの花園神社。
だがご多分にもれず、ココも確かな人出だった。
本殿へと続く参道は、人の波。
参拝を待つ人の頭が、本殿に続く石段をゆるりゆるりと上っていた。
客商売の街だけあって、一年に一度は神頼みをするらしく、ココにも顔見知りのママやマスターの顔があり。
また襟元のマフラーを深くした。
それにどうやら、早目に鐘を突き終えた者たちがそのまま初詣よろしく流れて来たようで。
寒さもどこか和らぐ程の熱気だった。



人も車もごった返しの騒々しい街とはいえ、普段より幾分澄み渡った冬の夜気に、先程の寺から打ち鳴らされる除夜の鐘が聞こえてくる。
考えてみりゃぁ、寺で鐘鳴らしときながら、新年は神社に一年の願いをたてに行くってのは……どうなんだかな。
日本人ほど宗教に無頓着な民族はいないと呆れられるが、ついこないだクリスマスを終えての"これ"だ。
確かにミックでなくても、呆れるだろ。だがそれでも、各々のイベントをとことん楽しもうとする、その努力は、かなりのモノ。
この頭のやわらかさ……ヤキモチ妬きの相棒殿にも、見習って欲しいモンだぜ。(苦笑)



「そういえば……除夜の鐘を百八つつくのは、煩悩の数と言われてるケド。実際、そんなにあるものかしら」
列に並ぶ前、角の路地で買い置いた缶コーヒーを、頬にあてたりして暖をとる香が問い掛けた。
「ん~……百八ってのは、さすがに大袈裟だが……
12カ月に24節気、72の気候を足したものだとか、一年の四苦八苦を払うというコトで、
その数を掛け合わせた数字だとか、言われてるぜ」
「……あんたって、ホントに変な雑学持ち合わせてるわね。その集中力と記憶力、仕事にこそ、生かして欲しいんだけど?」
ちろと鋭い視線をよこしたかと思えば、ふぅと大袈裟にため息をつく香に、思わず肩をすくめやがる。
雑学……ね、せめて博学と言って欲しかった。
どうこうしたって、コイツは俺を穿った目でしか見やしない。
いったいどうすりゃ、素直に感じでくれるのやら。



そもそも、だ。百八つの煩悩と言うが、俺の煩悩っちゅーか、欲望は……ただひとつ。
お前は俺のコト、煩悩の塊だのとホザいてやがるが、ホントはたった、ひとつだけ。
ずっとずっと、香……お前とともにありたい……それだけだ。
むろん、俺も男だ。
お前をどうにかして俺のモノにしたい……周囲の男どもの絡み付くようなその視線を、一筋たりとも浴びないよう。
誰の目も届かないトコロに閉じ込めてしまいたい……そうも思うが。
今はまだ、ただひとつ。
ずっとずっと俺の傍に……それだけだ。



金が欲しいだ、美味いモンが食いたいだ、酒が欲しいだ女が欲しいだなんてぇチンプなモンは、程度の低いヤツらの欲望。
俺の場合、ンなモン、自力でどーにかなるからな。(ニヤリ)
だが、香……お前のコトとなると、俺はお手上げ。
どうにも手出しが出来ないから、ただただ"こうなりたい……"と、祈るだけ。
たとえそれがヨコシマな思いだったとしても……男の醜い欲望だったとしても。
俺にとっちゃぁ、ただひとつの欲望……願いなんだ。



だからカミサマだのホトケサマだなんてぇモノは、信じちゃぁいないが。
もし、そいつらがいるのなら……新しい年を迎えるにあたり、キレイな心でいなきゃぁいけないのだとしても。
こんな俺の、たったひとつの願いくらい盗らんでくれよ。
それくらい目こぼししてくれたって、バチはあたらんだろ……?
"それ"以外、何ひとつ願いやしないから。
だからどうか………。



参拝の番がきて、熱心に手をあわせる香のとなりで、そんな渦巻く想いを胸に抱えながら。
心の中では、姿を見せないカミサマやらホトケサマにアカンベーをしてみせる。
とりあえず、今年もこいつと二人、仲良くやっていけりゃぁ、それでいいか……と。
何より大切な者の、その隣で、おとなしく形ばかりの手をあわせた。





END   2009.12.31